前に「戒名料はなぜ高いのか?」という記事を書きましたが、家の宗旨が仏教であれば昔から「戒名」は付けていると思います。面白いことに、比叡山焼き討ちなどを行って僧侶らを攻撃した織田信長にも戒名があり、墓は高野山にあります。(ほかに大徳寺、本能寺、阿弥陀寺などにもあります)
今回は江戸時代以前の歴史上の人物のほか、作家、漫画家、俳優、歌手などの有名人がどのような戒名を付けているのか見てみたいと思います。
1.江戸時代以前の歴史上の人物
(1)鴨長明 蓮胤
(2)石川五右衛門 融仙院良岳寿感禅定門
大泥棒にしては、嫌に立派な戒名のような気がしますね。
(3)宮本武蔵 新免武蔵居士
「新免」は、宮本武蔵の父方の苗字で、母方の苗字が「宮本」です。
(4)織田信長 総見寺殿泰巌大居士(高野山の墓地にある戒名)、惣見院殿贈大相国一品泰巌尊儀(本能寺にある戒名)
織田信長は、ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスの「フロイス日本史」にあるように、基本的に神仏を否定する無神論者だったと私は思います。しかし、本人以外の家臣たちは伝統的な常識人であったため、立派な戒名を付けたのでしょう。
(5)明智光秀 明窓玄智
(6)徳川家康 安国院殿徳蓮社崇誉道和大居士、東照大権現安国院殿徳蓮社崇譽道和大居士
(7)浅野内匠頭長矩 冷光院殿前少府朝散太夫吹毛玄利大居士
吉良上野介を討ち果たせず、切腹させられることになった恨みを引きずったような18文字もある随分長い戒名ですね。
(8)平賀源内(本名:平賀国倫) 智見霊雄居士
(9)二代目吉野太夫 唱眞院妙蓮日信女
彼女は本名を松田徳子(1606年~1643年)と言い、「夕霧太夫」「高尾太夫」とともに「寛永三名妓」と呼ばれました。
14歳で太夫となり、和歌・連歌・俳諧に優れ、琴・琵琶・笙に巧みで、書道・茶道・香道・華道・貝覆い・囲碁・双六を極めた才色兼備の女性であったそうです。
2.作家
(1)夏目漱石(本名:夏目金之助) 文献院古道漱石居士
(2)幸田露伴(本名:幸田成行) 露伴
随分あっさりした戒名ですね。
(3)樋口一葉(本名:樋口奈津) 智相院釋妙葉信女
(4)大佛次郎(本名:野尻清彦) 大佛次郎居士
これはペンネームそのままですね。
(5)川端康成(本名:同じ) 文鏡院殿孤山康成大居士、大道院秀誉文華康成居士
(6)三島由紀夫(本名:平岡公威) 彰武院文艦公威居士
(7)司馬遼太郎(本名:福田定一) 遼望院釋浄定
3.漫画家
(1)手塚治虫(本名:手塚 治) 伯藝院殿覚圓蟲聖大居士
(2)石森章太郎(本名:小野寺章太郎) 石森院漫徳章現居士
(3)赤塚不二夫(本名:赤塚藤雄) 不二院釋漫雄
4.俳優
(1)石原裕次郎(本名:同じ) 陽光院天真寛裕大居士
(2)森光子(本名:村上美津) 惠光院放譽花雪逗留大姉
5.歌手
(1)美空ひばり(本名:加藤和枝) 茲唱院美空日和清大姉
(2)尾崎豊(本名:同じ) 頌弦院智心碩豊居士
6.その他有名人
(1)福沢諭吉(本名:同じ) 大観院独立自尊居士
私は、この戒名は福沢諭吉という人物を簡潔に表現したとても良いものだと思います。
(2)山本五十六(本名:同じ) 大義院殿誠忠長陵大居士
(3)花菱アチャコ(本名:藤木徳郎) 阿茶好院花徳朗法大居士
芸名の「アチャコ」をうまく戒名にいれたコメディアンにふさわしい戒名ですね。
(4)大宅壮一(本名:同じ) 衆生院釈茫壮一大居士
「テレビは一億総白痴化を招く低俗なメディア」という警句を吐いた評論家らしい戒名です。
(5)黒澤明(本名:同じ) 映明院殿紘國慈愛大居士
(6)立川談志(本名:松岡克由) 立川雲黒斎家元勝手居士
(7)鈴木その子(美白の女王) 白蓮院妙容日苑大姉
(8)樹木希林(本名:内田啓子) 希鏡啓心大姉
(9)青島幸男(本名:同じ) 廉正院端風聚幸大居士
これは「正しい風を吹かせ幸せを集めた人」という意味だそうです。
(10)いかりや長介(本名:碇矢長一) 瑞雲院法道日長居士
味のあるコメディアンであり、役者でした。
(11)池田勇人(本名:同じ) 大智院殿毅誉俊道勇人大居士
「私は嘘は申しません」と「貧乏人は麦飯を食え」という名言で有名な元首相です。もう少し簡単な戒名を付けたのかと思ったのですが、意外と大仰なものですね。
7.尾上菊五郎の「戒名」にまつわるエピソード
歌舞伎役者の六代目尾上菊五郎(1885年~1949年)に「戒名」にまつわる面白いエピソードがあります。
生前彼が弟子たちに向かって、「みんな親の戒名を言ってみろ」と聞いたところ、満足に答えられた者はほとんどいませんでした。
そこで彼は「だから戒名なんてものは、坊主の金儲けから割り出したものだ。己が死んだら戒名はいらない。どうしても付けたかったら、己は芸術家だから芸術院とでもしろ」と、冗談ともつかずに言ったそうです。
そんなことがあったものだから、戒名を付けるとき、故人の意を体して「芸術院」とすることになりました。そこで「芸術院」に問い合わせたところ、「芸術院は、正式には『日本芸術院』であるから差し支えない」とのことでした。
その結果、六代目尾上菊五郎の戒名は、「芸術院尾上菊五郎居士」となったそうです。