「ゲマインシャフトで行こう」は旧制高校生の合言葉!?

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ゲマインシャフトとゲゼルシャフト

1.旧制高校性はドイツ語がお好き?

私が大学で社会学を学んだ時、教授が旧制高校時代に「お前の物は俺の物」の流儀で、何でもお互いに融通して使用していたそうです。その時の合言葉は、「ゲマインシャフト(Gemeinschaft)で行こう!」だったとのことです。

「ゲマインシャフト」とは、「共同社会」「価値共同体」のことで、「ゲゼルシャフト(Gesellschaft)」(利益社会、機能共同体)に対応して用いられる社会の類型概念です。

ドイツの社会学者テンニエス(1855年~1936年)によって提唱された概念です。彼は人間の結合様式を、本質意思に基づいて形成される「ゲマインシャフト」と、選択意思に基づいて形成される「ゲゼルシャフト」とに分け、これを社会や集団の類型概念として捉えると同時に、前者から後者への移行を社会発展の過程として捉えました。

ゲマインシャフトは、家族(血縁社会)、村落(地縁社会)、中世都市(友情社会)が典型例です。ゲゼルシャフトは、都市(現代の)や国家、会社や組合などです。

なお、ドイツ語のメッチェン(Mädchen(娘)やシャン(schön)(美人)なども、旧制高校生の間でよく使われた言葉のようです。

2.「当世書生気質」の大学生は英語がお好き?

「小説神髄」や「シェイクスピア全集翻訳」で有名な坪内逍遥(1859年~1935年)の小説に「当世書生気質」というのがあります。ここに登場する大学生は自分のことを気取って「ミー」と言っています。ノートを「ノヲトブック」、遅刻を「アンパンクチュアル」と言ったりしています。インテリゲンチャであることを誇示する「衒学趣味(ペダンティック)」だったのでしょうか?それとも英語に慣れ親しむのに一生懸命だったのでしょうか?

3.片言の外国語を会話に交えるタレント

ルー大柴(1945年~ )という俳優・お笑いタレントがいます。彼は日本語の会話の中に必要以上に英単語を入れて来ます。これは彼の「芸風」なのでしょう。

アデランスのCM「トゥギャザーしようぜ!!」のキャッチフレーズで一躍有名になりました。

2007年頃からは「クドすぎるブログ」と発言自体が「ルー語」と呼ばれ、女子高生の間で話題となり、再ブレークしました。「寝耳にウォーター」「藪からスティック」などのギャグを飛ばしました。

ケーシー高峰(1934年~2019年)はお笑いタレントですが、彼が連発する「グラッチェ」(イタリア語で「ありがとう」)、「セニョール」(スペイン語で男性への呼び方)、「セニョリータ」(スペイン語で女性への呼び方)など謎のラテン系あいさつは流行語にもなりました。

4.現代の経営者や政治家は外国語がお好き?

ステークホルダー(利害関係者)、ストラテジー(戦略)、コンプライアンス(法令遵守)、ハラスメント(嫌がらせ)、リテラシー(知識応用力)、ダイバーシティ(人材多様化)、サステナビリティ(環境・社会・経済の三つの観点からの持続可能性)、レガシー(遺産)、アジェンダ(政策課題)、アライアンス(提携)、アセスメント(事前影響評価)、パラダイム(規範。共通の思考パターン)、モメンタム(相場などの勢い)、ボラティリティー(価格変動の度合い)、プライマリーバランス(基礎的財政収支)など、最近はカタカナ語が氾濫しています。

明治時代に西洋文明を取り入れた時、たとえば「Philosophy」は啓蒙思想家の西周(にしあまね)(1829年~1897年)が「哲学」という訳語を考案しました。知を愛するという語源から「愛知学」でも良かったのかもしれませんが、愛知県に関する学問と間違われる恐れもあります。「哲」という漢字には「事理を明らかにする」という意味がありますので、これはさすがによく考えた訳語だと思います。

外国語(主に英語)をそのままカタカナ語として使うのは、外国語に慣れるというメリットがある反面、その言葉の意味が分からないために、話の内容や文章の意味が多くの人にきちんと伝わらないというデメリットがあります。

そのカタカナ語を使っている人は、相手が当然知っている前提で話しているのかもしれませんが、文章の中でカッコ書きで日本語を記入している場合はまだ救いがありますが、話の中ではそれも不可能です。

私としては、カタカナ語を全て否定するつもりはありませんが、適切にカッコ書きや日本語で補足説明するなどの配慮をして頂けたらと思います。

戦前の新聞には、小学生新聞と同じように「ルビ(ふりがな)」が振ってあったそうで、小学校しか出ていない人でも新聞が読めたし、新聞を読んで言葉や文字を覚えたりできたそうです。これと同じような配慮があればよいと私は思います。