「瓜田に履を納れず」「李下に冠を正さず」の由来をわかりやすく紹介します

フォローする



瓜田に履を納れず李下に冠を正さず

1.「瓜田(かでん)に履(くつ)を納(い)れず」「李下(りか)に冠を正さず」とは

どちらも、「誤解や疑念を招くような行動はすべきではない」という戒めです。

「瓜田に履を納れず」は、「瓜畑で靴が脱げても、ウリを盗むのかと疑われる恐れがあるので、かがんで靴を履き直すようなことはすべきでない」ということです。

「李下に冠を正さず」とは、スモモ(李)の木の下で曲がった冠をかぶり直すと、スモモの実を盗んでいるのではないかと誤解を招く恐れがあることから、冠が曲がってもそこでは手を上げて正すべきではない」ということです。

2.「瓜田に履を納れず」「李下に冠を正さず」の由来

由来については次の二つの説があります。二つの書物の成立時期の前後関係については諸説あるようです。

(1)「列女伝」にある虞姫の故事

古代中国の漢代に編纂された女性の史伝集「列女伝・斉威虞姫」に悪者に陥れられた王の後宮の逸話があり、この言葉が登場します。

古代中国の戦国時代、周の烈王の6年(紀元前370年)、斉は「威王」が即位後9年経ちましたが、国内は一向に治まらず、国政は佞臣(ねいしん)「周破胡(しゅうはこ)」の専横が続いていました。

周破胡は、賢才有能の士を嫉(そね)み、「即墨の大夫」が賢明の士であるのに、これを誹謗し、でくの坊の「阿大夫」を褒めそやしました。

威王の後宮には「虞姫(ぐき)」という女性がいましたが、周破胡のやり口を見かねて、王に訴えました。「周破胡は腹黒い人間ですから、登用されてはいけません。斉には北郭先生という賢明で徳の高い人物がおられるので、こういう方を登用された方がよろしいと思います」

ところが、これが周破胡の耳に入り、彼は虞姫を目の敵とし、何とかこれを陥れようとして「虞姫と北郭先生とは怪しい」と言い出しました。

王は虞姫を幽閉し、役人に追及させました。周破胡は手を回して係の役人を買収していたので、役人はあることないことをでっち上げ、虞姫を罪に落とそうとしました。

しかし王は、その調べ方がどうも腑に落ちないので、虞姫を呼び出してじきじきに事情を聞きました。

「私は十余年の間、一心に王のために尽くしてきたつもりですが、今は邪悪な者たちに陥れられてしまいました。私の潔白は明白ですが、もし私に罪があるとすれば、『瓜田で履をはきかえず、李園を過ぎる時に冠を整(ただ)さず』という疑われることを避けなかったことと、幽閉されても誰一人弁護してくれる人がいなかったという私の至らなさです。

たとえ死を賜っても、私はこれ以上申し開きはしません。しかしただ一つ王に聞き届けていただきたいのは、群臣が皆悪いことをしていますが、中でも周破胡が一番ひどい人物です。これでは国の将来は全く危ういことです」

虞姫の真心を込めた話を聞いた威王は、にわかに夢の覚める思いがしました。そこで、「即墨の大夫」を登用し、佞臣の「阿大夫」と「周破胡」を処刑し、内政を整えたので斉は大いに治まったということです。

(2)「文選(もんぜん)」の古楽府・君子行の記述

「古楽府・君子行」は、儒教における理想的人格である「君子」の言葉で始まる詩です。これは公職に就く人や身分の高い人に対する処世訓として書かれたものです。

「君子は未然に防ぎ、嫌疑の間におらず、瓜田に履を納れず、李下に冠を正(ただ)さず、嫂叔は親授せず、幼長は比肩せず、労謙なればその柄を得(う)、和光は甚だ独り難し(己の功に誇ってその能を輝かしてはいけない)」

現代語訳すると、次のようになります。

「教養ある立派な人は、事が起こる以前に予防の措置を取り、人から嫌疑をかけられるような立場に立たないように留意する。瓜畑ではくつが脱げてもはき直さないし、スモモの木の下では冠が曲がってもかぶり直さない。兄嫁と弟は直接物を受け渡ししないし、年長者と幼い者は肩を並べることはしない。」



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする