日本語の面白い語源・由来(か-⑨)火中の栗を拾う・戒名・臥薪嘗胆・会社・株式

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火中の栗を拾う

日本語の語源には面白いものがたくさんあります。

前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。

以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。

1.火中の栗を拾う(かちゅうのくりをひろう)

日露戦争の風刺画・火中の栗を拾う

「火中の栗を拾う」と言えば、日露戦争の開戦を日本に煽動する英米人とロシア人の風刺画(上の画像)が有名ですね。

火中の栗を拾う」とは、他人の利益のために、あえて危険を冒すことのたとえです。

火中の栗を拾うというたとえは、17世紀のフランスの詩人ラ・フォンテーヌが、『イソップ物語』を基にした「猿と猫(Le singe et le chat)」寓話に由来します。

その寓話とは、猿におだてられた猫が、囲炉裏の中の栗を拾ったものの、猫は大やけどしただけで、栗は猿に食べられてしまったという話です。

2.戒名(かいみょう)

戒名

戒名」とは、僧が死者につける法名のことです。「鬼号」とも言います。

戒名の「」は、元来、仏門に帰依した者に対し、生前に授けられた名のことです。
「受して仏門に入った者の」なので、「戒名」です。

日本では中世末期頃から見られ、近世の「檀家制度」に基づき、戒名は一般的なものとなりました。

なお、浄土真宗では授戒の作法がないため「戒名」とは呼ばず「法名」といい、日蓮正宗を除く日蓮宗系では「法号」と呼びます。

余談ですが、戒名については「戒名料が高い原因の上納金システムに迫る!」「有名人の戒名はどのようなものか?素敵な戒名や意外な戒名、びっくり戒名まで」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。

3.臥薪嘗胆(がしんしょうたん)

臥薪嘗胆

臥薪嘗胆」とは、復讐のために辛苦すること、目的を達成するために苦労・努力を重ねることです。

臥薪嘗胆の「臥薪」は、薪(たきぎ)の上に寝ること。「嘗胆」は、苦い胆(肝)を嘗めることで、共に自身を苦しめることで復讐の志を奮い立たせることを表します。

転じて、臥薪嘗胆は目的を達成するために苦心し、努力を重ねる意味で用いられるようになりました。

臥薪嘗胆の成語は、『十八史略』の「春秋戦略」に見える次の故事に由来します。
春秋時代、呉王の闔呂(こうりょ)は越王の勾践(こうせん)と戦い、敗れて死にました。
闔呂の息子である夫差(ふさ)は、父の仇を討つために固い薪の上に寝て、その痛みで復讐の志を忘れないようにし、三年後に会稽山で勾践を降伏させました。

敗れた勾践は、室内に苦い熊の胆を掛けて嘗め、その苦さで会稽の恥を忘れないようにし、十数年後に夫差を滅ぼして、会稽の恥を雪(すす)ぎました。

なお、「嘗胆」のみでは『史記』の「越王勾践世家」が初出で、『十八史略』と同様の話であるため、『史記』の故事からとするものも多いですが、「臥薪嘗胆」の形では『十八史略』の「春秋戦略」が初出となります。

4.会社(かいしゃ)

亀山社中

日本で最初の会社組織は、坂本龍馬が作った「亀山社中(かめやましゃちゅう)」だという話は有名ですね。

亀山社中は日本で最初の商社と言われており、名前の由来は拠点を構えた「亀山」の地名と仲間を意味する「社中」を組み合わせたものでした。
その後、下関の伊藤助太夫家や京都にも事務所を設置し、活動の場を広げていきます。亀山社中は長崎の「グラバー商会」と取引し、銃や火薬などを藩に納品、利益を上げていました。

会社」とは、営利を目的とする団体や組織のことです。

会社は、蘭学書を翻訳する際につくられた和製漢語で、当初は広い意味での「団体」「集団」を表しました。

江戸末期から明治初期には、英語「society」の訳語として「社会」「結社」「仲間」「社中」などと共に使われ、「club」の訳語にも「会社」が当てられました。

明治7年(1874年)から明治10年(1877年)にかけ、「society」の訳語には「社会」、「company」の訳語には「会社」というように言葉が整理され、現在のような狭い意味で「会社」が使われるようになりました。

5.株式(かぶしき)

株券

株式」とは、株式会社の資本の構成単位、株主としての地位、株主権を意味します。

株式の「」は、木を切った後に残っている根元の「株」のことです。
株の「ずっと残っている」という意味から、世襲などによって継続的に保持される地位や身分も「株」というようになりました。

そこから、共同の利権を確保するために結合した商工業者の同業組合を「株仲間」と呼ぶようになり、出資の持分割合に応じた権利が保持されることを「株式」と呼ぶようになりました。

なお、株主の権利を表章する有価証券である「株券」の発行は、2009年(平成21年)の「株券電子化」によって廃止されました。

余談ですが、明治時代に日本で多くの株式会社を作ったのは、「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一です。彼は第一国立銀行(現在のみずほ銀行)・抄紙会社(現在の王子製紙)・東京瓦斯・東京海上火災保険など500もの株式会社の設立に関わり、その多くは現在も業界の有力企業として存続しています。

渋沢栄一については、「『青天を衝け』の主人公渋沢栄一とは?ノーベル平和賞候補にもなった!?」「新一万円札の顔となる渋沢栄一とはどのような人物だったのか?」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。