2020年1月以降の「新型コロナウイルス肺炎(covid-19)」の大流行(パンデミック)は一向に衰える気配を見せず、全世界で流行の拡大が続いています。現在世界で感染者数は53万人を超え、亡くなった人も2万4千人を超えています。
ヨーロッパやアメリカでは「緊急事態宣言」が各地で出され、「外出禁止令」や「都市封鎖(ロックダウン)」が実施されています。
大阪府と兵庫県では、3月下旬の3連休における大阪府と兵庫県の間の「外出自粛要請」がありました。
3月26日、東京都の小池知事は新型コロナウイルス肺炎感染者数の2日連続40人超えの「オーバーシュート」(爆発的な感染拡大)を受けて、「4月12日までの不要不急の外出自粛要請」を出しました。
また同日夜、東京都と近隣4県の知事は「外出自粛要請の共同メッセージ」を出しました。
「新型コロナウイルス肺炎」の大流行はいつまで続くのか?また、自粛はいつまで続くのか?先が見えない不安が続きますが、過去の「サーズ」「マーズ」「スペイン風邪」などの「パンデミック」はどのようにして収束したのでしょうか?
今回はこれについて考えてみたいと思います。
なお、「収束」と「終息」というよく似た言葉がありますが、「収束」は「物事の混乱していた状態が、一旦落ち着くこと」で、「終息」は「物事が完全に終わること」という意味です。
1.「サーズ(SARS)」の大流行と収束
(1)流行期間
「サーズ」は2002年11月16日の中国広東省仏山市報告での症例に始まり、台湾の症例を最後に患者が発生しなくなったため、2003年7月5日にWHOが「終息宣言」を出しています。
WHOは、2003年3月12日に全世界に向けて「異型肺炎の流行に関する注意喚起」を出し、本格的調査を開始しました。
2003年3月15日には、原因不明の重症呼吸器疾患としてsevere acute respiratory syndrome(SARS)と名付け、「世界規模の健康上の脅威」として異例となる旅行に関する勧告を発表する措置を取っています。
この時点ではまだウイルスは特定されておらず、2003年4月16日に「新型のSARSコロナウイルス」であると特定されました。
(2)収束の経緯と理由
収束の根本的な理由は、「感染源を特定して排除したこと」であるとされています。
SARSの感染源は、中国の一部で食用として狩猟されている「ハクビシン」が感染源であったと推定され、「ハクビシンを市場から排除」した途端に感染が止まり、SARSは収束したとされています。
そして「すでに感染している患者を隔離」することによって、最後の患者が隔離されてから平均の潜伏期間の2倍にあたる20日が過ぎても新たな症例が発生しなかったことから、2003年7月5日にWHOが「終息宣言」を出したのです。
ただし、ハクビシンのほかにも、コウモリやタヌキなど野生動物の多くがサーズコロナウイルスに近いコロナウイルスを持っていますので、これらも感染源として疑われています。
(3)潜伏期間と患者数・死者数
潜伏期間は2~10日です。
なお、SARSは発症前の患者から感染することはないとされています。これが現在世界中に感染拡大している「新型コロナウイルス肺炎(covid-19)」と大きく異なるところです。
患者数は、8098人で死者数は774人でした。
2.「マーズ(MERS)」の大流行と収束
(1)流行期間
「マーズ」は、SARSや武漢の新型コロナウイルス肺炎と異なり、発生から数か月で一気に広まったわけではなく、発見から数年かけてじわじわと広まったものです。
しかも、現在MERSがなくなったわけではなく、依然として存在しているウイルスです。
MERSが初めて発見されたのは、2012年9月の報告です。この報告によると、感染者はサウジアラビアのジェッダで2012年6月13日に入院し、2012年6月24日に死亡しています。
その翌年の2013年5月に、Middle East respiratory syndrome coronavirus(MERS)と名付けられています。
2013年7月17日に、WHOは「感染拡大が懸念される状況ではないが、十分な警戒が必要である」と発表しています。
その後じわじわと感染は広がって行きますが、感染が一気に拡大したのは2015年の韓国です。
2015年5月20日に、韓国京畿道平沢市のMERS感染が確定した患者(中東に渡航歴がある人でした)が入院していた病院で、エアコンを通じて「院内感染」が発生し、韓国国内に感染が広がりました。
韓国政府は2015年7月28日に「MERS終息宣言」を発表しましたが、10月12日に完治した患者が再び陽性判定を受けたため、WHOは終息宣言を延期しました。
2015年12月23日、韓国政府は「WHO基準に基づくMERS終息宣言」を出し、韓国におけるMERSの流行は終わりを迎えました。
(2)収束の経緯と理由
感染源とされているのは、「ヒトコブラクダ」です。MERSに感染したヒトコブラクダとの直接的または間接的接触を通じて感染します。そして人から人へと感染が広がります。
MERSは「患者を隔離して管理する」ことで、人から人へと感染が防止でき、時間の経過とともに収束を迎えています。
(3)潜伏期間と患者数・死者数
潜伏期間は2~14日(中央値は5日程度)です。
韓国における患者数は186人、死者数は38人でした。
世界での感染者数は、2020年1月27日現在で患者数は約2490人、死者数は約850人です。
3.「スペイン風邪(Spanish flu)」の大流行と収束
(1)流行期間
1918年1月から1920年12月まで世界中で大流行したパンデミックで、「20世紀最悪のパンデミック」と呼ばれており、人類史上最悪の伝染病の一つです。
ウイルスは「インフルエンザAのH1N1株」です。現在見られる季節性インフルエンザの一つの株は、このウイルスが変異したものです。
感染源は、アメリカ・カンザス州のファンストン陸軍基地の兵営からではないかと言われています。
当時は第一次世界大戦の真っ最中で、ドイツが無制限潜水艦作戦によって中立国だったアメリカの商船を撃沈しました。この出来事がアメリカの参戦を促し、アメリカはヨーロッパに大規模な派遣軍を送ることになります。
こうしてアメリカ軍の欧州派遣で世界中にばら撒かれることになったスペイン風邪ですが、船舶による軍隊の移動によって、軍隊が駐屯する都市や農村から、その地の民間人にまで広まりました。
スペイン風邪の感染の波は数回にわたって起こりました。
第一波は1918年3月にアメリカのデトロイトやサウスカロライナ州付近で発生し、米軍の欧州進軍とともに大西洋を渡り、5~6月にヨーロッパで大流行しましたが、WHOは「特に致命的なものではない」と説明していました。
第二波は1918年秋にほぼ世界中で同時に起こり、病原性がさらに強まり重篤な合併症を引き起こして死者が急増しました。しかし春になって気温が上昇すると一旦収束しました。
第三波は1919年春から秋にかけて世界中で大流行しました。この時は、最初に医師・看護師の感染者が多く発生したため「医療体制の崩壊」が起き、感染被害を拡大させることになりました。しかしこの時も翌年春になって気温が上昇すると収束に向かいました。
(2)収束の経緯と理由
当時は「抗インフルエンザ薬」も「ワクチン」もない時代でした。
感染拡大予防策は「患者の隔離」「個人の衛生管理と消毒」「学校閉鎖」「集会やイベントの禁止」ぐらいしかありませんでしたが、春になって気温が上昇すると自然に収束して行ったようです。
それに加えて、スペイン風邪に感染したあと生き残った人には「免疫」が出来たこともあると思います。なお1888年以前に生まれた人(当時30代以上の人)の多くはこのスペイン風邪と同じ種類のインフルエンザウイルスを子供のころに経験(曝露)していて「免疫」が出来ていたそうです。
(3)潜伏期間と患者数・死者数
潜伏期間については、はっきりしたことはわかりません。
患者数は全世界で約5億人で、死者数は5千万人~1億人に上りました。当時の世界の人口は約16億人でしたので、人類の約3分の1が感染したことになります。しかも致死率が10~20%と極めて高いものでした。死亡例の多くは発症から48時間以内に死に至っています。
スペイン風邪による死者は、幼児・高齢者・体の弱った人もいましたが、特に15~35歳の若年層に多かったのが特徴です。この原因は、1888年以前に生まれた人の多くはこのスペイン風邪と同じ種類のインフルエンザウイルスを子供のころに経験(曝露)していて「免疫」が出来ていたためだそうです。
第一次大戦による死者数が約1600万人、第二次大戦による死者数が約5000万人~8000万人ですから、スペイン風邪は世界大戦を上回る犠牲者を出したことになります。ちなみに日本(当時の人口は約5500万人)では、感染率42%で、約45万人が亡くなっています。
(4)日本の内務省衛生局の予防法の呼びかけ
2019年1月には、内務省衛生局が国民大衆向けに「流行性感冒予防(はやりかぜよぼう)心得(こころゑ)」を出しています。
「咳(せき)や嚏(くしゃみ)をすると眼(め)にも見えない程微細(こまか)な泡沫(とばしり)が三、四尺周囲(まわり)に吹き飛ばされ夫(そ)れを吸ひ込んだ者は此病(このやまひ)に罹(かゝ)る」と説明し、予防法を記しています。
「病人又(また)は病人らしい者、咳する者には近寄つてはならぬ」
「沢山(たくさん)人の集つて居(い)る所に立ち入るな」
「鼻、口、を「ハンケチ」手拭(てぬぐひ)などで軽く被(おほ)ひなさい」
100年前の「スペイン風邪」予防法も、現在の「新型コロナウイルス肺炎」の予防対策と基本的に変わっていませんね。
(5)「スペイン風邪」と命名された由来
アメリカが発生源なのに、なぜ「スペイン風邪」と呼ばれるのか不思議ですよね。多くの人はスペインが発生源と誤解しているのではないかと思います。
これは、第一次世界大戦当時スペインがヨーロッパの中で数少ない「中立国」で、「戦時報道統制」の外にあったことが背景にあります。「この新型ウイルスの感染と惨状が、スペインから世界に発信された」ことが原因です。
スペインでは約800万人が感染し、国王アルフォンソ13世や政府関係者も感染しています。日本では当初、「スペインで奇病流行」と報道されました。
現在猛威を振るっている「新型コロナウイルス肺炎(covid-19)」は中国・武漢から発生しましたが、アメリカが「中国ウイルス」とか「武漢ウイルス」と呼んでいることに中国が猛反発しているのは、この「スペイン風邪」のことが頭にあるからかもしれません。