日本の音楽家が一から作曲した唱歌集『尋常小学唱歌』(その3)

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尋常小學唱歌 第三學年

前に「欧米の民謡をカバーした明治時代初期の翻訳唱歌。原曲の外国民謡とは?」という記事を書きましたが、1910年(明治43年)には、日本の音楽家が一から作曲した唱歌集『尋常小学唱歌』が誕生しており、現代でも有名な唱歌が数多く掲載されています。

1.日本独自の唱歌誕生は明治末期

1911年(明治44年)から1914年(大正3年)にかけて文部省が編纂した『尋常小学唱歌』には、『春が来た』、『春の小川』、『かたつむり』など、現代でも広く知られる日本の代表的な唱歌が掲載されています。

『尋常小学唱歌』の特徴としては、それまで主流だった「翻訳唱歌」から脱却し、日本人の作曲家による日本独自のメロディと歌詞が用いられている点が挙げられます。

内容的には、1910年(明治43年)に発行された「尋常小学読本唱歌」がそのまま引き継がれており、第一学年用から第六学年用までの全6冊、各20曲で合計120曲が収録されています。

ちなみに、「文部省唱歌」という用語は、この『尋常小学読本唱歌』以降の唱歌を指します。「小学唱歌集」などの「翻訳唱歌」は「文部省唱歌」には含まれません。

2.尋常小学唱歌 第三学年

(1)茶摘 ちゃつみ

夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る

「夏も近づく八十八夜」の歌い出しで知られる『茶摘(ちゃつみ)』は、1912年(明治45年)刊行の唱歌集「尋常小学唱歌」に掲載された日本の唱歌です。

一説によれば、『茶摘(ちゃつみ)』は京都の宇治田原村の茶摘歌がルーツとされ、歌詞の二番にある「日本」は元々は「田原」だったという。

京都の宇治田原村は、江戸時代に煎茶製法を確立した永谷宗円が有名(永谷園創始者の先祖)です。山本山は宗円の茶を販売して莫大な富を築きました。

(2)春が来た

山に来た 里に来た 野にも来た

『春が来た』は、1910(明治43)年に「尋常小学読本唱歌」で発表された日本の童謡・唱歌です。「尋常小学唱歌」第三学年用にも掲載されました。

春が来た、花が咲く、鳥が鳴く、というシンプルな歌詞の繰り返しによって、長く待ち望んだ春の到来への喜びが素直に表現された名曲です。

作詞作曲は、「故郷(ふるさと)」、「春の小川」、「朧月夜(おぼろづきよ)」、「紅葉(もみじ)」などで知られる岡野貞一高野辰之のコンビです。

(3)汽車

今は山中 今は浜 今は鉄橋渡るぞと

「今は山中(やまなか)今は浜 今は鉄橋渡るぞと」が歌い出しの『汽車』は、1912年刊行の「尋常小学唱歌」第三学年用に掲載された文部省唱歌です。

JR西日本岡山駅で、ホームへの電車接近を知らせる近接メロディにこの『汽車』の旋律が用いられているほか、JR東日本・常磐線広野駅でも発車メロディに同曲が使用されています。

(4)虫のこえ

あれ松虫が 鳴いている ちんちろ ちんちろ ちんちろりん

「あれ松虫が鳴いている」が歌い出しの唱歌『虫のこえ』(虫の声)は、1912(明治45)年の唱歌集「尋常小学唱歌」第三学年用に掲載された文部省唱歌です。

歌詞では、マツムシ(松虫)、スズムシ(鈴虫)、コオロギ、ウマオイ、くつわ虫の五匹の虫達が登場し、それぞれが奏でる個性的で楽しげな音色が描かれています。

様々なキャラクターが次々に音を奏でるという点では、ドイツ民謡「私は音楽家(山の音楽家)」をどこか彷彿とさせます。

なお「虫の声」については、「スズムシとマツムシの名前の逆転などスズムシにまつわる面白い話」「コオロギとキリギリスの名前の逆転」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。

(5)村祭 むらまつり

村の鎮守の神様の 今日はめでたい御祭日

『村祭(むらまつり)』は、1912年(明治45年)刊行の小学校向け音楽教科書「尋常小学唱歌」に掲載された日本の民謡・唱歌です。

歌詞では、祭囃子(まつりばやし)の笛や太鼓の音が「ドンドンヒャララ ドンヒャララ」と擬音で明るく賑やかに表現されています。

作詞者については、近年の研究で、「夕日」(ぎんぎんぎらぎら夕日が沈む)の葛原しげる氏が作詞者として有力視されているようです。

(6)冬の夜

燈火(ともしび)ちかく 衣縫ふ母は 春の遊びの 楽しさ語る

『冬の夜』は、1912年(明治45年)の「尋常小学唱歌」第三学年用に掲載された文部省唱歌です。作詞・作曲者は不明。

外は一面雪に覆われ、吹雪が吹き荒れる厳しい冬。明治時代後期はまだテレビはおろかラジオすらなかった時代。雪に閉じ込められ、囲炉裏端で体を温めながら、家族は寄り添い、母は裁縫、父は縄をないながら、子供たちと身を寄せ合って団らんの時を過ごしました。

歌詞にある「囲炉裏火はとろとろ」という独特の描写が、身を寄せ合う家族の穏やかな空気とゆったりとした時間の流れを巧みに表現しています。

さらに、直後に「外は吹雪」の歌詞を配置することで、温かい室内と寒い屋外が対比され、よりその温かさが強調されるとともに、空間的な広がりも表現できています。

なお、同時期に文部省唱歌として発表された冬の童謡・唱歌としては、歌い出しが「さ霧消ゆる湊江(みなとえ)の」で始まる唱歌『冬景色(ふゆげしき)』、「雪やこんこ あられやこんこ」で始まる唱歌『雪』が今日でも有名です。

「冬の夜」に関しては「蛍の光には3番・4番の歌詞がある!戦後、歌詞が抹消・改作・改変された唱歌」という記事でも触れていますので、ぜひご覧ください。


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