「四万六千日」と「二万五千日」とは?これらの言葉の由来は?

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浅草寺

仏教の言葉(仏語)には、この世(娑婆)から極楽へ行くまでの間にあるという無数の仏土を表す「十万億土」と言う言葉があったり、「四万六千日」とか「二万五千日」とかの大きな数字を使った面白い言葉がたくさんあります。

また、「数字の単位」にも、大きな数字の「恒河沙(ごうがしゃ)」「阿僧祇(あそうぎ)」「那由他(なゆた)」「不可思議(ふかしぎ)」「無量大数(むりょうたいすう)」や、小さな数字の「刹那(せつな)」「六徳(りっとく)」「虚空(こくう)」「清浄(せいじょう/しょうじょう)」「阿頼耶(あらや)」「阿摩羅(あまら)」「涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)」など仏語に由来するものがたくさんあります。

どうも「インド」と「仏教」と「数字」には何か深い因縁がありそうに感じます。

そこで今回は「四万六千日」と「二万五千日」の意味と、その由来について考えてみたいと思います。

1.「四万六千日(しまんろくせんにち)」とは

東京都台東区の浅草寺(せんそうじ)の本尊である観世音菩薩の縁日のうち、特に多くの功徳が得られるとされる「功徳日(くどくにち)」のことです。毎年7月9日、10日がその日に当たります。

もとは、「千日詣(せんにちもうで/せんにちまいり)」といい、本来は「この日に参詣すると1000日参詣したのと同じ功徳が得られる」とされていましたが、享保年間(1716年~1736年)頃から、「4万6千日参詣したのと同じ功徳が得られる」とされ、「四万六千日」と呼ぶようになったそうです。

「四万六千日」の由来については、「お米の一升が米粒46,000粒なので、『一升=一生と掛けた』という説」や、「46,000日は約126年で人の寿命の限界ということで、『一生分の功徳が得られるから』という説」などがあります。

ほおずき市

縁日には、浅草寺が「雷除けの護符」を配り、境内には「ほおずき市」が立ちます。市では、かつて「茶筅(ちゃせん)」が売られていたそうです。それが文化年間(1804年~1814年)頃に雷除けとして赤トウモロコシが売られるようになり、明治初期に芝の愛宕神社の地蔵尊千日詣(四万六千日)で癪封じや子供の虫封じの効能があるとして売られていた「ほおずきの市」が移ってきて、明治末期には赤トウモロコシを売る店はほとんど姿を消したそうです。

2.「二万五千日(にまんごせんにち)」とは

清水寺

京都・長崎などの「清水寺」に毎年7月10日に参詣すれば、この日一日だけで二万五千日参詣したのと同じ功徳が得られるということです。

由来ははっきりしませんが、25,000日は約68年なので、『一生分の功徳が得られる』という意味ではないかと私は思います。

3.簡便な信仰法

古来、比叡山の「千日回峰」の荒行や決死の覚悟の「補陀落渡海」とか、一心に願掛けする「お百度参り」という真剣なものがある一方、お寺の方でも「信仰心が薄く、安直を好むずぼらな人々」や「足腰が悪いなど体が不自由なため、千日詣りを実行するのが無理な人」など多くの庶民の期待に応えて、上記「四万六千日」や「二万五千日」のような簡便法を宣伝して信仰をつなぎとめようとしたのでしょう。

「四国八十八箇所」(四国遍路)とか「西国三十三所観音霊場」などの巡礼がありますが、これも簡便法として、京都・仁和寺の「御室八十八ケ所霊場」や大和郡山市・矢田寺の「八十八ケ所霊場巡り」などがあります。これは「寺の裏山や境内の一角に造られた霊場を回ることで一寺で完結するようにした巡礼地」です。