サンドイッチ伯爵が考案したという「サンドイッチ」、沢庵和尚が考案したと言われる「たくあん」、レントゲンが発明したエックス線撮影装置を指す「レントゲン」のように、固有名詞である人名が食物、機械や行為等の一般名称(普通名詞)になった例がいくつもあります。
このように「固有名詞が普通名詞化した言葉」は「エポニム」と呼ばれます。
今回は面白い「エポニム」をいくつかご紹介したいと思います。
1.「エポニム(eponym)」とは
「エポニム」とは、主として人物(場合によっては物や場所)の名前に由来する言葉で、多くは発見者などの名前にちなんで二次的に命名された言葉です。
なお、人物には、実在の人物のほかに、架空の人物や神話の登場人物なども含まれます。
「エポニム」の語源は、ギリシャ語の「epi」(「~の後に」などの意)と「onoma」(名前の意。英語の-onym)の合成語です。日本語の訳語は、冠名語、冠名語句、冠名用語などです。
新たに発見・発明または考案された理論・法則・定理・単位・概念・現象・構造・装置または物質などに、発見などをした人物の名前を冠することを「エポニミー(eponymy)」と言います。この「エポニミー」は人名を冠した用語そのものを指す場合もあります。
エポニミー現象は、西洋の自然科学が勃興し始めた16世紀から17世紀頃に出現し、18世紀末~19世紀頃に徐々に人々の中に浸透・定着して行きました。
エポニミーの目的の一つに、発見者などを褒賞することが挙げられます。「人名を冠することによって業績を高める効果があるという考え方」を、「エポニミー効果」と呼びます。
2.面白い「エポニム」の具体例と由来
(1)あまり知られていないもの
①ボイコット
「ボイコット(boycott)」とは、「ある集団が自分たちの考えや要求を実現させる目的で、特定の相手に不買・拒否・排斥などを行うこと」です。
この「ボイコット」は、イギリスの軍人で土地差配人だったチャールズ・ボイコット大尉(1832年~1897年)の名前に由来する言葉です。
彼はアイルランドの小作人を過酷に扱ったため、1880年に小作人らが結成した「土地改革同盟」から排斥された出来事に基づくものです。
②ランドルト環
「ランドルト環(Landolt ring)」は「視力の判定に用いる視標。上下左右のうち1カ所が欠けた環状で、離れた一定の距離から見て切れ目の方向を判定させるもの」で、小学生の頃から「視力検査」でおなじみですね。
この「ランドルト環」を考案したのは、パリで活動したスイスの眼科医エドムンド・ランドルト(1846年~1926年)です。
これは文字が読めない人や外国人でもわかるもので、日本が発案した優れた「万国共通絵文字」の「ピクトグラム」と発想がよく似ていますね。
③クサンティッペ
西洋では「悪妻の代名詞」となっているソクラテス(B.C.469年頃~B.C.399年)の妻クサンティッペ(Xanthippe)(生没年不詳)ですが、後年の作り話も多く、彼女の実際の姿はほとんど不明というのが真実です。なお、英語でXanthippeという単語は、「口やかましい女性」「口の悪いがみがみ女」「悪妻」を表す普通名詞となっています。
④ギロチン
「ギロチン(guillotine)」と言えば、フランス革命の最中にルイ16世とマリー・アントワネットが処刑された断頭台のことです。
我々日本人の目から見ると残酷な処刑方法だと思いますが、実はフランス革命において「受刑者の苦痛を和らげる人道目的」で採用され、以後フランスでは1792年から1981年まで使用されていたそうです。
フランス革命勃発後、内科医で「憲法制定国民議会」議員だったジョゼフ・ギヨタン(1738年~1814年)は、受刑者に無駄な苦痛を与えず、しかも身分や貧富に関係せず名誉ある斬首の刑が適用できる「単なる機械装置の作用」によって人道的な処刑を行うよう議会に提案しました。
結局彼の提案が採用され、議会で正式に処刑道具として認められたため、彼の名前にちなんで「ギロチン」と呼ばれるようになりました。
(2)比較的よく知られているもの
①サンドイッチ
「サンドイッチ(sandwich)」は、パンに肉や野菜、卵などの具を挟んだ手軽な食べ物ですが、これも人名に由来しています。
イギリスの貴族である第4代サンドイッチ伯爵ジョン・モンタギュー(1718年~1792年)は、「終始トランプゲームに夢中になっていたので24時間賭博台の前で過ごし、二枚の焼いたパンに挟んだ少しの牛肉を食べながらゲームを続けた」というゴシップから、この名前が付いたそうです。
余談ですが、ハワイ諸島は旧称で「サンドイッチ諸島」と呼ばれましたが、これは1778年にハワイ諸島に到達した探検家ジェームズ・クック(1728年~1779年)が、時の海軍大臣で後援者だったサンドイッチ伯爵ジョン・モンタギューにちなんで命名したものです。
②たくあん
「たくあん(沢庵漬け)」は日本でおなじみの大根の漬物ですが、これは江戸時代の臨済宗の僧・沢庵宗彭(1573年~1646年)が考案したという言い伝えがあるため、この名があります。
③レントゲン
我々が「健康診断」や「人間ドック」でお世話になっているエックス線撮影装置やエックス線撮影を指す「レントゲン」は、1895年に「エックス線を発見」したドイツの物理学者ヴィルヘルム・コンラート・レントゲン(1845年~1923年)の名前に由来しています。
彼はエックス線発見の功績により、1901年第1回ノーベル物理学賞を受賞しています。
ちなみに世界で初めて「エックス線撮影装置」を開発したのは、ドイツのシーメンス社で1898年に日本に輸入されました。日本初の国産機は、1909年に京都帝大教授で理学博士の村岡範為馳(むらおかはんいち)が島津製作所の全面協力で開発に成功したものです。
④アキレス腱
私は社会人になってから、会社の運動会で頑張って走りすぎて「アキレス腱が切れた」人を何人も見ました。
「アキレス腱(Achilles’ tendon)」とは、「足にあるふくらはぎの腓腹筋・ヒラメ筋をかかとの骨にある踵骨隆起に付着させる腱」のことで、踵骨腱(証拠津見)とも言います。
かつては、奴隷や捕虜が逃げ出さないように、アキレス腱を切断した例もあるそうです。
この名前は、ギリシャ神話に登場する英雄アキレウスの次のような伝説から取られています。
アキレウスはプティア王ペレウスとネレウスの娘・テティスとの間に生まれました。テティスはわが子を愛してその肉体を「不死身」にしようと、冥府の川ステュクスにまだ赤子のアキレウスの全身を浸しましたが、その時母親がつかんでいた「かかと」だけが水に浸からず、「かかと」だけが生身のままで残りました。アキレウスは成長し、最大の英雄となって「トロイア戦争」で活躍しましたが、ついにパリス王子に弱点の「かかと」を弓で射抜かれ、これが原因となって命を落としました。
この伝説から、「アキレス腱」は「致命的な弱点」の代名詞ともなりました。