猫は、平安時代の昔からペットとして飼われていました。清少納言の書いた『枕草子』の「上にさぶらふ御猫は」や、紫式部の書いた『源氏物語』の「若菜下の巻」にも登場します。
当時は猫の鳴き声は「ねうねう」、犬の鳴き声は「びよびよ」と表現していたそうです。
これについては「犬の鳴き声はびよびよ、猫の鳴き声はねうねうだった!?」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧下さい。
また世の中には、猫好きの「猫派」と犬好きの「犬派」がいます。
もちろん、どちらも嫌いという動物嫌いの方もおられるでしょうが、皆さんはいかがでしょうか?
これについては「あなたは猫が好きですか?猫にまつわる面白い話」という記事を書いていますので、ぜひご覧下さい。
このように古くから日本人に広く親しまれている猫なので、猫の付く言葉もたくさんあります。
そこで今回は、猫が付くことわざ・慣用句をご紹介したいと思います。
1.猫が付くことわざ
・秋の雨が降れば猫の顔が三尺になる(あきのあめがふればねこのかおがさんじゃくになる):秋は晴れた日より雨の日の方が暖かいので、暖かい日が好きな寒がりの猫は顔を長くし喜ぶということ。
なお、秋の長雨には、猫ですら退屈に感じるという説もあります。
・犬は人に付き猫は家に付く(いぬはひとにつきねこはいえにつく):犬は家人になつき、引っ越しにもついて行くが、猫は人よりも家の建物・場所になじむこと。
・男猫が子を生む(おとこねこがこをうむ):どう考えても到底あり得ないこと、起こるはずのないことのたとえ。
「石に花咲く」「炒(い)り豆に花が咲く」も同じ意味です。
・女の心は猫の目(おんなのこころはねこのめ):女の心は気まぐれで変わりやすいことのたとえ。女心は、猫の目が光によって形が変化するように変わりやすいとの意から。
・窮鼠猫を噛む(きゅうそねこをかむ):(「塩鉄論」刑法から)追いつめられた鼠が猫にかみつくように、弱い者も追いつめられると強い者に反撃することがあること。
・上手の猫が爪を隠す(じょうずのねこがつめをかくす):本当に能力のある者は、それをひけらかすようなことはしないたとえ。「鼠捕る猫は爪を隠す」とも言います。
「能ある鷹 (たか) は爪を隠す」、「能鷹 隠爪(のうよういんそう)」も同じ意味です。
・鳴く猫は鼠を捕らぬ(なくねこはねずみをとらぬ):よくしゃべる者は口先だけで実行が伴なわないというたとえ。
・猫が肥えれば鰹節が痩せる(ねこがこえればかつおぶしがやせる):鰹節を食べて猫が太るにつれ、食べられた鰹節は削られて細くなっていくという意味から、片方が得をすれば片方は損をするということ。
・猫叱るより猫を囲え(ねこしかるよりねこをかこえ):猫に魚を取られて猫を叱るより、取られないように用心することが大切、問題が起きる前に予防策を講じよ、という意味。
・猫と庄屋に取らぬは無い(ねことしょうやにとらぬはない):ネズミを捕らない猫がいないように、賄賂を取らない庄屋はいないということ。とかく賄賂を受け取る役人を罵っていう言葉。
・猫に経(ねこにきょう):猫にお経を聞かせても意味がないことから、価値のあるものや立派なものも、それがわからない者にとっては何の価値もないこと。役に立つ教訓も理解せずに聞き流してしまうこと。「豚に念仏猫に経」とも言います。
「牛に念仏馬に経文」「馬の耳に念仏」「犬に論語」「牛に経文」「牛に説法馬に銭」「兎に祭文」「牛に対して琴を弾ず」「犬に伽羅聞かす」「猫の耳に小唄」「猫に小判」「豚に真珠」なども同様の意味です。
・猫に木天蓼(またたび)お女郎に小判(ねこにまたたびおじょろうにこばん):大好物のたとえ。また相手の機嫌をとるのに一番効果のあるもののたとえ。
・猫は三年の恩を三日で忘れる(ねこはさんねんのおんをみっかでわすれる):猫は三年飼っても、その恩をたった三日で忘れてしまうということ。猫は人の恩をすぐに忘れる、つれない動物であることのたとえ。
・猫は長者の生まれ変わり(ねこはちょうじゃのうまれかわり):猫は前世、長者だった人の生まれ変わりだということ。猫は長者のように、いつものんびりと眠ってばかりいることから。
・猫は虎の心を知らず(ねこはとらのこころをしらず):凡人(小物)には大人物(大物)の心はわからないというたとえ。「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや(えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや)」と同じ意味です。
・猫を一匹殺せば七堂伽藍を建立せるより功徳あり(ねこをいっぴきころせばしちどうがらんをこんりゅうせるよりくどくあり):猫は執念深く、魔性のものであるから、一匹殺せば七堂伽藍(お寺に必要な七つの建物)を建てるよりも仏の御利益がある、ということ。
しかし、猫は大事な経典をネズミから守った功労者なので、そのような功労のある『猫を殺しては七堂伽藍を建立しても功徳なし』の誤りだとする説もあります。
・猫を追うより鰹節を隠せ(ねこをおうよりかつおぶしをかくせ):猫に鰹節を食われてしまうからと、たえず番をして猫を追い払うより、鰹節の方を隠せばあっさり問題は解決することから、些末なことより、根本を正せというたとえ。
「猫を追うより魚をのけよ」「猫を追うより皿を引け」も同様の意味です。
2.猫が付く慣用句
・借りてきた猫(かりてきたねこ):ふだんと違って、非常におとなしいありさまの形容。普段は騒がしい人が、状況が変わるととてもおとなしくなる様子。
・結構毛だらけ猫灰だらけ(けっこうけだらけねこはいだらけ):たいへん結構だ、の意をふざけていう言葉。
映画「男はつらいよ」で渥美清さんが演じるフーテンの寅さんが「啖呵売(たんかばい)」の口上(こうじょう)でよく言っていましたね。
「結構毛だらけ猫灰だらけ、お尻の周りはクソだらけってねぇ。タコはイボイボ、ニワトリゃハタチ、イモ虫ゃ十九で嫁に行くときた。 黒い黒いは何見て分かる。色が黒くて貰い手なけりゃ、山のカラスは後家ばかり。ねぇ。色が黒くて食いつきたいが、あたしゃ入れ歯で歯が立たないよときやがった!。」
映画「男はつらいよ」車寅次郎の口上の一節よ
・皿嘗めた猫が科を負う(さらなめたねこがとがをおう):皿の魚を食べた猫が逃げ、その後の皿を嘗めた猫が捕まって罪を背負い込むことで、犯罪の主犯の代わりに、関係した下っ端が捕まって処罰されるたとえ。大きな犯罪を犯したものが処罰されず、関係した小物ばかりが刑罰を食うこと。
・猫が熾をいらうよう(ねこがおきをいらうよう): (猫が、炭火に、ちょっと手を出してはすぐ引っ込めるように) ちょっかいを出すことのたとえ。
・猫が胡桃を回すよう(ねこがくるみをまわすよう):猫が胡桃を弄(もてあそ)んで回すように、じゃれついたり、ちょっかいを出したりすることのたとえ。
・猫が手水を使うよう(ねこがちょうずをつかうよう):猫が前足に水をつけて飲んでいる様子から、手にちょこっと水をつけてさっと顔を洗うこと。ほんの申し訳程度に顔を洗うことのたとえ。
・猫が耳を洗うと雨が降る(ねこがみみをあらうとあめがふる):風や湿度の変化を素早く感じ取ることができる猫が耳を洗ったら雨が降る前触れという言い伝え。
猫の仕草とお天気の関係は古くから言い伝えられてきたようで、明治43年に出版された猫研究書である『猫』(石田孫太郎著)の中では、
「猫顔を拭ふてその手耳を越せば降雨」
「猫顔を拭ふてその手耳を越さねば晴天」
「猫の子、青草を噛めば降雨」
などが紹介されています。
・猫舌の長風呂入り(ねこじたのながぶろいり):ぬる湯好きの人は、入浴の時間が長いということ。
ぬる湯ではカラスの行水とはいかないので、当然入浴時間が長くなります。「ぬる湯好き」を「猫舌」と表現しているのが面白いところです。
・猫に会った鼠(ねこにあったねずみ):すっかり畏縮(いしゅく)して、策略などが浮かばないこと。また、危難をのがれることができないさま。絶体絶命の様子。「猫の前の鼠」とも言います。
・猫に鰹節(ねこにかつおぶし):猫のそばに好物である鰹節を置くこと。安心できない(油断できない)状況を招くこと。また、危険な状況にあることのたとえ。
・猫に傘(ねこにからかさ):猫の目の前で、傘を突然開くとびっくりすることから、驚くこと、嫌がることなどのたとえ。
・猫に紙袋(ねこにかんぶくろ):猫の頭に紙袋を被せると前には行かず後へさがることから、後退りすることのたとえ。
・猫に九生あり(ねこにきゅうしょうあり):猫には沢山の命があって、9回も生まれ変わることができるという迷信があることから、猫は執念深くなかなか死なないとか、猫は殺しても何度でも生き返るということ。
・猫にもなれば虎にもなる(ねこにもなればとらにもなる):相手や状況しだいで、おとなしくもなれば凶暴にもなるということのたとえ。
・猫の魚辞退(ねこのうおじたい):内心では望みながら、うわべでは遠慮すること。また、長続きしないことのたとえ。
・猫の寒乞い(ねこのかんごい):寒がりで冬を嫌う猫でも、さすがに真夏には冬の寒さを恋しく思うということ。寒がり屋(寒がりの人)でも暑い夏の盛りには冬を恋しがるというたとえ。
・猫の首に鈴を付ける(ねこのくびにすずをつける):計画の段階では良いと思われることであっても、いざ実行となると引き受け手がいないほど困難なことのたとえ。
・猫の恋(ねこのこい):早春、雄猫が雌猫を恋すること。猫の交尾期にあたり、物狂おしく鳴きます。俳句で春の季語。
「猫の恋・猿酒・神の旅・花盗人・遍路などの面白い季語」という記事でも紹介していますので、ぜひご覧下さい。
・猫の子一匹いない(ねこのこいっぴきいない):全く人影のないことのたとえ。
・猫の子を貰うよう(ねこのこをもらうよう):深く考えることなく安易な考えで縁組が手軽・無造作に行われるさま。
・猫の逆恨み(ねこのさかうらみ):余計なお節介は無用ということ。気持ちのねじ曲がった人が、助けてもらいながら、助けてくれた人を逆に恨んだりすること。猫にはそのような陰険な性質があるとされ、このような言い回しの引き合いに出されています。
・猫の額にある物を鼠が窺う(ねこのひたいにあるものをねずみがうかがう):自分の実力を考えずに、大それたことや無謀なこと、大胆不敵なことをしようとすることのたとえ。猫のそばにある物を、鼠がねらって様子を窺うことから。
・猫の手も借りたい(ねこのてもかりたい):非常に忙しいため、誰でもいいから手伝いが欲しいことのたとえ。
・猫の前の鼠(ねこのまえのねずみ):恐ろしさのあまり身がすくんでしまうことのたとえ。
・猫の前の鼠の昼寝(ねこのまえのねずみのひるね):目の前に猫がいることに気付かず、鼠が呑気に昼寝をしていることで、我が身に危険が迫っていることに気付かず油断していることのたとえ。
・猫は三月を一年とす(ねこはみつきをひととせとす):猫は成長が早く、人間の一年が猫の3ヶ月に当たるということ。
「犬の一年は三日」という言い回しもあります。犬の成長は非常に早く、犬の一年は人間でいえば三日に相当するという意味。また、人間の三日は犬の一年に当たるほど、人間の一日は尊いという意味です。
・猫も杓子も(ねこもしゃくしも):誰も彼も。なにもかも。
・猫も跨いで通る(ねこもまたいでとおる):猫でさえ関心を示さず跨いでしまうほど、鮮度や味が劣った美味しくない魚のこと。猫跨ぎ。
・猫を殺せば七代祟る(ねこをころせばしちだいたたる):猫は執念深い動物なので、殺すと子孫七代までも祟るという俗説。