「北浜の風雲児」岩本栄之助は中之島中央公会堂を寄付した相場師!

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岩本栄之助

私は、大学生の頃、中之島にある「大阪府立図書館」に何回か通ったことがあります。この図書館は、住友財閥の寄付によって建てられたものです。その隣にある「中之島中央公会堂」は、希代の相場師「岩本栄之助」の寄付によって建てられたものです。

「中之島中央公会堂」には、私が現役サラリーマンのころ、衆議院議員選挙の立会演説会を聞くために一度だけ入ったことがあります。

1.中之島中央公会堂とは

中之島中央公会堂」は、正式には「大阪市中央公会堂」と言います。1911年に「株式仲買人」の岩本栄之助氏(1877年~1916年)が、公会堂の建設費として当時のお金で100万円を寄付したことにより建設されました。現在の貨幣価値に直すと50~百億円に上る巨額の寄付です。

公会堂は、彼の死から2年後の1918年に完成しました。現在は国の重要文化財に指定され、今なお市民の文化・芸術の拠点として親しまれています。

外観が重厚で美しいレンガ造りの建物なので、アマチュア画家がスケッチしている姿をよく見かけます。

2.岩本栄之助とは

彼は、株式仲買人(現在の証券会社の仕事を行っていた人)岩本栄蔵の次男で、自らも株式仲買人となります。日露戦争後の狂乱相場で200万円の利益を得ますが、「株で得た利益を公共のために活かす」という信念から、証券取引所で働く少年たちに学校へ行くように勧めるとともに、私財を投じて塾を作るなどしたため、ますます人気が出ることになり「北浜の風雲児」と称えられました。

「中之島中央公会堂」の建設費を寄付したことで「義侠の人」とも呼ばれました。また、野村證券の創業者野村徳七の窮地を救ったことでも知られますが、第一次大戦後の相場に失敗し、ピストル自殺しました。

相場の失敗で莫大な損失を蒙った時、周囲の人々は、彼に「大阪市に寄付した100万円を少しでも返してもらう」ように勧めますが、彼は「一度寄付したものを返せというのは、大阪商人の恥」と言ってこれを拒否したそうです。「私利私欲」を捨て「一諾千金」を貫いた立派な態度です。

辞世は「この秋をまたでちりゆく紅葉哉」です。

大阪・光の饗宴2017中央公会堂イルミネーション(フルバージョン)



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