2020/12/20のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」で、織田信長が「蘭奢待」を帝(正親町天皇)に所望して、東大寺から持ち出させ、多聞山城の「御成りの間」舞台に置いてその一部を切り取らせるシーンがありましたね。
信長は、今や足利将軍や天皇をも圧倒する権力者であることを誇示したかったのかもしれません。
今回はこの「蘭奢待」についてわかりやすくご紹介したいと思います。
1.蘭奢待とは
「蘭奢待」は、奈良の東大寺正倉院に収蔵されている香木(こうぼく)で、「天下第一の名香」と謳われています。全長153cm、木口の周囲117cm、末口の周囲12cm、重量11.6kgです。
その香を明治天皇は「古めきしずか」「薫烟芳芬(くんえんほうふん)」と表現し、正親町天皇は「聖代の余薫」と歌ったそうです。成分は伽羅(きゃら)で、東南アジアで産出される沈香(じんこう)と呼ばれる高級香木です。
日本には聖武天皇の代(724年~749年)に中国から渡来したと伝わっています。木片として日本に現存する最古の香材です。
紅沈香と並んで権力者にとっては「権力者の証」として非常に重宝されたようです。
2.蘭奢待の別名「東大寺」は文字遊び
正倉院宝物目録での正式名称は「黄熟香(おうじゅくこう)」です。
しかし一般に「蘭奢待」という雅名で呼ばれています。この雅名は聖武天皇によって命名されたと伝えられています。
香道で別名「東大寺」と呼ばれるのは、その文字の中に「東」「大」「寺」が隠してあるためです。年齢の異称と同様の漢字遊びです。
「蘭奢」は「蘭麝(らんじゃ)」をもじったものです。「蘭麝」とは、「蘭の花と麝香(じゃこう)の香り」のことで、良い香りのことです。
3.蘭奢待「切り取り」の歴史
これまでに、時の権力者である足利義満・足利義教・足利義政・土岐頼武・織田信長・明治天皇らが切り取ったとされています。
徳川家康も切り取ったという説もありますが、「当代記」によれば1602年に東大寺に奉行の本多正純と大久保長安を派遣して調査させ、現物を確認したものの、「切り取ると不幸がある」という言い伝えによって切り取りは行わなかったそうです。
「切り取ると不幸がある」というのは切り取った織田信長が家臣である明智光秀の謀反によって非業の死を遂げたことを指しているようです。
2006年の米田該典氏(大阪大学准教授、薬史学専門)の調査によると、38カ所の切り取り跡があったそうです。同じ場所からの切り取りもあるため、これまで50回以上は切り取られたと推定しています。
原木採取時や日本への移送時の切り取りのほか、管理していた東大寺の関係者による切り取りなどが推測されるとしています。
4、蘭奢待は「十返舎一九」のペンネームの由来でもある
十返舎一九(本名:重田貞一)(1765年~1831年)は、江戸時代後期の戯作者・絵師で、「東海道中膝栗毛」は、式亭三馬の「浮世風呂」「浮世床」と並ぶ「滑稽本」の代表作品です。
名香「黄熟香(おうじゅくこう)」(蘭奢待の正式名称)は、十度焚いても香を失わないことから、「十返(とかえ)しの香」「十返香(とかえりこう)」とも呼ばれています。屋号の「十返舎」はここから取ったものです。なお「一九」は彼の幼名「市九」から来ています。