菅首相が愛読するマキャベリ・マキャベリズムとは?わかりやすくご紹介します。

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マキャベリ

<2020/10/5追記>日本学術会議会員に推薦された6人の任命を菅首相が拒否した問題

「学者の国会」とも呼ばれる日本学術会議の会員(210人)の3年ごとの半数改選にあたり、推薦された105人のうち政府の政策に反対を表明していた6人を菅首相が任命拒否したことが問題になっています。

「首相の任命の裁量権の範囲かどうか」の問題だと思いますが、1949年の創設以来今まで、推薦された会員候補者を首相が任命しなかった例はなく、中曽根元首相も「学術会議会員任命は形式的なもの」と国会答弁しています。

6人は「特定秘密保護法」「共謀罪」「安保関連法案」などに反対した学者で、「学問の自由の侵害につながる」と主張しています。

菅首相が総裁選候補者の当時、「政府の決めた政策に反対する官僚は左遷する」と発言したとの記事を以前読みましたが、日本学術会議会員も「特別公務員」なので、今回の任命拒否はその一環でしょうか?

前に「孫子の兵法」の記事を書きましたが、今回は同じように「権謀術数」を唱えた「マキャベリ」と「マキャベリズム」についてわかりやすくご紹介したいと思います。

安倍前首相の突然の辞任を受けて2020年9月に首相となった菅義偉前官房長官の愛読書はマキャベリだそうですので、ぜひ詳しく知っておくべきだと思います。

1.マキャベリとは

ニッコロ・マキャベリ(1469年~1527年)はイタリア・ルネサンス期の政治思想家であり、フィレンツェ共和国の外交官でもありました。彼が外交上の使命を帯びてイタリア諸都市の支配者たちと接触しましたが、彼にとりわけ深い印象を与えたのは、権謀術数の政治家として名高いヴァレンティーノ公チェザーレ・ボルジア(1475年~1507年)でした。

マキャベリはボルジアの「非情な合目的主義」を最も高く評価しましたが、理想的な実例と考えたのは強力な統一国家である古代ローマの政治でした。

マキャベリは政治を宗教・倫理から独立した存在として、純粋に力関係において捉え、「近代政治学の祖」となりました。

1532年刊行の彼の主著「君主論」は、歴史上のさまざまな君主及び君主国を分析し、君主とはどうあるべきか、君主として権力を獲得し、また保持し続けるにはどのような力量・徳が必要かを論じています。

その政治思想は極めて冷徹な現実主義であるため、その側面を過大視して「マキャベリズム」は「権謀術数」の代名詞ともされました。

彼はフィレンツェを支配していた「メディチ家」が失脚した後、29歳でフィレンツェ共和国の書記官長になりますが、1512年に「メディチ家」が復権すると免職となります。そこで山荘に隠遁し、復職の野望を胸に執筆活動に専念し、「君主論」「政略論」「戦略論」などの多くの著作を残しました。

しかし、彼の思想は「理想主義」「机上の空論」と批判され、政界への復帰も叶わず、失意のうちに亡くなりました。

マキャベリが生きた15~16世紀のイタリアはルネサンスの時代ですが、「イタリア戦争」(1494年~1559年)と呼ばれる戦争の真っ只中にありました。

「イタリア戦争」とは、ハプスブルク家(神聖ローマ帝国・スペイン)とヴァロア家(フランス)が、ミラノ公国とナポリ王国の継承争いを契機としてイタリアをめぐって繰り広げた戦争です。教皇領・イタリアの都市国家・ヴェネツィア共和国・イングランド・スコットランドなど西欧のほとんどの国が参戦しました。

当時のイタリア半島は、神聖ローマ帝国の中で事実上独立していたヴェネツィア共和国、ミラノ公国、フィレンツェ共和国など様々な諸国に分裂していました。このような「乱世」の時代背景から「マキャベリズム」という政治思想が生まれたのでしょう。

マキャベリと同じように「権謀術数」の兵法を唱えた孫子が生きた中国の春秋時代も、群雄割拠で諸国が乱立して覇権をめざして抗争を繰り返した時代です。「孫子の兵法」はそういう時代背景から生まれたものと思われます。

中国古代の大帝国秦の建設に参画した商鞅の政策、「韓非子」の著者である韓非の思想、あるいは戦国時代の合従連衡・遠交近攻の策などは、明らかにマキャベリズムに通じるものがあります。

現代の日本を取り巻く国際情勢を見ると、覇権国家をめざして米露中が争っているほか、ロシア・中国・北朝鮮・韓国も日本を脅かす存在です。中近東やアフリカ諸国でも紛争や内戦が終息せず、ミャンマー・中国などでの少数民族迫害など「争いの絶えない戦国時代」と言えます。

そういう意味で、日本は厳しい国際情勢を直視し、決して「平和ボケ日本」にならないようにすべきだと思います。

2.マキャベリズムの権謀術数

「マキャベリズム」とは、「どんな手段や非道徳的な行為も、結果として国家の利益を増進させるのであれば許されるという考え方」です。

15~16世紀のイタリアを背景に、君主の現実主義的な統治を主張したものです。彼は「君主が善良で敬虔、慈悲深い人間であることは賞賛すべき」としつつも、「人間の現実を見るならば、もしこの理想のまま振舞えば、その君主は必ず没落するだろう」と論じました。

プロイセンのフリードリヒ大王は「反マキャベリ論」(1740年)を書いてその反人道性を批判しましたが、大王自身は実際にはマキャベリズムを駆使したと言われています。

「机上の空論」と批判されたマキャベリの思想が、彼の同時代ではなく約200年後の外国で実戦的に活用されたというのは皮肉なことです。

3.マキャベリの名言

(1)君主たらんとする者は、種々の良き性質を全て持ち合わせる必要はない。しかし、「持ち合わせていると人々に思わせること」は必要である

(2)君主は悪しき者であることを学ぶべきであり、しかもそれを必要に応じて使ったり使わなかったりする技術を会得すべきなのである

(3)個人の間では、法律や契約書や協定が、信義を守るのに役立つ。しかし、権力者の間で信義が守られるのは、力によってのみである

(4)我々の経験では、信義を守ることなど気にしなかった君主のほうが、偉大な事業を成し遂げていることを教えてくれる

(5)恩恵は、人々に長くそれを味わわせるためにも、小出しに施すべきである

(6)君主にとっての敵は、内と外の双方にある。これらの敵から身を守るのは、準備怠りない防衛力と友好関係である

(7)自らの安全を、自らの力によって守る意思を持たない場合、いかなる国家といえども、独立と平和を期待することはできない

(8)ある君主の賢明さを評価するに際して一番の方法は、その人物がどのような人間を周りに置いているかを見ることである

(9)戦いを避けるために譲歩しても、結局は戦いを避けることはできない。なぜなら譲歩しても相手は満足せず、譲歩するあなたに敬意を感じなくなり、より多くを奪おうと考えるからである

(10)謙譲の美徳を以てすれば、相手の尊大さに勝てると信ずる者は、誤りを犯す羽目に陥る



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