「江戸っ子」の「江戸っ子気質」と「東京人」の「東京人気質」

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江戸っ子気質

1.「江戸っ子」と「江戸っ子気質」

(1)江戸っ子

「三代江戸に住めば江戸っ子」とか「ちゃきちゃきの江戸っ子」などと言うように、もともとは「江戸で生まれ江戸で育った人」のことを指し、かつては「江戸もの」と呼ばれました。

現在では父祖以来東京、特にその下町に住んでいる人についてもいいます。

戯作者で浮世絵師の山東京伝(1761年~1816年)は、江戸っ子の典型を「将軍のお膝元の、しかも下町の中心街に生まれ育った粋な町人」としています。

江戸っ子の研究の先駆者である「三田村鳶魚(みたむらえんぎょ)」(1870年~1952年)によれば、江戸っ子はいわゆる町の表通りに住む「町人」ではなく、「裏店(うらだな)の長屋に住む火消し、武家奉公人、日雇いの左官・大工など」が江戸っ子の頭分にあたるとしています。

そして、彼は「東海道中膝栗毛」や「浮世床」などで江戸っ子をからかったものが多いのは、こうした「江戸っ子」たちが、「本を読むことがない無学な者」であったからとしています。

山田洋二監督・渥美清主演の「男はつらいよ」の「フーテンの寅こと車寅次郎」も江戸っ子のキャラクターです。

(2)江戸っ子気質(かたぎ)

一般に、「見栄坊」「向こう見ずの強がり」「喧嘩っ早い」「生き方が浅薄で軽々しい」「独りよがり」「短気」「気が早い」などの特徴があると言われています。

「粋(いき)で鯔背(いなせ)」「金離れがよく、細かい事にはこだわらず、意地っ張り」「駄洒落ばかり言うが議論が苦手」「人情家で涙もろく正義感に溢れる」とも言われます。

江戸っ子の性格を表す川柳や表現として、「江戸っ子は五月(さつき)の鯉の吹き流し」「江戸っ子の生まれ損ない金を貯め」「江戸っ子は宵越しの金を持たぬ」などがあります。

2.「江戸っ子」の坊っちゃん

「江戸っ子」と言えば、私はまず夏目漱石の「坊っちゃん」を思い浮かべます。

 親譲おやゆずりの無鉄砲むてっぽうで小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほどこしかした事がある。なぜそんな無闇むやみをしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談じょうだんに、いくら威張いばっても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。とはやしたからである。小使こづかいに負ぶさって帰って来た時、おやじが大きなをして二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かすやつがあるかとったから、この次は抜かさずに飛んで見せますと答えた。

「坊っちゃん」の「無鉄砲」で「喧嘩っ早い」江戸っ子気質を、面白いエピソードで紹介しています。

夏目漱石もれっきとした「江戸っ子」ですが、漱石本人はどちらかと言えば、この小説に登場する帝大卒の教頭の「赤シャツ」に近いような人物だったそうです。

ちなみに、「赤シャツ」は「表向きは物腰柔らかく穏やかな口調だが陰湿な性格の人物」として描かれています。

3.落語に出てくる「江戸っ子」と「江戸っ子気質」

江戸落語(東京落語)の主役は、何と言っても熊さん・八っつあん(熊五郎・八五郎)で代表される「江戸っ子」です。

落語で武士と庶民を扱う場合は、前者を悪玉として、後者を善玉として描くことが多いようです。

フーテンの寅さんの「啖呵売(たんかばい)」もなかなか見事なものですが、落語に出てくる江戸っ子の啖呵にも胸のすくような小気味よいものが多くあります。

「たがや」という落語につぎのようなやりとりがあります。

これは川開きで賑わう両国橋で供を連れて馬で乗り込んできた侍と「箍屋(たがや)」が雑踏の中での衝突に端を発した事件です。

余談ですが、この「両国の花火」は享保18年(1733年)に徳川吉宗が、江戸市中を襲った疫病コロリ(「コレラ」のこと)の犠牲者慰霊と悪疫退散を祈念して、玉屋・鍵屋の二軒の花火屋に命じて花火を打ち上げさせたのが事の起こりとされています。

「すみません、職人だもんですから言葉の使いようを知らねえからねえ、お気にさわったら堪忍してくださいな、ねえ、お屋敷ぃつれていかれると、この首は胴についてねえんだ。

あっしぁ粗相したんだから殺されたって構いませんが、うちぃ帰(けえ)ると腰の抜けたおやじと目の悪いおふくろが、あっしの帰りを首ぃ長くして待ってます。あっしが殺されちゃうとねえ、おやじやおふくろが可哀想で、へえ、第一(でえいち)路頭に迷います。助けてくださいな」

侍はにべもなく撥ねつけて「勘弁まかりならん」の一点張り。で、ついに「たがや」の怒りが爆発します。

「どうしても勘弁してくれねえんですか、これほど頼んでも・・・いらねえやい、丸太ん棒っ!血も涙もねえ目も鼻も口もねえのっぺらぼうな野郎だから丸太ん棒てんだ。

何を言ってやんでえ、大小がこわかった日にぁ、柱暦の下ぁ通れねえ、侍ががこわかった日にぁ、忠臣蔵の芝居は見られねえや、何言ってやがる、馬鹿。なにお?二本さしてる?知ってい、たった二本じゃねえか。焼き豆腐だって二本さしてるじゃねえか、気の利いた鰻は四本も五本もさしてらぁ。

そんな鰻ぉ、うぬらぁ食ったことぁあるめえ・・・おれも久しく食わねえけども。斬る?どっからでも斬ってくれ、さあ(平手で首だの腕だの威勢よく叩きながら)首から斬るか腕から斬るか、尻(けつ)から斬るか、斬って赤くなけりゃ銭はもらわねえ西瓜(すいか)野郎てんだ、斬れっ」

まさに溜飲の下がる痛快無比な弁舌です。

「箍屋(たがや)」は破れかぶれの強みを発揮して、供侍を倒し、最後に馬上の侍の首を、中天高く切り飛ばす。とたんに花火見物の群衆が、声をそろえて「がやぁあ!」・・・とこれが落語「たがや」のサゲ(落ち)です。

ちなみに「箍屋」と言うのは耳慣れない言葉だと思いますのでご説明します。自分のところで桶をこしらえて商うのが「桶屋」で、桶の箍がゆるんで水が漏ったりするのを直すのが「箍屋」です。

前に「箍(タガ)が外れる・箍が緩むという言葉と、樽と桶の職人の伝統技術」という記事も書いていますので、こちらもぜひご覧ください。

4.「東京人」の「東京人気質」

現代では「東京っ子」と言うべきかもしれませんが、「江戸っ子」の流れを汲む正統な「東京っ子」は今では非常に少なく、絶滅寸前なのではないかと思います。

ここで述べたいのは、「江戸っ子」の末裔(明治以降代々東京に住んでいる人も含みます)ではなくて、日本全国の地方から上京して来て現在東京に住んでいたり、東京で仕事をしている人々のことです。

彼ら「東京人」は、「もともと地方から出て来た田舎者」で、江戸っ子から蔑まれた人々です。

東京人の全部が全部ではありませんが、大阪人の私から見て、「本音を喋らずに見栄を張る」「気取る」「冷たい」「上から目線で大阪などをローカルとみなす」傾向があるようです。そして大阪人を「お笑い好き、ずけずけ物を言う、いらち、がめつい、下品、こわい」のようなステレオタイプの先入観で見下すような所があります。これは大阪人の僻目(ひがめ)でしょうか?

また、聞きかじった「変なイントネーションの大阪弁」を喋る嫌味な東京人にも閉口します。

太田裕美の「木綿のハンカチーフ」の歌詞ではありませんが、「都会の絵の具に染まらないで」「自分は今は東京に住んでいますが、東北の田舎者です」と堂々と胸を張って故郷のことを話す人の方が、私には好感が持てます。



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