プレバトの梅沢富美男のボツ俳句に夏井先生の添削を付けた本を出してほしい!

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プレバト・シュレッダー富美男

プレバト」というテレビ番組で「俳句」の「永世名人」となった梅沢富美男が、「永世名人梅沢富美男のお手本俳句集」を出版するという企画が進行中です。

永世名人・梅沢富美男

しかしなかなか掲載されるような良い句が現れず、夏井いつき先生に酷評されて「ボツ」になる事態が毎週のように続いています。

夏井いつき

掛け軸仕立てにしたボツの句が「シュレッダー」に掛けられる様子が、「バンクシー」という「覆面画家」の絵画「少女と風船」が、落札直後に「額縁に仕掛けられたシュレッダー装置」によって、絵の下半分だけが裁断されるという大変衝撃的で珍しい事件を連想させ、見ていてなかなか面白い趣向だと思います。

今や「シュレッダー富美男」という不名誉で屈辱的な異名まで奉られています。

この「ボツ俳句のシュレッダー破砕・紙吹雪の演出」については、ネット上で賛否両論があるようですが、私は楽しんでいます。

1.梅沢富美男のボツ俳句と夏井先生の添削後俳句を掲載した本を出版してはどうか?

梅沢富美男の「添削前のボツ俳句」(シュレッダー俳句)と夏井いつき先生の「添削後の俳句」を並べた句集を作ったら面白いのではないかと思います。

これは俳句の勉強にも役に立つと思います。

松尾芭蕉の高弟で「蕉門十哲」の一人である向井去来(1651年~1704年)が著した「去来抄」という俳諧論書があります。これは蕉門新人に向けての教科書のようなもので、いろいろな句を集めているほか、句作りの手本として初五の選び方も伝授しています。

この中に面白いエピソードがあります。伊賀万乎(?~1724年)の句として載せられた「田の畦(へり)の豆つたひ行(ゆく)蛍かな」という句は、「元は野沢凡兆(?~1714年)の句を芭蕉が手直しした」ものだそうです。蛍がふわりと飛んで豆にとまるという写生句です。

元の句がどんなものだったかわかりませんが、凡兆は芭蕉の手直し(添削)が気に入らなかったようで、この句を「見るところなし」「自分の句として入集したくない」として載せることを拒否しましたが、芭蕉が「凡兆がこの句を捨てるのならば自分が拾おう。幸い、伊賀万乎の句にこれと似たものがある」として、万乎の吟としました。

もう一つ、同じく凡兆にまつわる面白いエピソードが載っています。凡兆は「雪つむ上のよるの雨」という下の句だけ出来て、それに合う上の句(上五)が思い浮かびませんでした。さて初五をいかなる言葉にしたらよいかと思案していると、芭蕉が「下京(しもぎょう)や」と付けました。

下京は、京都の三条以南にある庶民の町、すなわち俳諧の地です。三条以北は御所を中心とする上流階級、和歌の地域です。かくして「下京や雪つむ上のよるの雨」となったのですが、凡兆は「あ」と言っただけで承服できない様子でした。

すると芭蕉は、「凡兆、おまえはこの冠を置いて手柄(自分の創作)とせよ。もしこの上五以上の冠があるのなら、私は二度と俳諧について口出しをしない」と強い口調で大見得を切ったそうです。

芭蕉は自分の上五が最上と思い、凡兆も感服するかと思いきや、不服そうだったのでいささか感情的になったようです。ちなみに凡兆は自我意識の強い人物で、師の芭蕉に対してもたびたび批判的な態度を示すことがあり、後に芭蕉に反旗を翻し、蕉門から去って行きました。

つまり、句作りには、作者の元の句を論議添削する共同作業があるのです。上はその一例です。

そういう意味で、梅沢富美男の「添削前のボツ俳句(元句)」と夏井いつき先生の「添削後の俳句」を並べた句集を、「句作者:梅沢富美男、添削:夏井いつき」と明記して出版すれば、俳句初心者には大いに参考になるのではないかと思います。

2.梅沢富美男とは

梅沢富美男(1950年~ )は、大衆演劇「梅沢劇団」第3代座長ですが、今では「プレバト」など多くのテレビ番組やCMに出演するタレント・コメンテーターで、小椋佳作詞・作曲の「夢芝居」を歌った歌手でもあります。大衆演劇の女形スターとして「下町の玉三郎」の異名もあります。

梅沢富美男・夢芝居

3.夏井いつきとは

夏井いつき(1957年~ )は、愛媛県出身で現在は松山市在住の俳人・エッセイストです。京都女子大学文学部を卒業後、愛媛県内の中学校の国語科教諭となり、仕事と家庭を両立させながら、唯一の趣味として独学で俳句を嗜んでいました。

夏井いつき

1988年には教職を辞して俳人に転身し、黒田杏子(くろだももこ)に師事しながら、自宅のある松山を拠点に俳句を本格的に手掛け始めました。

1997年には、俳句集団「いつき組」(俳句結社ではない)を結成して組長となり、全国の小中学高校生を対象にしたカリキュラムの一環として「句会ライブ」という俳句教室を開催しています。

2013年からは、「プレバト」の俳句部門の査定を担当し、容赦のない毒舌で評価・添削する姿が人気を博しています。

2018年には、「『プレバト』へのレギュラー出演によって全国的な俳句ブームを牽引した」として、第44回(2017年度)の「放送文化基金賞」を個人・グループ部門で受賞しています。