皆さんは「アヴァンギャルド」という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか?ひょっとすると、ベンツのクルマの名前を思い浮かべる方があるかもしれません。
私が子供の頃、つまり昭和30年代までは、「アヴァンギャルド」「前衛」という言葉をよく耳にしました。
「前衛派」とか「前衛芸術」「前衛美術」「前衛音楽」「前衛文学」「前衛書道」「前衛生け花」などという使い方です。何か伝統や権威に対して立ち向かい、破壊するような勢いと、どこか訳の分からない危うさも感じました。
1.アヴァンギャルド(前衛)とは
「アヴァンギャルド」とは、フランス語のavant-gardeで元々「前衛部隊。先頭に立ち、本隊に先駆けて敵陣を偵察し奇襲する少数精鋭部隊」を指す言葉です。
これが政治に転用されて、大衆の自然発生的な反抗を目的意識的な体制変革へと組織する「革命運動の指導部」ないし「革命政党」の意味となりました。
更に転じて20世紀の芸術の分野において、因習・伝統・権威に反逆し、社会通念を打破して表現形式の変革を試みる「革新的な試み」や「実験的な試み」「冒険的な試み」という意味で使われるようになりました。これは第一次大戦後のヨーロッパに起こった芸術革新運動です。
2.前衛芸術の具体例
(1)前衛美術
「芸術は爆発だ」という言葉や、1970年大阪万博の「太陽の塔」で有名な岡本太郎も、「シュルレアリスム」「抽象主義」の傾向のある前衛画家です
①シュルレアリスム(超現実主義)
ダリ、ミロ、ジャコメッティなど
②抽象主義
カンディンスキーなど
③キュビスム
ブラック、ピカソなど
④未来派
ボッチョーニ、セベリーニ、カルラ、ルッソロなど
⑤ダダ
アルプ、ヤンコなど
(2)前衛音楽
シュトックハウゼン、クセナキス、ブーレーズなど
(3)前衛文学
高橋新吉、安部公房、大江健三郎など
3.アヴァンギャルドの精神
最近、アヴァンギャルドという言葉をあまり聞かなくなったのは、社会が安定して、変革・破壊・挑戦という風潮が薄れて来たからだと思います。1960年代がアヴァンギャルド全盛期で、1980年代に入ると保守化傾向が強まり、「前衛はもう古い」という風潮が生まれたのです。
一方「改革」や「イノベーション」という言葉は、政治の世界でも、ビジネスの世界でもよく使われています。
大きな戦争の後や社会が大きな変化に見舞われた時などには、「アヴァンギャルド」という言葉がもてはやされても、社会が安定した現在ではあまり流行らないのでしょう。
しかし、「アヴァンギャルド」の因習・伝統・権威に反逆し、社会通念を打破するというのはちょっと過激すぎる気もしますが、社会通念や常識を疑い、自分の頭で考え直し、新たな試みに挑戦する姿勢は大切だと私は思います。
4.「アヴァンゲール」と「アプレゲール」
蛇足ですが、「アヴァンギャルド」とよく似た言葉で、最近あまり聞かれない「アヴァンゲール」と「アプレゲール」についてご紹介しておきます。
(1)アヴァンゲール(avant-guerre)
「戦前」という意味ですが、二つの意味で使われています。
①「第一次大戦前」の芸術思潮のこと。具体的には「自然主義」「現実主義」「印象主義」などです。
②「戦前派」のこと。特に「第二次世界大戦前」の思想・習慣・生活態度などを持ち続けている人々を指します。
(2)アプレゲール(après-guerre)
これは「戦後派」を意味し、日本では「アプレ」と略称される場合もあります。
芸術・文学など文化面における新傾向を指す名称です。
第一次世界大戦後のフランスやアメリカなどで用いられ、第二次大戦後の日本でも用いられました。
第一次大戦後の欧米で用いられた「アプレゲール」(戦後派)の一つの傾向が「アヴァンギャルド」(前衛)です。