「忠臣蔵 瑤泉院の陰謀」は斬新な発想のドラマ。原作者湯川裕光も異色の政治家

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瑤泉院の陰謀

1.ドラマ「忠臣蔵 瑤泉院の陰謀」とは

「忠臣蔵」の映画やドラマはたくさんありますが、2007年1月にテレビ東京系列で「新春ワイド時代劇」として放送された「忠臣蔵 瑤泉院の陰謀」(原作:湯川裕光「瑤泉院 三百年目の忠臣蔵」)は異色の忠臣蔵で大変面白い斬新な発想に基づくドラマでした。

主演の稲森いずみ(瑤泉院)のほか、北大路欣也(大石内蔵助)、高橋英樹(柳沢吉保)、高嶋政伸(浅野内匠頭)、江守徹(吉良上野介)などの俳優陣も良く、ジェームス三木の脚本も出色でした。

原作は、「赤穂浪士の仇討ち」(赤穂事件)の首謀者が瑤泉院だとする異色作です。

瑤泉院が「首謀者」と言っても、最初から仇討ちを仕組んだ中心人物という意味ではなく、資金面や、情報・世論工作などによって赤穂浪士を側面から支援し、その過程で瑤泉院は死にゆく大石内蔵助と一夜の契りを結び、思いを遂げさせるというものです。

そして、「赤穂浪士の討ち入りは柳沢吉保の政治的思惑から引き起こされた」との解釈に立ち、大石内蔵助は武士の意地として立ち上がらざるを得なくなるという筋立てです。

その背後で瑤泉院は情報操作を行い、乱心した浅野内匠頭に襲われた吉良上野介を「極悪人」に仕立て上げて行きます。

吉良上野介は幕閣の都合で高家筆頭の職を失い、世間からは極悪人扱いされ、挙句の果てに首を取られ、高家の吉良家も取り潰される憂き目に遭います。

これは「瑤泉院の復讐」とも言うべきもので、大石内蔵助らの赤穂浪士はうまく利用されたようにも見えます。

瑤泉院が赤穂事件の成功後に優雅に「忠臣蔵」の芝居見物を楽しむシーンが、ドラマの最初に出て来たように記憶していますが、瑤泉院は復讐が成功がした上、芝居でも吉良が極悪人として描かれているのを見てほくそ笑んでいるように思えました。

2.小説「瑤泉院 三百年目の忠臣蔵」の原作者「湯川裕光」とは

「湯川裕光」はペンネームで、本名は松崎哲久(1950年~ )という衆議院議員を2期務めた政治家でもあります。

3.「瑤泉院」とは

「瑤泉院(ようぜんいん)」(1674年~1714年)は赤穂藩主浅野長矩(浅野内匠頭)(1667年~1701年)の妻で、名は阿久里です。

1677年に浅野長矩との婚約が成立し、1683年に正式に結婚しています。子宝には恵まれず、1696年に長矩の弟・浅野長広を養子としています。

1701年に夫が殿中抜刀の罪で即日切腹、赤穂藩改易となった後は、赤坂にある実家の三次浅野家の下屋敷に引き取られ、落飾して夫の菩提を弔いました。

なお、赤穂浪士の遺児たちのうち、伊豆大島に流された吉田伝内ら4名の赦免運動にも尽力し、1706年に恩赦を実現させています。