「バッタ(飛蝗)」にまつわる面白い話

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殿様バッタ

私が子供の頃、家の近くに旧陸軍工兵隊の練兵場跡地の広大な原っぱがあり、「チキチキバッタ」をよく追いかけたものです。たまに「トノサマバッタ(殿様飛蝗)」を捕まえたこともあります。

最近は市街地に原っぱが少なくなったので、芥川や淀川の土手ぐらいでしか見かけなくなりました。

1.バッタの大発生の歴史

バッタの大発生バッタ大発生

(1)最近のバッタの大発生

2020年1月、アフリカ東部各地をバッタの大群が襲い、広範囲にわたって農作物を食い荒らすなど多大な被害をもたらしました。これは「サバクトビバッタ(砂漠飛蝗)」です。

サバクトビバッタ

バッタの大群はエチオピアとソマリアで発生し、ケニアに拡散しました。「国際連合食糧農業機関」(FAO)によると、エチオピアとソマリアでは過去25年間、ケニアでは過去70年間で最悪の蝗害(こうがい)となりました。

放置すると、バッタの数は6月までに500倍に増え、ウガンダと南スーダンに拡散するとのことでした。

6月に入ると、今度はインドをバッタの大群が襲いました。アフリカを襲ったバッタの大群はさらに餌を求めて東へ移動して来たのでしょう。今のところ、中国への侵入はないようです。

パキスタンとインドの国境付近で夏の産卵期を過ごすと予想されることから、この停止時期に大規模な駆除作戦が行われるとのことです。

今回のバッタの大発生の直接の引き金は、普段は乾燥している地域に「サイクロン」が大雨を降らせたことがきっかけのようです。

専門家は「『気候の極端化』が元凶で、干ばつと大洪水から立ち直れていない地域に壊滅的な被害をもたらす恐れがある」と指摘しています。

バッタの大量発生の原因は、インド洋西部の海面温度が上昇する「インド洋ダイポールモード現象(IOD)」という気候変動現象だそうです。

700億匹ものバッタの群れは、ニューヨーク市を埋め尽くすほどの規模で、1日に数万人分の食糧を食べ尽くすそうです。2020年に、2500万人が食糧危機に直面すると言われています。

なお、この「サバクトビバッタ」の大群が日本を襲う可能性ですが、これは極めて低いようです。理由は、「気候の違い」と「山脈を越える能力がないこと」、「海を越えて来る能力もないこと」です。

2007年に関西空港でトノサマバッタが大発生しましたが、天敵のエントモフトラ属のカビによって死滅しました。

またインドから日本にやって来るには、標高7000m以上の山が連なるヒマラヤ山脈を越えなければなりませんが、越える能力はありません。

バッタは1日に100~200kmの距離を移動できるそうですが、それは餌を求めての移動であり、あたり一面海で餌もない状況で飛び続けることは困難です。

(2)世界におけるバッタの大発生の歴史

バッタの大発生は現代だけの問題ではありません。

①中国

中国では大規模な大雨や干ばつが起こると、必ずと言っていいほど「トノサマバッタ」が大発生し、農作物に大規模な被害を与えて来ました。

古くは殷の甲骨文にも蝗害の記録があり、周の詩篇「詩経」にもバッタ駆除の様子が書かれています。

漢代になると記録が増え、B.C.175年を始め漢書・後漢書には20回以上も蝗害の記録があります。

宋代には本格的な対策が考えられるようになり、12世紀には朱子(1130年~1200年)が火を焚いて飛蝗を誘い込む方法を提案しています。

黒雲のようなバッタの大群が襲来すると、「天を覆い日を遮り」「暴風雨さながらの轟音」と多くの史書に記されています。

②朝鮮

1145年に完成した「三国志史記」という歴史書には、蝗害の記述が多くあります。

③ヨーロッパ・地中海

蝗害そのものの記録ではありませんが、B.C.2350年頃のエジプト第六王朝の遺跡には、バッタが草を食べ、ハリネズミがそれを捕食する絵が残されています。

B.C.13世紀頃の記録と言われる旧約聖書「出エジプト記」には、風に乗った「サバクトビバッタ」がエジプトを襲う様子が記されています。

B.C.700年頃のアッシリアの浴場壁画には、串刺しにしたバッタを祭壇に掲げるレリーフが残されており、バッタの被害が大きかったことを示唆しています。

B.C.1世紀頃の作とされる「ヨハネの黙示録」に登場する奈落の王「アバドン」は天使としてバッタの群れを率いながら現れ、人々に死さえ許されない5ケ月間の苦しみを与えるとされました。

1915年にはパレスチナで大規模な蝗害が起きています。1930年代にはキプロスで、バッタ駆除対策として、年間1100トンもの毒餌が撒かれています。

2004年にエジプトで大発生したバッタがイスラエルに上陸しています。

④中東~南アジア

1980年代のアフガニスタンでは「モロッコトビバッタ」が猛威を振るいました。

2018年、アラビア半島に「サイクロン」が2度上陸し、降雨で植物が増えたことから、2019年に「サバクトビバッタ」が大発生しました。しかし2015年から続く「イエメン内戦」で対策は後手に回り、サウジアラビア・オマーン・イラン・パキスタン・インドにまで被害が拡大しました。

これは2020年の東アフリカでの「サバクトビバッタ」の大発生にも影響を与えました。

⑤アフリカ

ルワンダでは1907年に蝗害の報告があり、その後もたびたび綿花が被害を受けています。

1987年~1988年には西アフリカのマリ共和国でトノサマバッタが大発生しました。

2003年にチャド・マリ・モーリタニアを襲った「サバクトビバッタ」の大発生では、FAOが援助を行い、日本も2004年度予算で3.3億円の無償経済援助を行っています。

2007年にエチオピアで大発生した「サバクトビバッタ」が北ソマリア経由でインド洋を飛び越え、パキスタン、インドにまで到達しました。

2013年にはマダガスカルで、トノサマバッタが大発生し、国土の半分以上に被害を与えました。

⑥北アメリカ

1819年には、アメリカミネソタ州でバッタが大発生し、地面に10cmものバッタが積もったという記録があります。

1870年代には、アメリカ「グレートプレーンズ」(ロッキー山脈東側と中央平原の間の大平原)で「ロッキートビバッタ」が大発生しました。1874年に最悪の被害をもたらしましたが、1879年を最後に大発生は確認されていません。1902年頃に「ロッキートビバッタ」は絶滅したと考えられています。

(3)日本におけるバッタの大発生の歴史

日本の古文献でも「蝗害」が報告されていますが、そのほとんどは「バッタ」ではなく、「イナゴ(蝗)」「イネウンカ(稲浮塵子)」「ニカメイチュウ(二化螟虫)」などによるものと考えられています。

イナゴウンカニカメイチュウ

狭く平原の少ない日本の土地では、トノサマバッタなどの「バッタ科」が数世代にわたって集団生活をする条件が整いにくいため限られた地域でしか発生していないことや、エントモフトラ属のカビなどの天敵がいることがバッタの被害が少ない原因です。

関東平野などでトノサマバッタによる蝗害が発生した記録が古文献にあります。

近代では、明治初期の1880年~1881年にトノサマバッタによる蝗害が発生したことが知られています。当時の記録によると、駆除のため捕獲した数だけで360億匹を超えたそうです。

政府は、蝗害が津軽海峡を渡って本州へ波及することを懸念し、トノサマバッタの発生源の調査を命じました。調査の結果、十勝川流域の広大は平原(十勝平野。日本で三番目に広い平野)であることを突き止めました。その後、十勝平野への入植が始まりました。

1884年9月の長雨によって多くのバッタが繁殖に失敗して死滅し、蝗害は終息しました。

1971年~1974年には沖縄県の大東諸島でトノサマバッタによる蝗害が発生しました。1986年~1987年には鹿児島県の馬毛島でもトノサマバッタによる蝗害が発生しています。

2.文学や映画に取り上げられたバッタ

(1)アルフォンス・ドーデの「風車小屋便り」の中の「ばった」

アルフォンス・ドーデ

フランスの小説家アルフォンス・ドーデ(1840年~1897年)の「ばった」は、当時のフランスの植民地アルジェリアにおけるイナゴの大発生を描いたものです。

(2)パール・バックの小説「大地」

パール・バック

アメリカの女流作家パール・バック(1892年~1973年)の長編小説「大地」には、トノサマバッタの大発生を描いた場面があります。

(3)映画「エクソシスト2」

1977年のアメリカ映画「エクソシスト2」では、蝗害が「悪魔の象徴」として描かれています。

(4)西村寿行の小説「蒼茫の大地、滅ぶ」

西村寿行(1930年~2007年)の小説「蒼茫の大地、滅ぶ」は、中国大陸で発生したバッタの大群により、日本の東北地方が壊滅する話です。

3.バッタにまつわる面白いエピソード

(1)「コメツキバッタ(米搗き飛蝗)」の名前の由来

コメツキバッタショウリョウバッタ

「コメツキバッタ」とは「ショウリョウバッタ(精霊蝗虫)」の別名です。両脚をつかむと体全体を上下に動かす姿が米を搗(つ)いているように見えることから、この名があります。

また、体全体を動かすさまは高速でお辞儀を繰り返しているように見えることから、「上司などにぺこぺこと頭を下げて、取り入ろうとする者」を嘲(あざけ)って「コメツキバッタ」と呼ぶこともあります。

「ショウリョウバッタ(精霊蝗虫)」という名前の由来については、「8月の旧盆(精霊祭)の時季になると姿を見せ、精霊流しの精霊船に形が似ていることからこの名が付いた」という俗説があります。

なお、オスは飛ぶ時に「チキチキ」と音を出すことから「チキチキバッタ」とも呼ばれています。

(2)「コメツキバッタ(米搗き飛蝗)」と揶揄されたゴルファー

私が現役サラリーマンの頃、社内のゴルフコンペが年に数回あって、よく参加しました。ある時コンペの時、打つ前のウォーミングアップのための「ワッグル」を何回も何回も繰り返してなかなかショットしない人がいました。

何度も素振りをする人もいますが、小刻みな仕切り直しの「ワッグル」が多すぎるのはかなり気になります。

他の同伴競技者はもちろん、私もだんだんイライラして来ました。その後にそのゴルファーに付いたあだ名が「コメツキバッタ」でした。

名前は忘れましたがアメリカのプロゴルファーにも、打つのが遅い人がいました。アマチュアゴルファーの皆さんは、「スロープレー」にならないよう「ワッグルのやり過ぎ」にはくれぐれもご注意ください。



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