レクラム文庫を模範とした岩波文庫などの「文庫本」の歴史とこだわり。

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岩波文庫

最近は「文庫本」が多くの出版社から発行されていますが。私の学生時代は、文庫本と言えば「岩波文庫」「新潮文庫」「角川文庫」くらいでした。

1.「岩波文庫」とは

「岩波文庫」は、「岩波書店が1927年(昭和2年)にドイツのレクラム文庫を模範として、古今の良書を安価に流通させ、より多くの人々が手軽に学術的な著作も読めるようになることを目的として創刊された日本で最初の本格的な文庫本シリーズ」です。

「レクラム文庫」というのは、ドイツの貸本業者のレクラムが1828年に創業したレクラム出版社の文庫本で、1867年の創刊です。創刊から現在に至るまで、文芸・哲学・自然科学・社会科学など広範なジャンルの本を廉価で人々に提供しており、ドイツ語圏の人々の知識向上・教育に大いに寄与しています。

創業者の岩波茂雄氏(1881年~1946年)が書いた「読書子に寄すー岩波文庫発刊に際してー」が文庫の巻末にありますが、良書を安価に広めるという意欲に満ちた格調高い文章です。ただし、この文章の真の起草者は哲学者の三木清(1897年~1945年)だったそうです。

真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。かつては民を愚昧ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあった。今や知識と美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある不朽の書を少数者の書斎と研究室とより解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであろう。近時大量生産予約出版の流行を見る。その広告宣伝の狂態はしばらくおくも、後代にのこすと誇称する全集がその編集に万全の用意をなしたるか。千古の典籍の翻訳企図に敬虔の態度を欠かざりしか。さらに分売を許さず読者を繋縛して数十冊を強うるがごとき、はたしてその揚言する学芸解放のゆえんなりや。吾人は天下の名士の声に和してこれを推挙するに躊躇するものである。このときにあたって、岩波書店は自己の責務のいよいよ重大なるを思い、従来の方針の徹底を期するため、すでに十数年以前より志して来た計画を慎重審議この際断然実行することにした。吾人は範をかのレクラム文庫にとり、古今東西にわたって文芸・哲学・社会科学・自然科学等種類のいかんを問わず、いやしくも万人の必読すべき真に古典的価値ある書をきわめて簡易なる形式において逐次刊行し、あらゆる人間に須要なる生活向上の資料、生活批判の原理を提供せんと欲する。この文庫は予約出版の方法を排したるがゆえに、読者は自己の欲する時に自己の欲する書物を各個に自由に選択することができる。携帯に便にして価格の低きを最主とするがゆえに、外観を顧みざるも内容に至っては厳選最も力を尽くし、従来の岩波出版物の特色をますます発揮せしめようとする。この計画たるや世間の一時の投機的なるものと異なり、永遠の事業として吾人は微力を傾倒し、あらゆる犠牲を忍んで今後永久に継続発展せしめ、もって文庫の使命を遺憾なく果たさしめることを期する。芸術を愛し知識を求むる士の自ら進んでこの挙に参加し、希望と忠言とを寄せられることは吾人の熱望するところである。その性質上経済的には最も困難多きこの事業にあえて当たらんとする吾人の志を諒として、その達成のため世の読書子とのうるわしき共同を期待する。

岩波文庫のこだわりは、新潮文庫と同様に、「本の上部」(天)を断裁(化粧断ち、仕上げ裁ち)せずに残す「天アンカット」という製本手法を守っていることです。

この「アンカット本」は「フランス装」あるいは「フランス綴じ」とも呼ばれます。岩波文庫は「フランス装風の洒落た雰囲気を出すため」この体裁を採用したと言われています。

この「フランス装(綴じ)」というのは、17世紀以前(フランスでは20世紀中頃まで)の製本法で、本の袋になった部分(折丁)を「仕上げ裁ち」せず、読者が「ペーパーナイフ」で切り開きながら読む必要があったものです。

また岩波文庫も以前は新潮文庫と同様、「スピン」(栞ひも)付きの造本でしたが、最近はスピンなしになっています。

2.「新潮文庫」とは

「新潮文庫」の発刊は、岩波文庫よりも古く1914年(大正3年)で、初回配本は全て海外文学で次の6点でした。こちらも岩波文庫と同様にドイツのレクラム文庫を模倣したそうです。

トルストイ「人生論」、ギヨオテ「ヱルテルの悲み」、マルコ・ポーロ「マルコポーロ旅行記」、ダスタエーフスキー「白痴」、イブセン「イブセン書簡集」、ツルゲーネフ「はつ戀」

新潮文庫のこだわりは、「天アンカット」と「スピン」付き造本を今も守っていることです。

3.「角川文庫」とは

「角川文庫」は、1949年(昭和24年)の創刊です。角川書店の創業者である角川源義(かどかわげんよし)氏(1917年~1975年)が社長であった創刊当初は、岩波文庫、新潮文庫に伍する文庫として「文芸路線」を掲げ、夏目漱石・森鴎外・芥川龍之介などの近代日本文学のほか、源氏物語・平家物語などの古典、外国文学の古典を多く収めていました。

その後、長男の角川春樹氏が社長就任以降は「大衆路線」に大きく舵を切りました。しかし春樹氏が麻薬事件で逮捕され、弟の角川歴彦氏(現会長)が社長になってからは、「大衆路線」は維持しつつも、古典作品の復刊も行われ、若干の古典回帰が行われています。

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