「ウグイス」にまつわる面白い話

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梅にウグイス

私が子供の頃住んでいた明治20年代に建てられた京町家の前栽には、毎年早春になると必ずウグイスがやって来ました。

最初は恥ずかしそうにモジモジと試し鳴きしますが、「ホーホケキョ」とウグイスらしくうまく鳴けません。しかししばらくすると、だんだん上手く鳴けるようになるのを観察するのも楽しみの一つでした。

今回はウグイスにまつわる面白い話をご紹介します。

1.ウグイスはなぜ早春になると里に下りて来るのか?

早春はまだ山は寒いので、少しでも暖かい人里に下りて来るのです。庭木のある家にもやって来ますが、川沿いの土手などでもウグイスの声を聴くことができます。

里人がその年に初めて聴くウグイスの声のことを「初音(はつね)」と言います。蛇足ながら、「初音ミク」という合成音声のキャラクターがありますが、源氏物語の巻名の一つにも「初音」(第23帖)というのがあります。

ウグイスは暖かくなってくると、だんだん人里から離れて山に帰って行きます。山歩きをする人やゴルフをする人はご存知だと思いますが、山では夏場でもウグイスが鳴いています。

2.「梅にウグイス」と言うが、「梅にメジロ」が多いのはなぜか?

梅にメジロ

「花札」にも「梅に鶯」の図柄の札があります。「紅葉に鹿」と同様に典型的な取り合わせのように思うのですが、実際に梅見をしていると、メジロはよく見かけるのですが、ウグイスはほとんど見かけません。

花札

メジロ(スズメ目メジロ科メジロ属)の鳴き声は、「チーチー」という地鳴きが多く、あまりパッとしません。

昔の日本人は、ウグイス(スズメ目ウグイス科ウグイス属)の「ホーホケキョ」という独特の鳴き声と、メジロの鮮やかなウグイス色を混同して「梅にウグイス」と言うようになったのではないかと私は想像します。

ただし、「花札も中国から伝来したとする説」によると、中国では「鶯」と書くとウグイス科の鳥の総称で、黄色いウグイス(別名:コウライウグイス)がいたそうです。オスの羽は黄色で、メスの羽は緑がかった黄色だそうです。ですから、「梅にウグイス」はおかしくないそうです。真偽のほどはわかりません。

なお、「梅に鶯という「ことわざ」は取り合わせのよい二つのもの、よく似合って調和する二つのもののたとえ」「仲のよい間柄のたとえ」であり、必ずしも自然界でそういう取り合わせが多いという意味ではないと考えた方がよさそうです。

3.「鶯色」と言うが、ウグイスが鮮やかな鶯色でないのになぜか?

「鶯色」は、本来は「灰色がかった緑褐色」のことです。しかし、一般には「抹茶色に近い柔らかい黄緑色」を連想する人が多いと思います。私もその一人です。

これは、ウグイスと同様、春先によく見かける「メジロの羽の色との混同」が原因のようです。そもそも梅によく来るメジロをウグイスと誤って思い込んでいる人も多いのではないでしょうか?

4.「早春賦」の歌にまつわる話

「春は名のみの風の寒さや 谷の鶯歌は思えど 時にあらずと声も立てず 時にあらずと声も立てず」という「早春賦」は、早春の情景を叙情豊かに格調高く表した曲です。

これは「尋常小学唱歌」の作詞委員会代表であった「吉丸一昌(よしまるかずまさ)」(1873年~1916年)が、自作の75編の詩に新進作曲家による曲を付け「新作唱歌」として1913年(大正2年)に発表したうちの一つで、彼の代表作です。作曲は中田章(「雪の降るまちを」「ちいさい秋見つけた」「夏の思い出」「めだかの学校」などで有名な作曲家中田喜直の父)です。この「早春賦」のメロディーは、モーツァルトの「春への憧れ(K596)」とよく似ておりアレンジしたようです。たぶん中田章はこの曲の影響を受けて作曲したものと思われます。

吉丸一昌は大分県出身で、東京府立三中教諭・東京音楽学校教授を歴任した人ですが、この歌は長野県大町市から安曇野一帯の早春の情景をうたった歌です。

彼は熊本の第五高等学校時代、夏目漱石や小泉八雲の授業を受けています。東京帝大国文科に進学後は、下宿先で「修養塾」という私塾を開き、その後生涯にわたって地方からの苦学生を受け入れ、衣食住から勉強、就職に至るまで世話をしたそうです。その献身的な姿は、早春の谷の鶯を温かく優しい眼差しで見つめる吉丸の姿とオーバーラップするように思います。

なお、東京府立三中教諭時代の教え子には芥川龍之介がいます。

余談ですが、彼の息子の作曲家中田喜直が父について講演などで語った面白い話があります。

春の歌を色々作ったのだが、どうもヒットしない。そこでなぜか考えていたら、ふと思い当たることがあった。「早春賦」という歌が今でもよく歌われているが、これは私の父(中田章)の作曲した唯一知られている歌曲で、あとは何もない。歌われている曲がたった一つしかないのである。それが春の歌であるから、私はなるべく邪魔をしないで、敬意を表することにした。  

5.俳句や和歌に詠まれたウグイス

(1)俳句

・うぐひすに ほうと息する 朝(あした)哉(服部嵐雪)

・鶯の 池をかゞみに はつ音哉(松岡青蘿)

・鶯の 覚束なくも 初音哉(正岡子規)

・鶯の 啼き間違ひを して遊ぶ(後藤夜半)

・うぐひすの 訛かはゆき 若音かな(高井几董)

・うくひすに またるる梅は なかりけり(加賀千代女)

・この里の通りすがりの初音かな(山口青邨)

(2)和歌

・年月を松にひかれて経(ふ)る人に今日鶯の初音聞かせよ(源氏物語)

これは、明石の姫君に生母である明石の御方が贈った和歌です。この和歌に因んで、源氏物語第23帖は「初音」と名付けられました。

・鶯の谷より出づる声なくは春来ることを誰か知らまし(大江千里)

・冬こもり 春さり来れば あしひきの 山にも野にも 鶯鳴くも(万葉集 詠み人知らず)

・春たてば 花とや見らむ 白雪の かかれる枝に うぐひすぞなく(素性法師)

・春やとき 花や遅きと ききわかむ うぐひすだにも 鳴かずもあるかな(藤原言直)

・春きぬと 人はいへども うぐひすの なかぬかきりは あらじとぞ思ふ(壬生忠峯)

・花の香を 風のたよりに たぐへてぞ うぐひす誘ふ しるべにはやる(紀友則)