熊田千佳慕は「昆虫と花の細密画」の天才画家で「日本のプチファーブル」の異名も

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熊田千佳慕展

前に植物の細密画である「ボタニカルアート」と、「超写実絵画」の記事を書きましたが、昆虫図鑑に載る「昆虫の標本画」だけでなく、自然の中に息づく昆虫と花の様子などを生き生きと描いた画家がいます。

私は、2010年9月に大丸心斎橋店であった「虫と花を描きつづけた細密画家 プチファーブル 熊田千佳慕展」という展覧会で初めて名前と作品を知りました。同年11月には教育テレビの日曜美術館という番組で「私は虫である 画家・熊田千佳慕(くまだちかぼ)の世界」という特集があり、更に詳しく知ることができました。

今にも生きて動き出すかのような絵は、たった一本の筆に少量の水彩絵の具のみで描かれています。彼は虫を徹底的に見つめ、「虫の心まで見極めた」と感じた時、はじめて一本の線を引くそうです。

徹底した観察に基づく細密描写は、「小さな人たちに見せる絵に嘘があってはならない」という信念に基づくものだそうです。

今回は「昆虫と花の細密画」の天才画家熊田千佳慕(くまだちかぼ)をご紹介したいと思います。

1.熊田千佳慕とは

熊田千佳慕(1911年~2009年)は、グラフィックデザイナー・絵本画家・挿絵画家・童画家です。本名は熊田五郎ですが、絵本画家としては熊田千佳慕というペンネームを使っています。

彼は横浜市の耳鼻科医の息子ですが、幼少時代は病弱で、庭先で虫や花と遊んで過ごしました。この「小さな世界」との出会いと、父から聞いた「ファーブル」の存在が、童画家の道をめざす原点となりました。

神奈川県立工業学校図案科を経て東京美術学校鋳造科に進みますが、在籍中から山名文夫に師事し、卒業後日本工房にデザイナーとして入社します。

その後、日本写真工芸社やカネボウ勤務を経て独立し、挿絵や絵本のための画家となり活躍します。花や昆虫といった自然界を対象とした作品が多く、ファーブルの「昆虫記」をテーマにした「ファーブル昆虫記の虫たち」が代表作です。

驚異的な細密描写のため、制作には大変な時間を要し(1年間で3枚のペースとか)、生活は困窮したそうです。

70歳になるまでは、全くの無名で「ずっと暗いトンネルの中」でした。しかし、一度も他の仕事に就こうとはせず、奥さんにも固く禁じてきたそうです。

絵を売れば生活も少しは楽になるのに、一枚も絵を売ろうとはせず、パリのユネスコ本部が、「いくらでも好きな値段を付けてくれ」と申し出ても拒否したそうです。

「この絵は、神様から授かったものだから」と。

1980年、70歳の時、絵本の国際展として名高いイタリア・ボローニャの「国際絵本展」に「ファーブル昆虫記」を招待出品し、国際的評価を確立しました。その結果、「日本のプチファーブル」と呼ばれるようになりました。98歳で亡くなっています。

2.熊田千佳慕の言葉

・花と語り、虫と遊び、絵を描いて暮らしている

・私は虫である。虫は私である

・神様はいつも、僕にその時々のパズルを用意してくださった。それを解いてきただけ。だから僕の人生は神様のシナリオどおり

・神様が授けてくださっとしか言いようがない。この細密技法は

・(「糞転がし」をするセンチコガネについて)汚い仕事でも、一生懸命、力一杯働くことの出来る天命をいただいているのだから幸せ。黒い体も、光が当たると青や緑に光ってすごくきれい。汚い仕事だから、神様がきれいな服を着せてくれたんです。思いやりですよ

・80歳にもなると、残りの時間が少ない。だからこの花を描くのは最後だと思って見るんです。一期一会。そしたらどんどん眼が良くなって、見えて来たんです。見えると描かなきゃすまないから、よけい手間がかかっちゃって・・・

センチコガネ