日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.水仙(すいせん)
「水仙」とは、地中海沿岸原産のヒガンバナ科の多年草です。冬から春にかけて白や黄色の花をつけます。
水仙の花には香りがあります。香りは品種により異なります。11月頃から咲き始めるニホンスイセンは顔を近づけると爽やかで少し甘味のある優しい香りがします。ティタテイトやバルボコディウムなどもふわりと甘く優しい香りがします。
水仙の原産は地中海沿岸ですが、中国を経由して日本へ伝来したため、漢名の「水仙」を音読みして「スイセン」と呼ぶようになりました。
室町時代の漢和辞書『下学集』から「水仙」の名が見られます。
漢名の「水仙」は、仙人のように寿命が長く、水辺で育つ清楚な草で「水中の仙人」の意味に由来します。
この命名には、古代中国で偉人などの形容として「水仙」が使われているため、中国古典に由来するとの見方があります。
また、ギリシャ神話では、美少年のナルキッソスが水に映る自分の姿に心酔して水仙になったとしており、中国名はギリシャ神話の影響を受け、中国古典と組み合わせたとも考えられています。
余談ですが、「水仙」には毒があります。これについては、「美しい花には毒がある。知らないと危険、身近な植物の毒性に注意!」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。
「水仙」は冬の季語で、次のような俳句があります。
・水仙や 白き障子の とも映り(松尾芭蕉)
・水仙の 香やこぼれても 雪の上(加賀千代女)
・水仙に 狐遊ぶや 宵月夜(与謝蕪村)
・水仙や 古鏡の如く 花をかかぐ(松本たかし)
2.擦った揉んだ(すったもんだ)
宮沢りえと貴花田の婚約・破局会見の翌年、タカラ「カンチューハイ」のテレビCMで宮沢りえが『すったもんだがありました。』というこの一連の騒動を連想させセリフで、大ブレイクしました。この言葉は、1994年の新語・流行語大賞を受賞しました。
「すったもんだ」とは、意見などが合わなくて揉めること、ごたつくことです。
江戸時代には、あれこれと自分勝手に言い立てるさまを「すったのもじったの」と言っており、これが変化した語が「すったもんだ」と思われます。
「すった」は「擦る」、「もじった」は「ねじる」や「ひねる」などを意味する「もじる(捩る)」、「もんだ」は「揉む」で、いずれも手で形を変える動作であり、もつれてややこしい状態、面倒な状態を表すのに適した言葉です。
手振りを加えて言ったものか定かではありませんが、これらの語を組み合わせて調子良く言ったのが、「すったのもじったの」や「すったもんだ」と考えられます。
3.砂肝(すなぎも)
「砂肝」とは、鳥の砂嚢のことです。砂ずり。
砂肝は、鳥類の「砂嚢(さのう)」と呼ばれる部位で、胃の一部です。
鳥類の胃は、前胃と砂嚢に分かれており、前胃で消化酵素や酸によって食物が分解された後、砂囊で細かく砕かれます。
砂囊で砕く際に大きな役割を果たすのが、そこに溜まっている砂で、鳥類は歯がないため、食物と一緒に飲み込まれた小石や砂が、食物の破砕を助けているのです。
そのような砂を溜め込んだ内臓なので、「砂肝」と呼ばれるようになりました。
なお、「肝」は多く「肝臓」を指しますが、内臓を表す言葉なので、肝臓にたとえられて「砂肝」になったわけではありません。
また、砂嚢は鳥類のほか、魚類・爬虫類・ミミズにも見られる消化器官ですが、「砂肝」と呼ぶのは人間が食用とする鳥類の砂嚢だけです。
4.昴(すばる)
「昴」とは、牡牛座にあるプレアデス星団の日本名です。肉眼で確認できる星の数はふつう6個。
すばるは、「多くのものをひとつにまとめる」「統一する」という意味の「統べる(すべる)」の自動詞「統ばる(すばる)」に由来します。
この星団が「統べる」に由来するのは、古くから、王者の象徴、農耕の星として尊重されており、支配・統括する星の意味かといわれます。
また、「統べる」に由来する言葉には、古代日本人の装身具であった玉飾りの「須売流玉(すまるのたま)」があり、すばるは星団の星々が糸を通し統べたように集まっているところからともいわれます。
漢字の「昴(ぼう)」は、中国でプレアデス星団を指す呼称で、二十八宿の一つです。
余談ですが、谷村新司が作詞・作曲した『昴』については、「谷村新司の『昴』の歌詞はオリジナルではなく、啄木の悲しき玩具から借用!?」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。
「寒昴(かんすばる)」は冬の季語で、次のような俳句があります。
・寒昴 父母の息 感じをり(老川敏彦)
・故郷の なき晩年や 寒昴(塩田晴江)
・戸の外に 清めの塩や 寒昴(中沢城子)
・寒昴 仰ぐなり死を 告げ来り(水原春郎)
5.菫(すみれ)
「スミレ」とは、スミレ属の多年草です。山野の日当たりのよい地に生え、春、紫色の花を横向きに開きます。また、スミレ科スミレ属の植物の総称。
スミレの語源は「墨入れ」の意味で、花の形が「墨壺」(下の画像)に似ていることに由来する説が通説となっています。
しかし、スミレと墨壺はあまり似ておらず、疑問視されています。
墨壺とは大具道具の一種で、墨を含ませた綿の中に墨縄を通した後、板の上などにぴんと張り、はじくことによって直線を引くものです。
スミレの語源には、他に「摘み入れ」の意味とする説があります。
『和名抄』の野菜(山菜)の部に「須美礼」、『万葉集』には「須美礼摘みに」とあるように、古代からスミレの若葉は食用となる山菜の一種で、摘草の代表でした。
古代はタ行音とサ行音は近かったことから、「ツミレ(ツミイレ)」と言っていたものが、「スミレ」と表記されるようになったということは考えられます。
漢字の「菫」は、草冠と「堇」を合わせた字。
堇は「僅」と同じで、「わずか」や「小さい」の意味があり、「菫」の漢字は「小さい草」を意味します。
また、トリカブトの漢字表記にも「菫」が使われることがあります。
「菫」は春の季語で、次のような俳句があります。
・山路来て 何やらゆかし すみれ草(松尾芭蕉)
・骨拾ふ 人にしたしき 菫かな(与謝蕪村)
・地車に おつぴしがれし 菫哉(小林一茶)
・菫ほどな 小さき人に 生まれたし(夏目漱石)
6.ずらかる
「ずらかる」とは、悪いことをして逃げ出すことです。高飛びする。
ずらかるは、元々、盗人やテキ屋仲間が使っていた隠語で、語源は「ずらす」です。
江戸時代、ずらすは「他人の目をごまかす」「あざむく」の意味でも使われていました。これは、視線をずらすところからです。
そこから派生し、盗人などの間では「隠しておいた物を処分する」「逃げる」の意味でも「ずらす」が使われていました。
やがて、この「ずらす」に意味を強調する接尾語「かす」を付けた「ずらかす」の形が現れました。
ずらかるは「ずらかす」の自動詞形で、文献では明治時代から見られるようになります。
7.鈴生り/鈴なり(すずなり)
「鈴なり」とは、果実が房状に多く群がってなっていることです。物や人が一カ所に群がり集まること。
鈴なりの「鈴」は、神楽鈴(上の画像)のことです。
神楽鈴は、12個または15個の小さい鈴を繋いで柄に付けたものです。
果実が群がってなるさまが、神楽鈴の鈴の付き方と似ていることから「鈴なり」と呼ぶようになり、物や人が群がり集まることも意味するようになりました。
元々、鈴なりは果実のなり方をいった言葉なので、「なり」の漢字は「生り」ですが、「なりふり」や「身なり」など形状を表す「なり(形)」と解釈して、「鈴形」と表記されることもあります。
8.推敲(すいこう)
「推敲」とは、詩文の字句や表現を練り直すことです。
推敲は、以下の故事に由来します。
唐代の詩人賈島が「僧は推す月下の門」という句を作っていたが、「推す(おす)」を「敲く(たたく)」にすべきか迷っているうちに、韓愈の行列に突き当たってしまった。
突き当たった理由を尋ねられた賈島は、相手が唐詩四大家の一人である韓愈と知り、逆に「推と敲のどちらが良いでしょう?」と質問したところ、韓愈は「敲にしたほうが良い」と助言した。
このことから、詩文を考え練り直すことを「推敲」というようになりました。