織田信長の家来になった黒人武士(ブラックサムライ)の弥助(ヤスケ)とは?

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弥助YASUKE

皆さんは、織田信長(1534年~1582年)に黒人奴隷の「弥助」(ヤスケ)という家来がいたことをご存知でしょうか?

NHK大河ドラマの「信長 KING OF ZIPANGU」(1992年)、「秀吉」(1996年)、「軍師官兵衛」(2014年)にも登場している「戦国時代の唯一の外国人侍」「ブラックサムライ(BLACK SAMURAI)」ですが、歴史上の人物としては地味な存在であるため、あまり記憶に残っていない方も多いでしょう。

しかし最近「弥助」を題材にしたアニメや漫画が作られており、近々ハリウッド映画化するという話もあって、話題になっています。

アフリカ系アメリカ人に対する警察の残虐行為をきっかけにアメリカで始まった人種差別抗議運動である「BLM(Black Lives Matter)運動」も、この黒人武士のヤスケへの関心の高まりに影響しているのでしょうか?

ちなみに、「外国人侍」は、江戸時代に入ると、徳川家康に外交・貿易顧問として仕えたイングランド人航海士のウィリアム・アダムズ(三浦按針)とオランダ人航海士のヤン・ヨーステン(耶楊子)などがいます。

1.弥助(ヤスケ)とは

琳派の硯箱

弥助(生没年不詳)は、戦国時代に、イエズス会宣教師の護衛として渡来した黒人で、宣教師の従者(または奴隷)として戦国大名であった織田信長に謁見し、気に入られたことで彼の家臣として召し抱えられました。

日本の戦国時代は、ヨーロッパの「大航海時代」(15世紀半ば~17世紀半ば)にあたり、ポルトガル人やスペイン人が日本を訪れるようになり、たくさんのアフリカ出身の黒人たちが従者または奴隷として連れて来られていました。弥助もその中の一人で、宣教師の護衛をしていたとされ、護衛として武術の訓練も受けていたと見られるため、「解放奴隷」あるいは「自由人」だったとの説もあります。

(1)出自と来日までの経緯

弥助の出自については、フランソワ・ソリエが1627年に記した「日本教会史」第一巻に記述があります。イエズス会のイタリア人巡察師(伴天連)アレッサンドロ・ヴァリニャーノ(1539年~1606年)が来日した際、インドから連れてきた使用人で、出身地はポルトガル領アフリカ(現モザンビーク)であると記されています。

弥助を9年間研究している日本大学准教授トーマス・ロックリー氏の推測によると、彼(ヤスケ)は子供の頃にアラブ人かインド人の奴隷商人によって家族と離され、アラブ諸国およびインド洋全域で人身売買されて奴隷として働いていました。

そして、子供兵士として訓練されて、インドのグジャラートとゴアで戦った経験もあります。

当時、ゴアはインドに住むポルトガル人にとってアフリカの奴隷貿易の盛んな都市でした。軍事の中心地でもあり、宣教の場にもなっていました。

そこでヤスケは、アジアで最も強力なイエズス会の宣教師であるアレッサンドロ・ヴァリニャーノに出会い、従者兼ボディーガードになったのではないかと推測されています。

(2)来日し、ヴァリニャーノに随行して信長に謁見

宣教師の黒人の召使

ヤスケと宣教師アレッサンドロ・ヴァリニャーノとその側近は、1579年に長崎に船で到着しました。本能寺の変の3年前です。

ポルトガル、モザンビーク、インド、マラヤ、マカオなどの国を経由してローマから6年間旅行したヴァリニャーノは、何千人もの日本人をキリスト教に改宗させる目的がありました。

日本人は特にヤスケの外見に驚いたようです。ヤスケは一行の中でずば抜けて背が高く、屈強な肉体を持ち、肌の色は墨を塗ったかのような漆黒で、頭を日差しから守るためか白い布をターバンのように巻き、槍を手にしていたようです。ヤスケは来日してから2年間を主に九州で過ごしました。

1581年、ヴァリニャーノは使節として都を訪問することを決意しました。堺に到着した一行は、船から馬に乗り換え、紋章旗や十字架を掲げながら京を目指しました。

一行は摂津(現大阪府)高槻城主でキリシタン大名である高山右近の歓待を受けています。

後に信仰を守って国外追放となり、フィリピンのマニラで生涯を閉じた右近ですが、この時は織田信長の有力な配下でした。

1581年3月に、ヴァリニャーノが京で信長に謁見した際に、彼を従者(または奴隷)として引き連れていました。
「信長公記」には、「切支丹国より、黒坊主参り候」と記され、年齢は26~27歳で、「十人力の剛力」「牛のように黒き身体」と描写されています。

1581年4月付でルイス・フロイス(1532年~1597年)がイエズス会本部に送った年報や、同時期のロレンソ・メシヤの書簡によると、京に黒人がいることが評判になり、見物人が殺到して喧嘩・投石が起き、重傷者が出るほどだったそうです。

初めて黒人を見た信長は、肌に墨を塗っているのではないかとなかなか信用せず、着物を脱がせて体を洗わせたところ、彼の肌は白くなるどころかより一層黒く光ったということです。

(3)信長に気に入られ武士に取り立てられる

信長はこの黒人に大いに関心を示し、ヴァリニャーノに交渉して譲ってもらい、「弥助」と名付けて正式な「武士の身分」に取り立て、身近に置くことにしました。

また、「信長公記」の筆者である太田牛一末裔の加賀大田家に伝わった自筆本の写しと推測される尊経閣文庫所蔵の写本には、弥助が「私宅と腰刀」を与えられ、時には信長の「道具持ち」をしていたという記述があります。

松平家忠(1555年~1600年)の「家忠日記」の1582年5月12日付で、「上様御ふち候、大うす進上申候。くろ男御つれ候、身ハ墨ノコトク、タケハ六尺二分、名ハ弥介ト云(信長様が、扶持を与えたという、宣教師から進呈されたという黒人を連れておられた。身は墨のようで、身長は約1.82メートル、名は弥介と云うそうだ)」とその容貌が記されています。

これは弥助も従軍していた「甲州征伐」(1582年)からの帰還途上に、信長が徳川領を通った時に、徳川家康の家臣である松平家忠が目撃したものです。

日記の記述に、弥助は下人や年季奉公人のような隷民ではなく、「扶持もちの士分」であったとはっきり書かれています。

信長は、秀吉のような農民出身者や光秀のような素性の分からない人間でも能力があると見込めば登用した人物です。弥助もボディーガードとして使えると見込んだのかもしれませんね。

(4)本能寺の変

1582年6月の「本能寺の変」の際には、弥助も本能寺に宿泊しており、明智光秀の襲撃に遭遇すると、二条新御所に行って異変を知らせ、信長の嫡男・織田信忠(1557年?~1582年)(信長生前に家督を譲られ、後継者と認められていた)を守るために明智軍と戦った末に投降して捕縛されました。

「イエズス会日本年報」によると、「ビジタドール(巡察師)が信長に贈った黒奴が、信長の死後世子の邸に赴き、相当長い間戦っていたところ、明智の家臣が彼に近づいて、恐るることなくその刀を差し出せと言ったのでこれを渡した」とあります。

家臣に弥助の処分を聞かれた光秀は、「黒奴は動物で何も知らず、また日本人でもない故、これを殺さず」として処刑せず、「インドのパードレの聖堂に置け」と言ったので、南蛮寺に送られることになって一命を取り留めました。

この光秀の発言については、「黒人に対する差別意識の表れだった」とする説と、「弥助に情けをかけて命を助けるための方便だった」とする説があり、真相は定かでありません。

当時の光秀が黒人奴隷としての弥助を見下す気持ちを持っていたことも否定できませんが、この発言は助命のための方便だったのではないかと私は思います。

(5)その後

南蛮寺に預けられて以降の弥助の消息については、史料に記されていないため全くわかっていません。

その後の他地域の史料の中には、黒人が登場するものがいくつかあります。

ポルトガル人のイエズス会宣教師ルイス・フロイス(1532年~1597年)の「日本史」の「沖田畷の戦い」(1584年に肥前・島原半島で起きた龍造寺隆信と有馬晴信・島津家久との合戦)には、有馬方に大砲を扱える黒人がいるとの記述があります。

「相撲遊楽図屏風」(1605年頃の作品。堺市博物館蔵)には、弥助と見られる黒人と髷を結った力士が相撲を取る様子が描かれています。

相撲遊楽図屏風

相撲を取る弥助

2.アニメ「YASUKEーヤスケー」

『YASUKE -ヤスケ-』予告編 – Netflix

2021年4月29日より、Netflixでオリジナルアニメシリーズ『Yasuke -ヤスケ-』の全世界独占配信が開始しました。本作の舞台は日本の戦国時代で、アフリカ系の主人公・ヤスケ(弥助)が活躍するファンタジーアクション時代劇(全6話構成)です。

原案・プロデュース、監督を務めるのはラション・トーマス。前作『キャノン・バスターズ』に続き、再びNetflixオリジナルアニメシリーズを手掛けることになります。

アニメーション制作は『進撃の巨人 The Final Season』や『呪術廻戦』などで知られるMAPPAが担当しています。

3.漫画「弥助 信長に仕えたアフリカ人侍」

【漫画】弥助 信長に仕えたアフリカ人侍【歴史】

4.ハリウッド映画化予定の「弥助」

日本の黒人侍「弥助」がハリウッド映画化で黒人たちが歓喜するもネット民、信長ならびに周りの者が英語ペラペラって…と冷ややかな目…

弥助は戦国時代に実在した「黒人の侍」で、2019年には彼を主人公とする実写のハリウッド映画の制作が発表されました。『ブラックパンサー』をはじめM.C.Uシリーズでブラックパンサー役を務めたチャドウィック・ボーズマンが主演を予定されていましたが、残念ながらチャドウィックは2020年に大腸がんで亡くなってしまいました。

ともあれ、弥助は今世界的に注目度の高い歴史上の人物です。

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