今こそ「天皇家の存続」より「天皇制廃止」の検討をすべき時期

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皇室の構成

皆さんは天皇家あるいは皇室についてどのような意識をお持ちでしょうか?もちろん、さまざまな意識や意見があると思いますが、多くの人は「天皇制は当然あるべきもの」と思っているのではないでしょうか?

現に政府は、「今後の皇室のあり方」を「有識者会議」に諮問し、「有識者会議」が出した皇族数の確保策(女性皇族が結婚後も皇室に残る案と、戦後に皇籍を離脱した旧宮家の男系男子が養子縁組して皇籍に復帰する案の2案)を軸とした最終答申骨子案を了承しました。

しかし、私は「皇位継承資格者」が少なくなった今こそ、原点に立ち返って「果たして天皇制のような時代錯誤の身分制度が現在の日本に必要なのか?」「天皇制を存続させる必要があるのか?」を改めて冷静に考えて、議論すべき時期ではないかと思います。

1.天皇や天皇制に対する多くの国民のイメージ

多くの国民のイメージは、学校教育の影響だと思いますが、「万世一系の天皇」「日本の皇室は世界で一番歴史が古く伝統がある」「歴代天皇は民を慈しむ大御心(おおみこころ)で善政を敷いて来た」「昭和天皇は戦争に反対だったが軍部の暴走を止められなかった」「今の天皇は国民に寄り添う日本の象徴にふさわしい存在」という「天皇善人説」ではないかと思います。

団塊世代の私は、個人的には天皇と言えば「昭和天皇」で、現在の上皇は「皇太子」というイメージが強く、現在の天皇は「浩宮」という印象のままです。

平成天皇・皇后が皇太子・皇太子妃時代を含めて私には一番親しみ深い皇室の方

2.過去の歴史に見る残念な天皇の実態や天皇制にまつわる議論

しかし過去の歴史を振り返ると多くの「残念な天皇」がいました。また今の天皇家の「正統性」に疑問を持たざるを得ない話もあります。

(1)過去には多くの「残念な天皇」がいた

これについては、下記の記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。

昭和天皇は終戦後、現人神をやめ人間宣言。戦争責任は無答責で退位もせず

南朝皇統と自称した熊沢寛道(熊沢天皇)は皇位僭称のペテン師だった!

大室寅之祐は本当に南朝の末裔だったのか?嘘だとすれば今の天皇家の祖先は?

明治天皇は即位直後に暗殺されて南朝系統の大室寅之祐にすり替わっていた!?

明治天皇の父「孝明天皇」毒殺説の真相とは?

岩倉具視は賭博開帳のほか、孝明天皇暗殺や明治天皇すり替えにも関与した!?

残念な天皇の話(その15)。崇徳天皇は一生不幸で日本三大怨霊の一人となった

残念な天皇の話(その14)。 崇峻天皇は自分を擁立した蘇我馬子に暗殺された

残念な天皇の話(その13)。雄略天皇は暴君で多くの人を殺した大悪天皇!?

残念な天皇の話(その12)。四条天皇は自分が仕掛けたいたずらで転倒死!?

残念な天皇の話(その11)。武烈天皇はローマ皇帝ネロのような暴君だった!?

残念な天皇の話(その10)。後醍醐天皇は武士を軽視して政権が崩壊した!?

残念な天皇の話(その9)。白河天皇は上皇になって女性関係が奔放になった!?

残念な天皇の話(その8)。聖武天皇は仏教に帰依し大仏造立で国家財政が窮乏!

残念な天皇の話(その7)。元明天皇は夫と息子が早世し必死で孫を天皇にした!

残念な天皇の話(その6)。謀略家で剛腕だったが敵にビビりまくった天智天皇

残念な天皇の話(その5)。過大な土木工事で庶民から怨嗟された女性天皇とは?

残念な天皇の話(その4)。寵愛した僧に皇位簒奪されそうになった女性天皇とは?

残念な天皇の話(その3)。素行不良で殺人の疑いも掛けられた陽成天皇とは?

残念な天皇の話(その2)。奇行と病弱を理由に2年で退位した冷泉天皇とは?

残念な天皇の話(その1)。陰謀により2年で退位した花山天皇の奇行と好色な問題行動とは?

(2)天皇制にまつわる議論

南北朝時代をわかりやすく解説!天皇家の祖先についても考える

「南北朝正閏問題」とは?どちらの皇統が正統と決着したのか?

美濃部達吉の「天皇機関説」は学界や政界の通説で、昭和天皇も支持していた!?

皇居や京都が空襲を免れた理由

柳原白蓮は大正天皇の従妹だが、正田美智子さん排斥運動に暗躍の黒歴史もある!

「三種の神器引継ぎ」や「大嘗祭」等の神話に基づく儀式は皇室内だけで行うべき

3.天皇や法皇・上皇は権力者として武士を利用して権力争いを繰り返してきた

楠木正成や新田義貞を犠牲にした後醍醐天皇が代表的ですが、それ以外にも後白河法皇がいます。

後白河法皇(後白河天皇)は謎が多いが実は面白い人物!?その生涯とは(その1)

後白河法皇(後白河天皇)は謎が多いが実は面白い人物!?その生涯とは(その2)

後鳥羽上皇(1180年~1239年)もそうです。後鳥羽上皇は、高倉天皇の第四皇子で、安徳天皇の異母弟に当たり、第82代天皇(後鳥羽天皇)(在位:1183年~1198年)となった人です。

1183年に安徳天皇の後を受けて、3歳で即位しますが、1198年に18歳で土御門天皇に「譲位」し、以後1221年までの23年間の長きにわたり「院政」を敷きます。

鎌倉幕府に対しては「皇権回復」を目指して強い対抗心を持ち、「強硬路線」を貫きました。

後鳥羽院は、「新古今和歌集」を編纂したことでも知られていますが、1221年(承久3年)に鎌倉幕府執権の北条義時に対抗して討伐の兵を挙げた「承久の乱」で敗れて隠岐に配流となり、同地で亡くなっています。

昭和天皇も「現人神(あらひとがみ)」であり、陸軍と海軍の統帥権を持つ「大元帥」(日本の最高権力者兼最高責任者)として戦前は君臨しており、太平洋戦争に関する責任はあるはずです。

しかし、昭和天皇はGHQの意向によって全く罪に問われず、責任を取って退位することもなく、戦後はちゃっかり「人間宣言」をして天寿を全うしました。

多くの若者が天皇の命令によって召集され、戦死しましたし、近衛文麿首相の「戦争を早期に終結すべき」との献言を「早く降伏すると国体(天皇制)を護持できない。もう少し反撃してから」として受け入れず、無条件降伏の時期を遅らせたため、沖縄戦での多数の戦死者や広島・長崎での原爆犠牲者を出す結果になったにもかかわらずです。

広島と長崎への原爆投下は国際法違反ではないか?その戦争責任は?

広島と長崎への原爆投下の本当の理由とは何だったのか?

昭和天皇は終戦後、現人神をやめ人間宣言。戦争責任は無答責で退位もせず

これには、GHQによる日本人洗脳プログラムである「WGIP」の影響が大きいと思います。これは今でも日本人の意識に影響を与えています。

「原爆」を「平和」にすり替えたGHQの「WGIP」は日本人洗脳プログラム!

天皇制は終戦後、GHQが日本の共産主義化を防ぐために存続させたに過ぎません。このような時代錯誤の身分制度が、戦後の民主主義国家たる日本にいつまでも存在し、多くの国民が疑問に思わないのが私には不思議でなりません。

日本共産党も、今では「天皇制廃止論」を封印しているようですが、これも奇妙なことです。

4.現在の秋篠宮家のゴタゴタは見苦しく、悠仁さまでは国民の信頼や敬愛は得られない

秋篠宮自身や紀子さまの評判もあまり芳しいものはありませんが、眞子さんの結婚問題や悠仁さまの高校進学問題での紀子さまのゴリ押しぶりを示す報道を見ると、「皇室特権」の濫用は目に余ります。

その他の女性皇族(高円宮家の長女・承子さまなど)の不行跡・ご乱行報道もあり、とても尊敬に値しないと思うのは私だけでしょうか?

秋篠宮家の悠仁さまの「東大推薦入学計画」は本当か?国立大学法人の公正さは?

小室圭・眞子夫妻をいつまで公費(税金)で特別扱いするのか?

眞子さんと小室圭さんの結婚会見は一方的自己主張の茶番。皇室への親愛感急低下

5.憲法改正のテーマの一つに「天皇制廃止」も加え、国民投票を実施すべき

この件については、下記の記事に詳しく書いていますので、ぜひご一読ください。

「旧宮家の皇族復帰」は時代に逆行!男性の皇位継承候補者増加は本当に必要か?

「天皇制廃止」を「国民投票」で問うべき時。絶滅危惧種を保護する必要はない。

なお、NHKが令和元年(2019年)9月に行った「皇室に関する意識調査」(天皇制を存続させるという前提)によると、「女性天皇を認める」という意見74%%に上っており、「愛子天皇」を待望する人が多いようです。なお「女系天皇を認める」という意見も71%に上っています。

女性天皇と女系天皇の違いとは?推古天皇と蘇我馬子、聖徳太子との関係は?

私は将来的には、皇居の森を「国民公園」として一般開放すべきだと思っています。

皇居の森全体を国民公園として一般開放を!都心の貴重な自然観察の森にすべき

毎年、皇族の生活資金や公務費、約1000人存在する宮内庁の職員(特に、天皇家固有の宗教儀式に携わる内廷関係者)の人件費、また皇居の維持補修費などに毎年度約240億円程度の税金が投入されていることも問題だと私は思います。

6.天皇制廃止論

戦前は天皇制廃止論を主張することは不敬罪、治安維持法違反等に該当することがあり、死刑になることもあったため、公然と主張することができない状態が続いていました。

戦後の1945年10月4日、GHQは日本政府へ「政治的民事的及宗教的自由に対する制限の撤廃」という覚書(いわゆる「自由の指令」)を発しました。この覚書は主要命題のひとつとして「皇室問題特にその存廃問題に関する自由なる討議」を含み、治安維持法など弾圧法令の撤廃、特別高等警察の廃止、また天皇制批判者を共産主義者と断じ処罰を明言した山崎巌内務大臣の罷免などを指令しました。

10月20日、トルーマン米国大統領が「天皇制の存廃は日本人民の民意によって決定されるべきと発言すると、日本国内の大手新聞はこれを紹介するとともに、以後天皇制の存廃についての記事や投書を多く掲載するようになりました。

なお、この問題について当時の『朝日新聞』の報道姿勢は中立、『読売新聞』は左派、『毎日新聞』は右派 だったそうです。1946年 日本共産党は日本人民共和国憲法草案を発表し、共和制を主張しました。

日本の新聞は「不偏不党」か?新聞に不偏不党はあり得ない!

日本国内の大手新聞による天皇制論議は1946年1、2月を境に「天皇制の是非」から「天皇について」へと変化し、それすらも同年6月をもって後退していきました。

一方、終戦直後、日本に対する諸外国の視線は厳しく、オーストラリアやアメリカの国民世論が天皇制廃止を支持していたほか、中国の蔣介石や孫科(孫文の息子)、イギリスのチャーチル、ソ連なども天皇制廃止を求めました。

第二次世界大戦中からアメリカ国内では「天皇戦犯論」が高揚しました。1945年6月初旬に実施されたギャラップ社の世論調査では、「戦後、日本国天皇をどうすべきであると考えるか?」との問いに対し、殺害・苦痛を強い餓死36%、処罰・国外追放24%、裁判に付し有罪ならば処罰10%、戦争犯罪人として処遇7%、不問・上級軍事指導者に責任有り4%、傀儡として利用3%、その他4%、意見無し12%との結果が出ました(山極晃・中村政則編集『資料日本占領1 天皇制』大月書店)。1945年9月には上院で「天皇を戦争裁判にかけよ」と決議されるに至りました。

これに対し、知日家のボナー・フェラーズ准将の調査報告とマッカーサーの進言により「天皇制によって日本国民を統合し、間接統治をした方がアメリカの国益に適うと、アメリカ政府は判断したため、天皇制はGHQによって存置されました(昭和天皇の国内巡幸が大歓迎を受けたことも影響しています)。

ただし、天皇制に関して民主化を行う必要はあると判断し、皇室財産の凍結、不敬罪の廃止などを日本政府に求めたほか、新憲法によって天皇から統治権を剥奪し、天皇の権限を大幅に縮小することを求めました。

日本共産党は「一個人・特定一家が国民統合の象徴となる現制度は民主主義及び人間の平等と両立し得ない」とする立場ですが、2004年の綱領では「その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべき」として、当面目指すとする「民主主義革命」(民主連合政府)では天皇制を事実上容認しました。



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