「キリギリス」にまつわる話

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キリギリス

1.キリギリスを飼育した話

夏になるとあちこちの草むらでキリギリスが「チョン、ギィース、チョン、ギィース」と盛んに鳴いています。

小学生の頃、私が草むらで鳴いているキリギリスを捕まえようとそっと近づくと、その気配を察してピタッと鳴きやみます。そういう訳でなかなか捕まえるのは難しかった記憶があります。決してむやみに飛び出さず、草むらの深い方へと移動してじっと息を潜めています。

ある時、珍しくトウモロコシ畑で鳴いていました。畑なので雑草が生い茂っておらず、畝があるだけなのですぐに見つけられました。そっと近づいてこの時ばかりは難なく捕まえることが出来ました。

ほくほく顔で家に帰って虫籠に入れ、軒に吊るしてキュウリやナスを輪切りにして与えて飼育しましたが、やがて鳴き声がうるさく感じられるようになり、数日で草むらに放してやりました。

キリギリスの声は草むらで聞くのが一番季節感を感じますが、やはり家の中で飼うのはあまり適当でないと私は思いました。

ただ、キリギリスを飼う文化は、江戸時代からあったそうで、「虫売り」と呼ばれる行商人が、スズムシ・マツムシとともにキリギリスを売り歩いたということです。

2.キリギリスを詠んだ俳句

「きりぎりすながき白晝啼き翳る」(山口誓子)

「籠ぎすの夜泣きを忌みて放ちけり」(金尾梅の門)

3.イソップ物語の「アリとキリギリスの話」

アリとキリギリス

イソップ物語は、古代ギリシャの解放奴隷のイソップ(アイソポス)の作とされる寓話集です。

この話は、もともと「アリとセミ」だったそうですが、イギリスにはセミがいないので、キリギリスに置き換えられたと聞いたことがあります。

河野与一訳の「イソップのお話」(岩波少年文庫)によれば、結末は次のように「アリは食べ物を分けることを拒否し、キリギリスは飢え死にする」ことになっています。

 冬になって、穀物が雨に濡れたのでアリが乾かしていますと、おなかの空(す)いたセミが来て、食べ物をもらいたいと言いました。『あなたは、なぜ夏の間食べ物を集めておかなかったんです?』『暇がなかったんです。歌ばかり歌っていましたから』と、セミは言いました。すると、アリは笑って言いました。『夏の間歌ったなら、冬の間踊りなさい』

結末については、様々な改変があります。

①キリギリスが餓死するのは残酷だということで、アリが慈悲心から食べ物を恵む時に訓戒を与え、それを機にキリギリスは心を入れ替えて働くようになる

②アリが食べ物を分けてあげる代わりに、キリギリスにバイオリンを演奏させる

3.太宰治の「きりぎりす」

太宰治

俗世に関心がない貧乏画家に嫁入りした妻は、名声を得るにつれて尊大になり俗物化して行く夫に対して不満を募らせ、軽蔑して別れてしまう話です。「青空文庫」に収録されています。

あなたは、展覧会にも、大家たいかの名前にも、てんで無関心で、勝手な画ばかり描いていました。貧乏になればなるほど、私はぞくぞく、へんに嬉しくて、質屋にも、古本屋にも、遠い思い出の故郷のようななつかしさを感じました。お金が本当に何も無くなった時には、自分のありったけの力を、ためす事が出来て、とても張り合いがありました。だって、お金の無い時の食事ほど楽しくて、おいしいのですもの。つぎつぎに私は、いいお料理を、発明したでしょう? いまは、だめ。なんでも欲しいものを買えると思えば、何の空想もいて来ません。市場へ出掛けてみても私は、虚無です。

一体、何になったお積りなのでしょう。恥じて下さい。「こんにち在るは」なんて恐しい無智な言葉は、二度と、ふたたび、おっしゃらないで下さい。ああ、あなたは早く躓いたら、いいのだ。私は、あの夜、早く休みました。電気を消して、ひとりで仰向に寝ていると、背筋の下で、こおろぎが懸命に鳴いていました。縁の下で鳴いているのですけれど、それが、ちょうど私の背筋の真下あたりで鳴いているので、なんだか私の背骨の中で小さいきりぎりすが鳴いているような気がするのでした。この小さい、かすかな声を一生忘れずに、背骨にしまって生きて行こうと思いました。この世では、きっと、あなたが正しくて、私こそ間違っているのだろうとも思いますが、私には、どこが、どんなに間違っているのか、どうしても、わかりません。



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