中国の富裕層とは?共産主義国でなぜ大金持ちになれたのか?「共同富裕」とは?

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中国人富裕層

訪日外国人旅行者(訪日観光客)のうち、最近私が気になるのが「中国人富裕層」です。

普通の日本の庶民が手を出せないような高級宝飾品やバッグなどを次々と購入したり、数億円もする東京の超高級マンションをポンと購入したりするという話を聞くと、「共産主義の中国でなぜ大金持ちになれたのか?」と不思議になりますよね。

そこで今回は、「中国人富裕層」の実態についてわかりやすくご紹介したいと思います。

なお、前に「中国共産党最高幹部や中国の富裕層の「愛人のいる生活」が明るみに出る理由」という記事も書いていますので、ぜひご覧ください。

1.「中国人富裕層」とは

中国人富裕層

「富裕層」とは、一定以上の経済力や購買力を有する世帯を指す言葉です。

中国人富裕層」とは、年収200万元(約4000万円)以上の中国人を指す言葉で、 投資可能な資産が1000万元(約2億円)以上ある中国人です。

中国における富裕層の定義は、マッキンゼー・アンド・カンパニーが2009年に行った調査によると、年収200万元(約4000万円)以上としています。

同調査によれば、現在中国では年率15%の勢いで、富裕層が増加しており、2015年までには400万世帯を超え、富裕層の数で米国・日本・英国に次ぐ世界第4位に浮上するとしています。また、中国人富裕層は若年層が多く、45歳以下が80%を占めています。

なお、スイスの金融大手クレディ・スイスの発表によると、2019年に世界富裕層の上位10%の人数がアメリカを超えて、中国が世界最多となったそうです。

中国において2008年投資可能な資産が1000万元(約2億円)以上ある富裕層約30万人おり、投資可能な資産の総額は8兆8000億元に上ります。

一方、招商銀行とベイン・アンド・カンパニーが発表した「2009年 中国個人財産報告」によると、2009年末までに、1000万元以上の投資可能資産がある個人は、前年同期比6%増の32万人になり、投資可能資産額も前年同期比7%増の9兆元を超えるとしています。

「2009年 中国個人財産報告」によると、2008年に中国大陸で1億元(約20億円)の投資可能資産を持つ人約1万人で、広東省、上海市、北京市、江蘇省、浙江省の5つ地方では、 1000万元以上の資産がある人は2万人を超えています。1位は広東省で全国の15%を占める4万6000人、2位は上海、3位は北京となっています。

中国の富裕層は1回の旅行で使う金額が多く、いいモノに対してお金を出し惜しみしません。そのため日本の中心から地方まで、中国人富裕層を取り込むためのインバウンド対策が今後は重要になってきます。

2.「中国人富裕層」のもう一つの定義

なお「中国人富裕層」については、年収別に下記のような定義もあります。

超級大富豪:5000万元(8億3000万円~)

超級富豪:1000~5000万(1億6000万円~)

大富豪:300~1000万元(4800万円~)

富 豪:50~300万元(800万円~)

高産者:30~50万元(480万円~)

中産者:15~30万元(240万円~)

低産者:8~15万元(128万円~)

(1元=16円で換算)

この定義によれば富裕層と言われるのは年収800万円以上ということになります。2016年時点で中国の富裕層は361万3000人で、この数字は中国人の約380人のうち1人が富裕層であることになります。

富裕層トップ5(2019年度の最新情報)が、フォーブスに発表されました。

  • 1位(20位)馬化騰(テンセント創業者 / IT)388億ドル:広東省・深圳市
  • 2位(21位)馬 雲(アリババ創業者 / IT)373億ドル:浙江省・杭州市
  • 3位(22位)許家印(恒大集団創業者 / 不動産)362億ドル:広東省・佛山市
  • 4位(36位)王健林(恒大集団創業者 / 不動産)226億ドル:北京市
  • 5位(42位)楊惠妍(碧桂園創業者の娘 / 不動産)221億ドル:広東省・深圳市

アリババ創業者

中国の企業家の資産額トップ100人のランキングを示す「2020年胡潤百富榜」によると、トップアリババの創業者として知られる馬雲氏で、その総資産額4,000億人民元(約6兆7,000億円)に達しています。

テンセント創業者

2位ネット大手「テンセント」CEO馬化騰氏、8位は中国大手ポータルサイト「網易」の創業者である丁磊氏とeコマース企業「拼多多」の黄峥氏と、上位10位のうち4名はIT系企業出身者が独占しています。

恒大集団創業者

3.「中国人富裕層」が生まれた理由

(1)IT企業の起業家の輩出と「新富裕層」の誕生

中国の個人所得水準と経済発展レベルが持続的に向上するのに伴い、個人資産市場も安定的に発展する流れを迎え、大陸部の富裕層の規模と人数が増大し続けています。

招商銀行と米ベイン・アンド・カンパニーが共同発表した「2021年中国個人資産報告」は、目下の個人資産管理市場の変化を映し出しました。「証券日報」が伝えています。

同報告によると、2020年中国の投資に回せる個人資産の規模241兆元(1元は約16.9円)、同資産が1千万元を超える富裕層262万人に達しました。2021年末には300万人に迫り、同資産の規模は約96兆元に達するとみられます。

富裕層の中心に変化が生じ、上場企業の会長・監査役・上級管理職、企業経営管理の専門家、その他の専門家が「新富裕層」になり、初めて起業家たちを抜いたことが注目されます。

同報告によると、2021年に中国の富裕層の構造がより豊富で多様になり、インターネットや新エネルギーなどの新経済、新業界が猛烈な勢いで発展するのに伴って、株によって資産が増え「新富裕層」が誕生・発展しました。

上場企業の会長・監査役・上級管理職、企業経営管理の専門家、その他の専門家が全体に占める割合19年の36%から、21年の43%に上昇した一方で、起業家たちの占める割合は25%に低下しました。

年代別にみると、若い世代の富を生み出すスピードが加速し、40歳以下の富裕層のうち新経済の上場企業の会長・監査役・上級管理職、新経済の起業家を代表とする「新富裕層」の割合が目に見えて上昇し、富裕層の中心となり、割合も19年の29%から21年の42%に上昇しました。

金融専門家の董希■(品の口が水)氏は取材に対し、「第一に、ハイレベルの富裕層の中心に変化が生じたことは、中国の全体的な経済成長ペースが加速し、全体的な構造も最適化を続け、サービス業もさらに発達し、専門家、上場企業の会長・監査役・上級管理職、企業経営管理の専門家の収入も上昇中であることを物語っている。第二に、中国経済は改革開放から40年あまりが経ち、富が絶えず蓄積されている。以前の資産の多くは富裕層の起業家が生み出したものであり、現在の一部資産は長年の蓄積によるものだ。ここから富の創造には引き続きニーズがあること、資産の配置、計画、継承が今後さらに重視されるようになることがわかる」と述べています。

「新富裕層」の急速な発展は、新経済と新業界の急速な発展による後押しと切り離せません。「新富裕層」が従事する業界と分野のほとんどが新興産業に集中しています。

業界を細分化して見ると、2019~2021年には、バイオ医薬、医療機器、電気自動車、オンライン教育、医療サービスなどの新興産業の優良企業が資本市場で人気を集め、新規株式公開(IPO)や株式による資金調達ではこうした企業が数でも金額でも上位に並びました。

(2)不動産の転売による利益

たいていの日本人にとって、不動産は「一生に一度か二度の最も大きな買い物」です。しかし、中国人にとっての不動産はそうとは限りません。

財産や「住居」であると同時に「投資」の対象であり、自分の財産をさらに大きく増やしてくれる財テクの「道具」、人生のステップアップに欠かせない「踏み台」といった存在なのです。

ですから、多くの中国人は不動産の購入に目の色を変えて夢中になるし、自分が住む不動産を購入しても安住せず、また別の不動産を手に入れようとします。

彼らにとっては、不動産には自分の住居という以上の大きな意味があるため、「不動産を1軒以上持っている」という人が少なくありません。

2020年5月、中国人民銀行が発表した、都市部住民世帯を対象として行った資産状況に関する調査報告によると、都市部住民世帯の住宅保有率はなんと96%に上っていました。

そのうち1軒の住宅を保有する割合は58.4%、2軒を保有する割合は31%、3軒を保有する割合は10.5%。1世帯平均で1.5軒を保有していることがわかりました。

自分の不動産が値上がりしたら、タイミングを見計らって転売するためです。そのようにして得た利益によって、中国人のふところは驚くべきスピードで豊かになっていきました

しかし、恒大集団の破綻危機に象徴される「不動産バブル崩壊」によって、日本のバブル崩壊と同じような状況になる危険性も十分にあります

世界2位の規模の中国経済は、約3分の1を不動産部門が占めています。

4.「共同富裕」とは

(1)「共同富裕」は中国版「国民所得倍増計画」

日本の岸田首相は、総裁選の時のスローガンとして「新資本主義」と「所得倍増計画」を打ち出しましたが、一向にその成果は出ていません。

岸田首相の無策ぶり・無能ぶりについては、次の記事に書いていますので、ぜひご覧ください。

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しかし中国では今日本の1960年代に実行された「国民所得倍増計画」が注目されています

2021年8月、中国の習近平国家主席が掲げた「共同富裕」(*)の概念は、鄧小平が唱えた「一部の者が先に豊かになる」という「先富論」を修正し、富の配分の不均衡を是正して、上下の格差を縮小の方向に転換することを決意したものとされています。

(*)「共同富裕」という概念は、1953年12月に中国共産党主席である毛沢東が、「農業生産協同組合の発展に関する決議」で初めて提起しました。

そして、企業や富裕層による「自発的な寄付」などによって富の再配分を行う、いわゆる「第3次分配」が奨励され、アリババやテンセントといった成功企業が、数千億円から1兆円を超える額の寄付を次々と申し出ました。

こうした状況に、一部には「金持ちの富を奪って、貧者に分け与えるものだ」「文化大革命の再来か」といった見方も出てきています。

しかし現実の政策をみると、「第3次分配」はあくまで副次的なもので、「共同富裕」の真の狙いは、中間層の拡大にあります。単に「上を削って穴を埋める」という話ではなく、両極が細くて真ん中が太い「オリーブ型社会」にする目論見といえます。

そして、そのスローガンが「国民所得の倍増」です。60年も前の日本の政策が、なぜ今頃になって中国で関心を集めるのか。そこには中国が抱える課題の深さが表れています。

「共同富裕」とは、社会主義の中国には昔からあった表現で、文字通り「一緒に豊かになる」という意味です。これが今、国を挙げての目標になるのは、当然ながら「一部の人しか豊かになっていない」からです。

スイスの大手金融会社、クレディ・スイスが発行する「Global Wealth Databook 2021」によると、中国の上位1%の富裕層が所有する富は全体の30%を超えブラジルや米国などと並んで世界有数の経済格差の大きな国となっています。

(2)中国の「格差」とは

中国社会の主要な格差とは、次の3つとされます。

都市と農村の格差
沿海部と内陸部の地域格差
制度による格差(独占や税制など)

①の都市と農村の格差は数千年の長い歴史的背景がありますが、中華人民共和国成立後、1958年に農村戸籍と非農村戸籍(都市戸籍)を分け、その間の人口移動を厳格に制限する制度が導入されたことで、格差の拡大と固定化が進みました。

この制度は、当時、資本の蓄積が極端に不足していた中国で、いわば国内の農村部を都市部が「植民地化」することで、農村の富を合法的に収奪し、経済発展の原資を獲得したという事情があります。

②の沿海部と内陸部の格差は、一般に「東西格差」といわれますが、地理的には主要部の北に位置する東北三省(遼寧省、吉林省、黒龍江省)や内モンゴル自治区なども含まれます。

大陸中国の地形は「西高東低」で、平野は東部沿海地域に集中しており、内陸部は経済発展に不利でした。また①と同様の理由で、乏しい資源を有効に活用するには沿海部に集中的に投資したほうが有利であったことなどが大きな理由です。

そして③の制度的な問題は政治と強い関係があります。ITなど新たに誕生した産業は別として、もともと中国の「業界」の多くは、かつて計画経済の時代に「官庁」であったものが国有企業などとして独立した経緯を持ちます。

そのため強固な既得権益を持っています。これは党の政治基盤でもあるため、容易には崩せません。また不動産の所有に固定資産税がかからない、相続税がないなど、資産を持つ層に有利な制度が数多くあります。

(3)富の分配、3つの段階

こうした根深い要因によって生まれた強固な格差を是正し、「オリーブ型」の社会にしようというのが「共同富裕」の目論見です。しかし、格差が大きくなったのには、それなりの背景があるので、そう簡単に格差はなくなりません。

そこで富の配分方法を変えようという議論で出てきたのが、「3つの段階」という考え方です。これは1990年代、中国の著名な経済学者、厲以寧(Li Yining)が提唱した理論で、公正な富の分配を実現するには3回の分配が必要だとするものです。

第1次の分配企業活動や個人の労働による所得の分配で、成果に応じて市場原理に基づいて配分されます。企業などで支払われる報酬はその代表的なもので、そこでは当然、能力や成果によって格差が付く最も主要な富の分配段階です。

第2次分配政府による調整で、税や社会保険などで行われます。政府が税金や社会保険料を強制的に徴収し、公共事業や社会福祉など、さまざまな用途に投じることで分配の偏りを是正します。ここには為政者の政治的意図が反映されます。

そして第3次分配は、一定以上の利益をあげた企業や個人が自らの所得から寄付を行い、公益性の高い分野に役立てるものです。それによって上下の格差を調整しようとの意図です。そこでは自発性、道徳的視点が重視されます。米国社会は伝統的に、この第3次分配の機能が強いことで知られます。

2021年8月、習近平国家主席が「共同富裕」を打ち出した党の重要会議、中央財経委員会で第1次、第2次の分配に加え、特に第3次分配に言及し、「高すぎる所得を合理的に調節し、高所得層と企業が社会に更に多く還元することを奨励しなければならない」などと指摘したことで大きな注目を集めました。

冒頭に紹介したアリババやテンセントなどの企業による「自発的な寄付」は、この発言の趣旨を受けたものです。

しかし、先に触れたように、富の分配の構造を変え、格差を是正しようと思えば、その根幹を担う第1次の分配を根本的に変えることが必要です。「自発的な寄付」はあくまで補助的なもので、それだけでは解決にならないことは明白です。

(4)「共同富裕」3つの可能性

では、どのようにして「共同富裕」を実現しようというのでしょうか?

元国務院発展研究センター副主任、全国政治協商会議経済委員会副主任の劉世錦氏は、「共同富裕の今後の展開は、次の3つのパターンが想定できる」(雑誌「中国金融」2022年第1期)として、以下の3つの可能性を指摘しています。

第1のパターンは、いわば「順調バージョン」で、富裕層の富も増え続ける一方、それに続く層の所得もそれ以上に伸び、結果的に格差が縮まっていくパターン。これは理想的ですが、難度は非常に高いものです。

第2のパターンは、「膠着状態バージョン」とでも言うべきもので、富裕層の富の増加は一定水準で鈍化するが、中・低所得層の生産性も上がらないパターン。いわば最初のロケットの燃料が切れた後、2段目のロケットにうまく点火せず、格差は縮まらないままに留まるというものです。いわゆる「中所得国の罠」と呼ばれる現象はこのパターンを指しています。

そして第3のパターンは「逆戻りバージョン」で、富裕層の富を奪って制圧するが、当然ながら「先に豊かになった人」の積極性は失われる。山が低くなって格差は縮小するものの、「悪い平均主義」に陥り、「みんなで貧しくなる」というシナリオです。

同氏は誌上で「もちろん第1のパターンが理想だが、そうなるとは限らないし、実現のためには社会や経済の環境を大きく変えなければならない。簡単ではない」と語っています。

さらに第2の膠着バージョンに対しても「可能性は決して低くない」とし、「仮にナショナリズムが勢いを得たり、働かずにラクをしたいという人々が増えたりした場合には、第3のパターンに陥る可能性もある」と率直に語っています。

「共同富裕」の実現は容易なことではない――との認識が、社会の主流の人たちの間でも共有されていることがわかります。

(5)中間層を10~15年で2倍にする

「共同富裕」を膠着や失速させず、第1の「順調パターン」を実現するには、富裕層および既存の中間層に続く、その下の層を底上げできるかが勝負になります。中国国家統計局の基準では、「中間層(中等収入群体)」3人家族で年間所得が10~50万元の層と定義しています。

現在のレートで日本円に換算すると180~900万円となり、人口の3割、約4億人とされています。

「共同富裕」の目論見では、2030年から2035年をメドに、この中間層の人口を現在の2倍、8~9億人にすることを目標にしています。その時点で総人口の約60%になります。「共同富裕」とは、要は「中間層を10~15年で2倍にするプロジェクト」ということができます。

さて、そのために何が必要でしょうか?

現時点では、この中間層より低い所得の人口が約10億人、人口の約7割います。この部分の収入を増やし、中間層に格上げすることが「共同富裕」実現のカギとなります。

この「中間層未満」の10億人をさらに詳しくみると、そのうち年間収入が4~10万元(72~180万円)の「中間層予備軍」の人々が40%、約4億人。その他、年収4万元に満たない層が6億人となります。

とりあえず勝負を決めるのは、この「中間層予備軍」の4億人です。ここに戦力を集中し、現時点で4億人の中間層を2倍にすることが中国政府の描いている戦略です。

(6)中国版「国民所得倍増計画」

ここで登場してくるのが、中国版の「国民所得倍増計画」です。中国語での呼称は「国民収入倍増計画」です。これは政府が公式に決定したものではありませんが、政府系のシンクタンクや大学、研究機関などの研究者が次々と「収入倍増計画」を公表しており、メディアでも盛んに報道されています。

例えば、上海財経大学高等研究院発行の「2020年第3四半期中国マクロ経済分析と予測報告」は「中国は国民収入倍増計画の実行が必要であり、それによって中間層を大きく成長させ、ジニ係数(社会における所得の不平等さを測る指標)を継続的に低下させ、持続可能な経済成長と内需振興を実現すべきだ」などと提言しています。

また、中国政府のシンクタンクである中国社会科学院財経戦略研究所、雑誌「財経智庫」副編集長、楊志勇氏は同誌2021年第6期「財富観、共同財富と公共政策」と題する論文で、「中国式収入倍増計画では国有資本を充分に活用し、国有の土地と国有の資源が豊富であるという中国の優位性を生かし、政府の予算と国有企業の予算を組み合わせ、国民所得の増加のために用いるべきだ」などとして、「中国式収入倍増計画」の重要性を強調しています。

(7)「Japanese miracle」の背景

興味深いのは、この中国版「国民収入倍増計画」が、その発想の元は1960年代、日本の池田内閣が打ち出した「国民所得倍増計画」にあることです。中国では、戦後の日本の経済成長に対する研究が以前から盛んです。

特に近年、中国が発展途上国の水準を抜け出し、将来の先進国入りを目指す段階に入ってきたことで、日本が敗戦のどん底から短期間に先進国への階段を駆け上った高度成長期に対する関心が高まっています。

その象徴的なワードが池田内閣の「国民所得倍増計画」です。日本の高度経済成長期は一般に1955~1973年を指し、この18年間、平均10%以上の経済成長を記録しました。

この間、エネルギーは石炭から石油に変わり、1963年に名神高速道路の最初の区間が開通、翌1964年には東京オリンピック開催、東海道新幹線開通、1968年には国民総生産(GNP)が西ドイツ(当時)を抜き、世界第2位となりました。こうした急速な経済成長は海外から「Japanese miracle」と呼ばれました。

その要因は「高い教育水準を背景に金の卵と呼ばれた良質で安い労働力、第二次世界大戦前より軍需生産のために官民一体となり発達した技術力、余剰農業労働力や炭鉱離職者の活用、高い貯蓄率(投資の源泉)、輸出に有利な円安相場(固定相場制1ドル=360円)、消費意欲の拡大、安価な石油、安定した投資資金を融通する間接金融の護送船団方式、管理されたケインズ経済政策としての所得倍増計画、政府の設備投資促進策による工業用地などの造成」とされます。

(8)「高賃金の経済」を実現する

こうした日本の高度成長期を見る中国の視点は「日本はなぜ中所得国の罠」を避けられたのか」という点にあります。もちろん日本の高度成長期と現在では、時代背景も技術水準もまったく異なり、そのまま比較できるわけではありません。

中国はすでに世界第2の経済大国であり、世界一の規模を誇る高速鉄道、高速道路網を持ち、IT関連では世界の先端水準を行く領域も少なくありません。

しかしそうした中で、中国が注目しているのは、日本政府が高度経済成長を実現するために、まず「国民所得の倍増」を強く打ち出し、人々の所得を増やして、それよって内需を拡大、自国の経済を牽引していくという方策を取った点にあります。

「国民所得倍増計画」には広範な内容が含まれますが、キーワードの「所得倍増」には強いインパクトがありました。もともと「所得倍増」という言葉は、一橋大学学長、中央労働委員会会長などを務めた中山伊知郎氏が1959年1月3日付、読売新聞に書いたコラムが端緒というのが定説になっています。

池田内閣の軌跡を詳細に追った「危機の宰相」(沢木耕太郎著、文藝春秋刊)のインタビューで中山氏は以下のように答えています。

「その当時のぼくが考えていたのは、高賃金の経済というものが日本でも可能なのではないかということでした。経営者は賃金のコストの面ばかり見て抑えつけようとするが、賃金のもうひとつの側面である所得を上げることこそが、かえって生産性を上昇させ労働争議のロスを少なくさせ、社会全体にとってよいものなのだということを主張したかったわけです。賃金を2倍にしてもやっていけるような経済を作っていこうという、いわば夢を述べたわけなんですね」。

この発言からは、「高賃金の経済」が、当時の日本の政界や経済界でも必ずしも主流の考え方ではなかったこと、そしてこの時点で発想を転換し、高い賃金を支払うことによって生産性を高め、購買力を強くする方向に転換していくことが必要だ――と池田内閣は考えたことが読み取れます。

(9)先進国への最大の難関

いま「共同富裕」を掲げる中国政府が考えているのは、まさにこの「高賃金の経済」への転換です。これまで中国は低賃金を主要な武器に「世界の工場」として成長してきました。

輸出の中核を担う製造業はもとより、中国独自のIT活用サービスとして名高いフードデリバリーや「中国版Uber」と呼ばれる配車アプリ、Eコマースの格安な宅配料金なども低賃金の労働力があってこその強みでした。

その構造が限界に来ている今、中国経済がさらに一段、上を目指すにはこの構造を変えるしかありません。そのための取り組みが「共同富裕」の本質であり、だからこそ「国民収入倍増計画」が必要になるのです。

もちろん成功するかどうかはわかりません。しかしこの壁を突破しないと、国内の経済格差は縮まりません。「中所得国の罠」に落ち込んでいく可能性が高まり、政治的な安定にも影響しかねません。それはなんとしても避けねばなりません。「共同富裕」の実現は、先進国を目指す中国にとって、いわば最後の、そして最大の難関といえます。