1.林住期(古代インドの思想)
五木寛之氏の「林住期」という本を読んで知った話をご紹介します。興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
古代インドでは、人生を大きく四つに分けて、それぞれの時期(段階)ごとに、異なる目標や準則を定めていたそうです。(ヒンズー教のマヌの法典の「四住期」という考え方)
それは、解脱(げだつ)を最終目標として、「学生(がくしょう)期」(0~25歳)「家住(かじゅう)期」(25~50歳)「林住(りんじゅう)期」(50~75歳)「遊行(ゆぎょう)期」(75~100歳)の四つに、人生を分けて考えます。
「学生期」には学び、「家住期」には働き、家庭を作り、子供を育てます。
その次の「林住期」(「臨終期」ではありません。念のため)は、決して「隠退」とか「老後」というようなマイナスイメージの時期ではありません。
70代以降は「林住期」(老年を迎えて森や林に入り住んで静かに、人間とは何か、人生とは何かを考える時期)を経て「遊行期」(一切のしがらみから離れられる一番自由な時期で、一度きりの人生をしがらみや執着から離れて好きなことをやってよい時期)に入ります。
一度しかない人生です。静かに自分と向き合い、本当に自分のやりたいことは何かを自問自答し、それを存分に実行に移す時期ではないでしょうか?
言わば「人生のクライマックス」「黄金期」「収穫期」とも呼ぶべき時期です。
私の人生も、はや「林住期」を経て、やがて「遊行期」に入って行くところですが、まだまだ知らないことや学びたいことも多く、「日暮れて途(みち)遠し」というのが実感です。
しかし、好奇心の続く限り、楽しみながら、人類の知恵(勉強も遊びも両方)を究めていきたいと思っています。
やはり、昔から言われた「よく遊び、よく学べ」という教えが、自分には一番合っているようです。
このほかにも、中国の思想家や詩人の言葉で参考になりそうなものがありますので、ご紹介します。
2.朱熹(朱子)
少年老い易く学成り難し。一寸の光陰軽んずべからず。
未だ覚めず池塘春草の夢。階前の梧葉已に秋声。
これは、私が中学校の時に初めて覚えた漢詩ではないかと思います。大変有名な漢詩で、朱熹(朱子)の「偶成」が出典とされてきました。
しかし、最近になって、朱熹の詩文集にはこのような作品は見当たらず、別の作者による同じような内容の「勧学詩」が複数あるとの指摘も出ているようです。
これは実証的な文献学研究の成果なのでしょうが、私としては、この詩はいかにも朱子学的な勧学詩なので、「そのまま、そっとしておいてほしい」という気持ちです。
それはともかく、漢詩には、人生訓や学問を奨励するような教育的内容のものが、他にもいくつかありますね。
3.陶淵明
盛年重ねて来らず。一日再び晨(あした)なり難し。
時に及んでまさに勉励すべし。歳月人を待たず。
これは、陶淵明の「雑詩」で、一般には「勧学詩」と思われています。
しかし、私は高校生の時、漢文の先生から、「この詩は、実は勉強を奨励するものではなく、若い盛りの時代は二度と来ない。だから大いに遊んで人生を楽しもうという内容です。それは、人口に膾炙している上記の「最後の四句」ではなく、その前の「八句」を読めばわかります。」と教えられ、衝撃を受けた覚えがあります。
人生根帯(こんたい)なく 飄として陌上(はくじょう)の塵の如し
分散して風を追うて転じ これすでに常の身にあらず
地に落ちては兄弟となる なんぞ必ずしも骨肉の親のみならんや
歓を得ればまさに楽しみをなすべく 斗酒比隣を集めん
現代語訳すると、次のようなものになるのだそうです。
「人生は、木の根や果実のへたのようなしっかりした拠り所がない。まるであてもなく舞い上がる路上の塵のようなものだ。
風のまにまに吹き散らされて、もとの身を保つこともおぼつかない。
そんな人生だ。みんな兄弟のようなもの。骨肉にのみこだわる必要はないのだ。
うれしい時は大いに楽しみ騒ごう。酒をたっぷり用意して、近所の仲間と飲みまくるのだ。
血気盛んな時期は、二度とは戻ってこないのだぞ。一日に二度目の朝はないのだ。
楽しめるときは、とことん楽しもう!歳月は人を待ってはくれないのだから!」
このように、「書物や詩などを引用する時などに、その一部分だけを取り出して、自分の都合のいいように変な解釈をこじつけること」を「断章取義」と言います。日本の野党が政府与党の発言の一部を切り取って曲解することがよくありますが、あれも「断章取義」です。
陶淵明と言えば、役人を辞めて故郷に帰り、田園生活を謳歌していることを詠った「帰去来の辞」で有名です。
しかし今考えると、忘憂の物(酒)を主題とした「飲酒二十首」や、「桃花源記」のような「理想郷」を詠んだ詩人なので、前半八句のような考え方を持っていたとしても、何の不思議もありませんね。
4.荀子
荀子の次の詩は教訓そのものです。
蹞歩(きほ)を積まざれば もって千里に至るなし
千里の道も、一歩一歩を積み重ねなければ、到達できないという意味です。
5.その他の中国の故事成語
また、漢詩ではありませんが、日本のことわざに当たる「故事成語」にも、面白いものが多いですね。
有名な「蛍雪の功」も古代中国の故事に由来するものですね。ほかにも「出藍の誉れ」「人間万事塞翁が馬」「四面楚歌」「漁夫の利」「蛇足」「矛盾」「虎の威を借りる狐」「酒池肉林」「守株」など、有名なものだけでも、いろいろ面白いものがありましたね。
中国四千年の知恵の賜物といったところでしょうか?