現在は、花や花木の名前も、昆虫の名前と同様に植物や動物全般に「カタカナ表記」が多くなりました。しかし、花や花木の漢字名を知ると、カタカナでは味わえない風情が感じられて愛着がさらに深まるように私は思います。
百花繚乱の画像とともにお楽しみください。
前に「あ行~か行の花」と「さ行~た行の花」「な行~は行」をご紹介しましたので、今回は「ま行」から「わ行」の花をご紹介しましょう。
1.漢字で書いた花や花木の名前
(1)ま行:待宵草・満作(万作/金縷梅)・水葵(雨久花)・木槿(木波知須)・木蓮
(2)や行:矢車草・山吹(棣棠)・山法師・夕顔・夜顔
(3)ら行:蘭・竜胆・蓮華(紫雲英)
(4)わ行:勿忘草(忘れな草)・吾亦紅(吾木香)
2.漢字で書いた花や花木の読み方
(1)ま行
①待宵草(まつよいぐさ)
「マツヨイグサ」は、北アメリカ大陸・南アメリカ大陸原産の一年草または多年草です。
花の美しい種が多く、日本には観賞用・園芸用として導入されましたが、逸出の結果、現在では14種が帰化植物となって各地に自生しています。
②満作/万作/金縷梅(まんさく)
「マンサク」は、冬の名残りのある野山などで、木々の芽吹きも始まらない季節に黄色の花を咲かせ、いち早く春の訪れを告げる花木です。
花がよく咲けば豊作、花が少なければ不作など、稲の作柄を占う植物として古くから人との深いつながりを持っていました。
そこから「満作」の名がついたとも、開花時期が早いことから、「まず咲く」や「真っ先」が変化したとも言われています。
③水葵/雨久花(みずあおい)
「ミズアオイ」は、「水田雑草」とも呼ばれ青紫の涼しげな花を咲かせる植物ですが、現在「絶滅危惧種」に選定されるほど、数が激減しています。
④木槿/木波知須(むくげ)
「ムクゲ」は、アオイ科フヨウ属の落葉樹で、別名は「ハチス」「もくげ」です。
庭木として広く植栽されるほか、夏の茶花としても欠かせない花です。
⑤木蓮(もくれん)
「モクレン」は、外側が紅紫で内側が白色の花を春に咲かせます。
平安時代中期に編纂された「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」にもその名が見られるように、古い時代に中国から渡来しました。
昔は「木蘭(もくらん)」と呼ばれていたこともありますが、これは花がラン(蘭)に似ていることに由来します。しかし今日では、ランよりもハス(蓮)の花に似ているとして「木蓮(もくれん)」と呼ばれるようになりました。
もともとは観賞用ではなく、漢方で「辛夷(しんい)」と呼ばれるつぼみを頭痛や鼻炎の薬とするために植えられたようです。
別名の「シモクレン(紫木蓮)」は花色にちなんでいます。
近年は同じく中国原産の「ハクモクレン(白木蓮)」(下の画像)がより広く栽培されています。
余談ですが、「木蘭(もくらん)」は、中国の伝承文芸・歌謡文芸で語られた物語上の女性主人公の名前でもあります。木蘭の姓は「花」「朱」「木」「魏」など一定していませんが、京劇では「花木蘭」とされます。
老病の父に代わり、娘の木蘭が男装して従軍、異民族(主に突厥)を相手に各地を転戦し、自軍を勝利に導いて帰郷するというストーリーです。
(2)や行
①矢車草(やぐるまそう)
「ヤグルマソウ」は、日本の亜高山に分布する日本特産のユキノシタ(雪の下)科の多年草です。掌のような形をした大きな葉(あるいは花の様子)を、鯉のぼりの頂部に飾る矢車になぞらえて命名されました。
「ヤグルマソウ」を園芸植物の「ヤグルマギク(矢車菊)」(下の画像)と勘違いしている方もおられるかもしれません。
②山吹/棣棠(やまぶき)
「ヤマブキ」は、バラ科ヤマブキ属の落葉低木で、春に黄金色に近い黄色の花をつけます。
「ヤマブキ」と言えば太田道灌の有名な「山吹伝説」がありますね。
③山法師(やまぼうし)
「ヤマボウシ」は、東北南部から九州に分布するミズキ(水木)科の落葉小高木です。
低山の林地や草原に自生しますが、初夏に咲く清楚な花や、晩夏に熟す赤い果実を観賞あるいは実用にするため、公園・街路・一般家庭の庭にも植栽されます。同属の「ミズキ」から進化したとされます。
名前の由来は、苞の中央に集まるグリーン色をした球体の花が坊主頭に見え、4弁の白い苞をまとっていることから、「比叡山延暦寺僧兵である白い頭巾をかぶった山法師」をイメージして名付けられたとされています。
④夕顔(ゆうがお)
「ユウガオ」は、ウリ(瓜)科の植物でつる性一年草です。
名前の由来は、夏の夕方に開いた白い花が翌日の午前中にしぼんでしまうことに由来します。
「アサガオ」「ヒルガオ」「ヨルガオ」に対して命名されたものですが、「アサガオ」「ヒルガオ」「ヨルガオ」はいずれも「ヒルガオ科」の植物であり、類縁関係はありません。
「源氏物語」にも「夕顔」が登場します。この夕顔という女性は光源氏の親友・頭中将の元恋人で二人の間には女児(玉鬘)がありましたが、本妻の脅迫に怯えて行方をくらましたという過去のある女性です。やがて光源氏と恋仲になりますが、彼と密会している時に物の怪に怯えたのか突然息を引き取ります。
⑤百合(ゆり)
「ユリ」は、ユリ目ユリ科ユリ属の多年草です。
北半球のアジアを中心にヨーロッパ・北アメリカなどの亜熱帯から温帯・亜寒帯にかけて広く分布しています。日本には15種があり、7種は日本特産種です。鱗茎(球根)を有し、茎を高く伸ばし、夏に漏斗状の花を咲かせます。
山岳地帯を含む森林や草原に自生することが多いですが、数種は湿地に自生します。
そう言えば、新約聖書に「野の百合を見よ。ソロモンの栄華の極みの時だにも、その装いこの花の一つにも及ばざりき」という一節がありました。
またフランスの文豪バルザック(1799年~1850年)の小説に「谷間の百合」というのがありましたね。
名前の由来は、諸説ありますが「揺り」から来たという説が有力です。
「百合」と書くのは、食用にも使われる「百合根」(上の右の画像)が、たくさんの鱗片が合わさって出来ていることに由来します。「たくさん」という意味を表す「百」と「合」という漢字を当てたわけです。
⑥夜顔(よるがお)
「ヨルガオ」は熱帯アメリカ原産のつる性植物です。花は夕方から咲き始め、翌朝にしぼみます。
純白の花がぼんやりと夜の闇に浮きたち、優雅かつ妖艶な印象の花です。
(3)ら行
①蘭(らん)
「ラン」と言えば、開店祝いなどの贈り物に用いられる「コチョウラン(胡蝶蘭)」が有名ですね。
実は「胡蝶蘭」の学名は、「Phalaenopsis aphrodite(ファレノプシスアフロディテ)」と言います。「蛾(phalaina)に似ている(opsis)」という意味です。
熱帯の蛾にその花の姿が似ているため、このように呼ばれます。また「アフロディテ」はギリシャ神話の愛と美の女神(ビーナス)の名前です。
英語でも「モスオーキッド(Moth orchid)」(蛾の蘭)と言います。ただし、日本人は私も含めて蛾が好きな人は少ないので、「胡蝶蘭」と名付けたのは正解だと思います。そうでないと、「お祝いの花」としては売れなかったでしょう。
ところで、ラン科の種は「ラン(蘭)」と総称され、英語では「オーキッド(Orchid)」です。
女子ゴルフで「ダイキンオーキッドレディース」という大会がありますが、この「オーキッド」はギリシャ語で睾丸を意味する「ορχις (orchis)」が語源です。これは、ランの塊茎(バルブ)が睾丸に似ていることに由来します。
②竜胆(りんどう)
「リンドウ」と言えば、古い話ですが島倉千代子に「りんどう峠」という歌がありましたね。
「リンドウ」は秋の山野草の代表的なものです。本州・四国・九州に分布し、人里に近い野山から山地の明るい林床や草原に見られます。薬草としても広く知られています。
③蓮華/紫雲英(れんげ)
「レンゲ」は中国原産のマメ(豆)科の越年草です。4~5月頃、長い柄の先に紅紫色の蝶形の花を輪状につけ、仏像の「蓮華座」を思わせます。
江戸時代後期から、緑肥にするために水田に栽培され、田植え前の花盛りの頃に土に鋤き込みます。
江戸時代に滝野瓢水が詠んだ「手に取るなやはり野に置け蓮華草」という俳句が有名ですね。
この句は、遊女を身請けしようとした友人を止めるために詠んだもので、「蓮華(遊女)は野に咲いている(自分のものではない)から美しいので、自分のものにしてはその美しさは失われてしまう」という意味です。
(4)わ行
①勿忘草/忘れな草(わすれなぐさ)
「ワスレナグサ」と言えば菅原洋一の「忘れな草をあなたに」という歌が有名ですね。
「ワスレナグサ」は原産地のヨーロッパでは多年草ですが、暑さに弱く、寒冷地を除いて花後に枯れるので、日本では一年草として扱われています。
②吾亦紅/吾木香(われもこう)
「ワレモコウ」と言えば、すぎもとまさと(杉本真人)の「吾亦紅」という歌が有名ですね。
日当たりの良い草原などに生える1m以下の草で、秋に枝分かれした先に穂を付けたような赤褐色の花をつけます。
薬草として、根は生薬になります。
「吾亦紅」という名前の由来については、さまざまな説があります。
ワレモコウの根から発する香りがインド原産の植物「モッコウ(木香)」に似ていることに由来するという説や、織田信長の家紋としても有名な「木瓜紋(もっこうもん)」のモチーフとなった「木瓜(もっこう)」を割った形に似ていることに由来するという説などがあります。
ほかにも、「吾もまた紅なり」とワレモコウ自身が唱えたことが由来とする説や、中国の皇帝がこの花の匂いを気に入り、「吾も請う」と言ったことに由来するなど、信憑性が高くないさまざまな俗説もあります。