プレバト俳句でフジモンが季語に「ふらここ」を使ったが、なぜ春なのかを探る

ブランコ

たびたび紹介している「プレバト俳句」ですが、先日「フジモン」こと藤本敏史さん(名人9段)が「ふらここ」という耳慣れない季語を使ったので興味を持ちました。

芸人である「フジモン」さんは、この番組に出るまでは当然ながら俳句とは無縁の人でした。しかしこの番組に出るようになって、俄然俳句に興味を持ち始め、「歳時記」や夏井先生の本を読んだりしてよく勉強するようになり、俳句も上達して、名人9段にまでなりました。

彼は「自由な発想」と「ほのぼのとした温かみのある俳句」を得意としています。彼はこの「ふらここ」という季語を使って、ブランコに乗る順番を待つわが子を缶コーヒーを飲みながら温かく見守る情景を詠みました。

彼は歳時記を読んでいて、この「ふらここ」をぜひ使いたいと思ったそうです。

ところで、「ふらここ」は「ブランコ」という意味ですが、なぜ春の季語になったのでしょうか?

1.漢詩における「ブランコ」は「鞦韆(しゅうせん)」

中国北宋の詩人・書家・政治家の蘇軾(蘇東坡)(1037年~1101年)の「春夜」という有名な漢詩に「鞦韆」が出てきます。ちなみに「鞦」も「韆」も一字だけで「ブランコ」という意味です。

春宵一刻 値千金     しゅんしょういっこく あたいせんきん

花に清香有り 月に陰有り はなにせいこうあり つきにかげあり

歌管楼台 声細細     かかんろうだい こえさいさい

鞦韆院落 夜沈沈     しゅうせんいんらく よるちんちん

意味は次の通りです。

「春の宵の一刻は千金の値打ちがあるほど素晴らしい。花は清らかな香りを放ち、月はおぼろにかすんでいる。
先ほどまで歌声や笛の音(ね)がにぎやかだった高殿からは、名残りを惜しむように細々とかすかに聞こえるだけで、乗る人も無くなったぶらんこのある中庭に、夜は静かに更けていく」

2.俳句の季語としての「ふらここ」

江戸時代の俳人で、京都の島原遊郭内に住んで「不夜庵」と号した炭太祇(たん たいぎ)(1709年~1771年)に「ふらこゝの会釈こぼるゝや高みより」という句があります。島原遊郭の美女が「ふらここ」に乗った様子を詠んだものでしょう。

季語としてはもちろん「ブランコ」でもよいし、「秋千」「半仙戯」「ふらんど」とも言います。

しかし、ブランコは春に限らず、夏でも秋でも冬でも遊んでいる子供はいますね。春の季語になった理由としては次のようなことが挙げられています。

(1)「ブランコの起源」が由来との説

ブランコは中国から渡来した「秋千(しゅうせん)」と呼ばれた遊戯具で、中国北方の異民族が寒食節(太陽暦の4月ごろ)の時期になると、これでよく遊んだそうです。

それが漢の時代に中国に伝わり、宮中の行事になったそうです。唐の玄宗皇帝は、楊貴妃をはじめとした美女に囲まれ、ブランコ遊びをするのを好みました。大きくこいで空中高く舞い上がるとまるで仙人になったような気分だということで、「半仙戯」という名前を与えたという話も伝わっています。

玄宗皇帝は、宮中の美女がブランコに乗って高く舞い上がり、裳裾を翻して舞い降りる姿を、天女の舞でも見るように陶然と眺めて悦に入っていたのかも知れません。

これがさらに日本に伝えられることになったのです。なお、日本で「ぶらんこ」と呼ばれるようになったのは江戸時代以降です。

(2)蘇軾の「春夜」という詩が由来との説

春の宵の素晴らしさを詠んだ日本であまりにも有名な漢詩に「鞦韆」が出てくることから、俳句の季語としても「春」に入れたというものです。

3.「ブランコ」の語源

余談ですが、「ブランコ」の語源については、諸説あります。

(1)擬態語の「ぶらり」「ぶらん」などから来たとする説

(2)ポルトガル語の「バランソ」(英語の「バランス」)から来たとする説

(3)ポルトガル語の「ブランコ」(「白色」の意)から来たとする説


蘇東坡詩選 (岩波文庫) [ 蘇軾 ]