前に「忙」という漢字の成り立ちについての記事を書きましたが、「忘」という漢字も「心と亡」の組み合わせです。
その違いはどこから生まれたのでしょうか?
1.「忘」という漢字の成り立ち
「忘」は「会意兼形声文字」(亡+心)です。「人の死体に何かを添えた」象形(「なくなる」の意味)と「心臓」の象形から、「心の中から記憶がなくなる」「わすれる」を意味する「忘」という漢字が成り立ちました。
2.「忘」と「忙」の違い
「忙」の部首の「忄(りっしんべん)」は、「心に何かが寄り添う」「外的要因で変化するもの」を表します。快・悩・情・忖・恨・憧・怖などが「忄(りっしんべん)」の例です。
その隣に「亡」がありますので、「他のものに心を奪われる」「心がまともに存在しない状態」で、「落ち着いた心がない」という意味になります。
これに対して、「忘」の部首の「心(したごころ)」は、「心の奥で思っていること」「自分の意思でそうすること」を表します。忠・恩・念・志・忍・怒・愁などが「心(したごころ)」の例です。
「したごころ」の上に「亡」で、「自分の意思で心をなくしてしまう」(うっかりしていて忘れる、多くのことに紛れて忘れる)あるいは「心の中にあったものがなくなる」(記憶していたことを忘れる、嫌なことを忘れる)という意味になります。
3.「忘」を含む言葉
(1)忽忘(こつぼう)
いい加減にすませて忘れること。
(2)忘機(ぼうき)
世俗的な欲望を忘れること。
(3)忘筌(ぼうせん)
目的を達成すると、そのために使ったもののことを忘れてしまうということ。
「筌」は魚を捕まえるための籠のような道具のことで、魚を捕まえると使った道具のことを忘れてしまうということから。
(4)忘憂(ぼうゆう)
悲しいことや心配事などを忘れること。憂いを忘れること。
「忘憂物(ぼうゆうもの)は、「酒」の別称です。飲めば憂いを忘れることができるということからこう呼ばれます。
4.「忘」を含む四字熟語
(1)貴人多忘(きじんたぼう)
高い地位を得て、人の上に立つと傲慢になり、過去のことを忘れてしまうことが多いということ。「貴人」は身分の高い人。「多忘」は忘れやすいこと。
(2)徙家忘妻(しかぼうさい)
物忘れが酷いこと。
「徙家」は家を移すという意味。引越しの時に妻を忘れて置いてきてしまうということから。
「徙宅忘妻(したくぼうさい)」とも言います。
(3)絶観忘守(ぜっかんぼうしゅ)
禅宗の言葉で、真理のことを考えることをやめ、正しい実践を超越すること。
「絶観」は真理を追究することをやめること。「忘守」は正しい実践を忘れること。
悟りを超越した境地をいう言葉。「観を絶ち守を忘る」とも読みます。
(4)怠慢忘身(たいまんぼうしん)
やるべきことをやらずに、自身を磨くことを忘れること。
そのようにしていると、災いが降りかかるということを戒めた言葉。
「怠慢身を忘る」とも読みます。
(5)得意忘形(とくいぼうけい)
芸術などで、精神や本質を大切にして、外形のことを忘れること。
または、気分が舞い上がって、我を忘れること。
「意を得て形を忘る」とも読みます。
(6)得意忘言(とくいぼうげん)
悟りの境地に至った後には言葉は必要ないということ。
荘子の教えの一つで、言葉は真理に至るため道具でしかないということから。
「意を得て言を忘る」とも読みます。
(7)得魚忘筌(とくぎょぼうせん)
目的を達成するまでに役に立っていたものを達成したあとには忘れること。
「筌」は魚を捕まえるために水の中に設置する竹のかご。
魚を捕まえたあとは、筌のことを忘れるという意味から。
「魚を得て筌を忘る」とも読みます。
(8)廃寝忘食(はいしんぼうしょく)
他のことを忘れてしまうほど、一つのことに夢中になること。または、集中して一つのことを頑張ること。
「廃寝」は寝ることをやめる、「忘食」は食事を忘れることで、寝ることもせず食べることも忘れるほど没頭するという意味から。
(9)廃忘怪顛(はいもうけでん)
激しく驚き、慌てふためくこと。「廃忘」と「怪顛」はともに驚いて慌てるという意味。
(10)発憤忘食(はっぷんぼうしょく)
食事を忘れるほどに気合を入れて取り組むこと。「発憤」は気持ちを奮い立たせること。「忘食」は食べることを忘れるほどに夢中になること。
孔子が孔子自身の勉学に取り組む姿勢を言った言葉。
「発奮して食を忘る」とも読みます。「発奮忘食」とも書きます。
(11)忘恩負義(ぼうおんふぎ)
受けた恩を忘れて、義理に背くこと。
(12)忘身忘家(ぼうしんぼうか)
自分や家族のことも考えず、君主や国のために尽くすこと。
「身を忘れ家を忘る」とも読みます。
(13)蓼虫忘辛(りょうちゅうぼうしん)
人にはそれぞれ好みの違いがあり、一度好きになったり、その状況に慣れてしまえば悪い部分も気にならなくなるということ。
「蓼(たで)」は植物の一種で、辛さがあって香辛料として用いられます。
極めて辛い蓼の葉をいつも食べている虫は、蓼の葉の辛さは気にならないという意味から。
「蓼虫辛を忘る」とも読みます。
「蓼食う虫も好き好き」ということわざもありますね。