日本の新聞は「不偏不党」か?新聞に不偏不党はあり得ない!

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新聞

1.江戸時代の「瓦版」

江戸時代に「時事性・速報性の高いニュース」を扱った「号外」のような「瓦版」が生まれました。忠臣蔵の芝居を見ますと、赤穂義士の討ち入りの翌日には、本懐を遂げた四十七士の義挙を報じる「瓦版」が出たようになっていますので、もしこれが本当なら現代の「ニュース速報」にも劣らない素晴らしいタイムリーな「報道」と言えます。ひょっとすると、討ち入りが近いとの噂が事前に流れていたようなので、瓦版の「記者(?)」が「予定原稿」を準備していたのかも知れませんね。

2.明治時代の新聞

明治時代に入ると、上流社会のスキャンダル記事や娯楽記事を主とした「萬朝報(よろずちょうほう)」や、幸徳秋水や堺利彦らの社会主義者の執筆陣を擁する反政府的な「平民新聞」などの「新聞」が続々と生まれます。しかし、政府は、「新聞紙条例」や「讒謗律」によって反政府的な言論を厳しく弾圧しましたので、廃刊に追い込まれた新聞もあったようです。

3.日本の三大新聞

現在の日本の三大新聞である「毎日新聞」「読売新聞」「朝日新聞」は、全て明治時代に創刊されています。

「毎日新聞」は、1872年(明治5年)創刊の「東京日日新聞」が起源です。この「東京日日新聞」は、「東京で最古の日刊紙」と言われています。(ちなみに「日本最古の日刊紙」は、1870年(明治3年)創刊の「横浜毎日新聞」ですが、現在の毎日新聞とは無関係の新聞です)1882年(明治15年)創刊の「日本立憲政党新聞」(後の「大阪毎日新聞」)を吸収して1943年(昭和18年)には名称を「毎日新聞」としています。

「読売新聞」は、1874年(明治7年)創刊です。

「朝日新聞」は、1879年(明治12年)創刊の「大阪朝日新聞」と1888年(明治21年)創刊の「東京朝日新聞」とが起源です。

夏目漱石は、新聞に連載小説を発表(第一作は「虞美人草」)するにあたって、朝日新聞社に「入社」しています。「入社の辞」という文章も残していますが、これは社員というより「専属作家」的なものだったのでしょう。

前置きが長くなりましたが、本題に入りましょう。

4.日本の新聞は「不偏不党」か?

昔から、と言っても「新聞」が発行されるようになった明治以降の話ですが、「新聞は社会の木鐸(ぼくたく)」と呼ばれ、「世論のオピニオンリーダー」としての役割を果たすことが求められて来ました。

太平洋戦争中、三大新聞は、戦争に協力して「大本営発表」を伝え、戦意高揚を図るだけで、政府批判は一切ありませんでした。これは「新聞紙法」「治安維持法」「国家総動員法」がある状況下ではやむを得ないことだったのかも知れません。しかし、結果的に国民をミスリードしたことは間違いありません。

1952年に制定された「朝日新聞綱領」は、「不偏不党」という理念を掲げています。同じ全国紙の「毎日新聞」や「読売新聞」も多分同様だと思います。しかし私は、「新聞は、不偏不党ではあり得ない」と思うのです。これは良い悪いの問題ではなく、「社説」や「論説」を掲げる以上、「保守」か「革新」のいずれかの立場に立たざるを得ないのではないかと思います。現実に「記事の取捨選択の判断」においても、その立場は現れます。例えば「加計問題」では、獣医学部新設に反対する意見や首相と学園経営者との親密関係は詳しく取り上げても、獣医学部誘致の賛成意見や獣医師の不足についての戦略特区としての考え方などは公平に伝えられないといった傾向がありました。

英米仏の「高級紙」(英の「ガーディアン」「タイムズ」、米の「ニューヨーク・タイムズ」、仏の「ル・モンド」など)は、「政治的立場」を明確にしています。「ガーディアン」は労働党支持、「タイムズ」は保守党支持、「ニューヨーク・タイムズ」は民主党支持、「ル・モンド」は中道左派といった具合です。

5.日本の新聞も「不偏不党」はあり得ない

私の独断と偏見かも知れませんが、日本の新聞も、「毎日新聞は民社党寄り」、「朝日新聞は社会党左派寄りと言うか『反自民』の立場」、「読売新聞は自民党寄り」という傾向があるようです。野党の政党名を現存しない古い名称にしたのは、現在の野党が合従連衡・離合集散・四分五裂を繰り返していて、どの政党がどういう政策綱領を持っているのかさっぱり分からないからです。

日本の三大新聞は、購読者層を特定の政党支持者に限定せず広く一般国民を対象とする「全国紙」であるため、各新聞が政治的立場を鮮明にすることは期待できません。新聞の性格上、無理なわけです。しかし、三大新聞に書いてあることを無批判に鵜呑みにする読者が多くなると、新聞はテレビ以上に「一億総白痴化」(評論家の大宅壮一氏が、「テレビというメディアは非常に低俗で、人間の想像力や思考力を低下させてしまう」と評した言葉)のマスメディアとなる危険があります。私がお勧めしたい読み方は、各新聞が上記のような政治的立場に立つということを念頭に置いて、少し距離を置いて批判的に読むことです。

「フェイクニュース」という言葉は、トランプ大統領が大手マスメディアを批判して、盛んに使った言葉ですが、「朝日新聞」にも「従軍慰安婦問題」という「捏造記事」を書いた過去があります。この問題は、その後の韓国政府の反日宣伝にたびたび利用され、国際的にも日本の評価を下げてしまいましたが、4年前にようやく社長名で「記事が捏造であった」との謝罪文が出ました。しかし世界に向けて「フェイクニュース」であったことを説明して謝罪し、誤解を解く努力をしたようには見えません。

現在の日本の三大新聞の論説委員には、優れた言論で世の人を指導する「金口木舌(きんこうぼくぜつ)」と呼べるような人はいないように見えます。

6.日本経済新聞が一番お勧め

むしろ、私が一番お勧めしたい新聞は、「日本経済新聞」です。この新聞は、1876年(明治9年)に三井物産が発行した「中外物価新報」が起源です。経済や産業関係記事の多い「経済紙」です。政治的立場は特にありませんが、「日本経済という国益」を守る立場から「経済界の代弁者」と言えます。

「私の履歴書」という各界の著名人の履歴書風の「自伝」「半生記」(一人につき1カ月間)の連載も興味深いものが多いです。多士済々の「私の履歴書」は単行本にもなっていますので、興味のある方はご覧下さい。私の印象に残っているのは、昭和の名横綱大鵬が激しい稽古で「可愛がり」(今でいえば、陰湿な暴力行為)を受け、土俵の砂を無理やり口に押し込まれて腎臓を悪くした話や、読売新聞社長の渡邉恒雄氏が、東大哲学科時代にマルクス主義にがぶれて、共産党に入党したものの、その後共産主義を捨てて保守的な考えの持ち主に転向した話、有馬稲子氏が若い頃付き合いのあった有名な映画監督の市川崑氏とのことを赤裸々に告白した話などです。

また「連載小説」も話題作が多く出ています。渡辺淳一の「化身」「失楽園」「愛の流刑地」や、加藤廣の「信長の棺」、宮尾登美子の「天璋院篤姫」などが連載されていました。

若いサラリーマンの方で、まだ日本経済新聞を購読していない方がおられましたら、是非購読されることをお勧めします。仕事にもきっと役に立ちますよ。最近は、通勤電車の中で新聞を広げている人をあまり見かけません。若い人も中年の人も、ほとんど皆スマホを見ています。スマホに慣れ親しんだ若いサラリーマンの方には「日経電子版」というのもありますから、是非インターネットで検索して下さい。「見出し(headline)」だけ読むことから始めてもよいと思います。



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