パブリックスクールと旧制高校に見るエリート教育

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旧制高校

旧制高校生

私は、「戦後教育」を受けた団塊世代ですが、「パブリックスクール」や「旧制高校」という言葉を聞くと、「全寮制」や「エリート教育」「自由」、「蛮カラ・ストーム・寮歌(これは旧制高校だけの話)」という言葉とともに、なぜか「憧れ」に似た気持ちになります。

1.英国のパブリックスクール

パブリックスクール

(1)パブリックスクールとは

13歳~18歳の子供を教育する英国の私立学校の上位10%を構成するエリート校です。現在はほとんど共学となっていますが、以前は大部分が「寄宿制の男子校」でした。

英国のトップ大学である「ラッセル・グループ」(アメリカの「アイビーリーグ」のようなもの)、特にその頂点のオックスフォード大学・ケンブリッジ大学などへの進学を前提としています。

学費が非常に高く、入学基準が厳しいため、少数の奨学生以外は裕福な階層の子弟で占められているようです。「英国支配階級子弟の教育機関」という位置づけです。

(2)歴史

中世においては、学校は教会やギルドに付属したもので、その目的は聖職者や職人育成であり、貴族の子弟の教育は、在宅での個人教授が主でした。近世に入ると貴族の身分を持たない富裕層である「紳士(gentleman)」(*)が勃興し、彼らのための教育機関である「学校」が必要になりました。

(*)「紳士(gentleman)」とは、イギリスの歴史的社会階層である「ジェントリー(gentry)」(通常「郷紳」と訳される)に属する者を指す言葉です。「ジェントリー」は、貴族階級である「男爵(baron)」の下に位置する下級地主層の総称です。貴族には含まれないものの、貴族と共に「上流階級」を構成しました。

このような背景で設置された学校は、以前の学校とは異なり、「一般(パブリック)に開かれた寄宿制の私立学校」で、これがパブリックスクールの起源です。

最古の「ウィンチェスター校」(1382年創立)、最も有名な「イートン校」(1440年創立)や、ラグビー発祥の「ラグビー校」(1567年創立)などは、歴史の古いパブリックスクールです。

(3)特色

①寄宿制学校で、「チューター制」による少人数教育を徹底し、上流社会の礼儀と人格教育にも力を入れます。なお、「チューター」とは学生の個人指導に当たる教師のことで、各学寮の教師がなります。

②充実した「シックス・フォーム」(「大学入学資格試験の準備教育」を行う2年間の中等学校上級学年)を持ち、オックスフォード大学やケンブリッジ大学などの有力大学に多数進学させ、政界・経済界の有能なリーダーを輩出しています。

③高い授業料を徴収します

④しっかりとした基本財産を持っており、公費補助を受けません

2.日本の旧制高校

旧制高校生

(1)旧制高校とは

「高等学校令」(1894年および1918年)に基づいて設置され、1950年(昭和25年)まで存在した高等教育機関で、現在の「6・3・3・4制の学校制度」で言えば、高校3年から大学の教養課程(2年間)に相当するものです。

旧制高校は、もともと帝国大学への予備教育機関としての性格を帯びていました。1918年の高等学校令改正により、各地で旧制高校が増設されるとともに、「中学4年履修と高校3年履修を合体」した7年制の旧制高校が出現しました。

戦前社会のエリート層を養成する教育機関として機能していました。

(2)歴史

最も古いのは、1886年に創立された「第一高等学校」(最初は「第一高等中学校」と呼ばれました)で、「ナンバースクール」(1908年に創立された名古屋の「第八高等学校」までの8校)の先駆けです。

旧制高校の前身は、「東京大学予備門」で、夏目漱石の本を読んでいるとよく出て来ます。

1918年の「改正高等学校令」では、「設置者」の規定が緩和され、政府でなくても創立できるようになり、東武鉄道の根津財閥の「武蔵高校」、澤柳政太郎の「成城高校」、三菱財閥の岩崎家の「成蹊高校」、阪神地区の財界人の「甲南高校」などが創立されました。

旧制高校の廃止に積極的に動いたのは、「教育刷新委員会副委員長」だった東大総長の南原繁(1889年~1974年)でした。彼は旧制一高の出身ですが、蛮カラの気風に違和感を覚えていたそうです。「ジェントルマンであれ」と説いた彼は、一高時代の校長だった新渡戸稲造(1862年~1933年)に傾倒していました。

(3)特色

何と言っても「白線入り学生帽にマント、高下駄」という旧制高校生の典型的な身なりで、「寮歌を放歌高吟して街を闊歩する」姿は旧制中学の生徒の憧れの的だったということですが、私も憧れに近い気持ちがあります。

実際の学生生活については、全寮制で優秀な同級生に啓発されたり、お互いに切磋琢磨して充実した高校生活を送ったという人もいれば、遊んでばかりいたという人もいます。

一般的に「蛮カラの気風」が強かったようですが、南原繁のように蛮カラを嫌っていた人もいたようです。

「十人十色」で人それぞれなのは現代も同じですが、私は個人的には「蛮カラの気風」を持つ旧制高校に古き良き時代への憧憬を呼び起こされるような気がします。

3.「自由と規律」(池田 潔著、岩波新書)

(1)本の内容

「自由と規律 イギリスの学校生活」は、著者の英国のパブリックスクールでの生活体験をベースに、パブリックスクールの教育の妙味(規律、高貴な精神、自由)を紹介して、敗戦後の混乱期にあった日本人に英国流民主主義を説いた随想で、ベストセラーとなりました。1949年の第1刷発行以来、今や第100刷を超える息の長いロングセラーでもあります。

英国のパブリックスクールの特色は、粗衣粗食に耐え厳しい校則に呻吟する「強烈なスパルタ式教育」だったそうです。日本風に言えば「質実剛健」といったところでしょうか?

ただ、そんな中でも、「思想の自由が保障されている」ことと、「ノブレス・オブリージュ」(高貴な者が果たすべき義務。自己犠牲と高貴な精神の発露)が重んじられたことです。

「規律が義務の履行を呼び、これが勇気を育み、その勇気が真の自由をもたらす」という良循環です。

(2)池田 潔とは

著者の池田 潔(1903年~1990年)は、三井財閥の最高指導者で日銀総裁も務めた池田成彬(1867年~1950年)の次男で、母方の祖父は福沢諭吉の甥で三井銀行理事の中上川彦次郎(1854年~1901年)という名門の出身です。

旧制麻布中学4年修了で渡英し、パブリックスクールのリース校を卒業し、1926年ケンブリッジ大学を卒業しています。その後、ドイツのハイデルベルク大学でも学んでいます。英国のパブリックスクールに学ぶというのは現代でもあまりないと思いますが、当時の日本人としては珍しい学歴ではないでしょうか?

1945年から1971年まで慶應義塾大学文学部英文科教授を務めました。



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