万葉集の「相聞歌(そうもんか)」(恋の歌)は意外と現代の感覚にも通じる!

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坂上郎女

「万葉集」は全20巻で4,500首以上の和歌が収められており、「雑歌(ぞうか)」(宴や旅行での歌)、「相聞歌(そうもんか)」(男女の恋の歌)、「挽歌(ばんか)」(人の死に関する歌)の3つのジャンルに分けられています。

その中でも「相聞歌」(*)は、半数近くに上っており、万葉集に恋歌の占める割合が大きいことがよくわかります。

(*)「相聞歌」とは、「夫婦、恋人、または親子、兄弟姉妹、友人など、親しいものの間で、恋慕あるいは親愛の情をのべた歌」のことですが、「男女の恋愛感情をうたった歌」が大部分です。

確かに現代のポップスや歌謡曲などの流行歌にしても、「ラブソング」の人気は高いですね。

今回は万葉人が詠んだ恋歌(相聞歌)をいくつかご紹介したいと思います。

1.万葉集の相聞歌

(1)大伴坂上郎女(さかのうへのいらつめ)の歌

恋ひ恋ひて 逢へる時だに 愛(うつく)しき 言(こと)尽くしてよ 長くと思はば

「ひたすら恋い慕って、やっと逢えた時ぐらいは、どうか愛の言葉を尽くしてください。この恋を長く続けようと思うのであれば」という意味です。

<大塚ひかりの超訳>

恋して恋して、やっと逢えたその時くらいは、優しい言葉の限りを尽くしてよ

(2)柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)の歌

春されば しだり柳の とををにも 妹(いも)は心に 乗りにけるかも

「春になるとしだれ柳の枝がたわわに垂れ下がるが、その枝のように彼女は私の心にどっかと乗るようになった。」という意味です。

大塚ひかりの超訳>

春になるとしだれ柳がたわむように、あの娘(こ)が心に乗って嬉しい重み

柿本人麻呂には、石見にあって妻に別れる歌と、石見にあって死に臨んで詠んだ歌があります。これらの歌は、万葉集中の秀歌として有名です。

(3)大伴宿禰家持(おほとものすくねやかもち)の歌

人もなき 国もあらぬか 我妹子(わぎもこ)と 携(たずさ)ひ行きて たぐひて居(を)らむ

「他の人が誰もいない国はないかなあ。君と手を取り合って行って一緒に居たいものです」という意味です。

<大塚ひかりの超訳>

誰もいない国でもないものか。あなたと手と手を取り合って、二人だけで寄り添っていたい

大伴宿禰家持(おほとものすくねやかもち)が大伴坂上大嬢(おほとものさかのうへのおほをとめ)に贈った二首の恋歌のうちのひとつです。

二人きりでいられたらとの恋の願いを素敵に詠った一首です。この時代の人々は恋を秘め事として、自分の名が他人の噂になることを極端に嫌っていました。にもかかわらず、家持と大嬢の恋は瞬く間に人の噂に立ってしまったようです。

ただでさえ男女の恋は人々の気を引くのに、八年近くもの間疎遠になっていた家持と大嬢の恋ですから、周りの興味は尽きなかったことでしょう。そんな世間の噂を気にしながらも、お互いへの思いはますます深まってゆく家持と大嬢でした。

(4)高丘河内連(たかをかのかふちむらじ)の歌

①我が背子と 二人し居(を)らば 山高み 里には月は 照らずともよし

「あなたとこうして二人いれば、山が高くてこの里に月光が射していなくとも構いません」という意味です。

<大塚ひかりの超訳>

貴方と二人でいさえすれば、山が高すぎて、町に月が照らなくたっていい

②故郷は 遠くもあらず 一重山(ひとへやま) 越ゆるがからに 思ひそ我(あ)がせし

「故郷は遠いというわけでもない。山を一つ隔てるばかりなのに、私は恋しくてならなかったよ」という意味です。

<大塚ひかりの超訳>

奈良のふるさとはそんなに遠くないのに、山一つ越えただけで、恋しく思う

(5)詠み人知らず

①待つらむに 至らば妹か 嬉しみと 笑まむ姿を 行きてはや見む

「待っているところへ私が行き着いたら、彼女は喜んでほほえみかけてくれよう。その姿を早く見たい。」という意味です。

<大塚ひかりの超訳>

あの娘(こ)、俺を待っているだろうなぁ。俺が着いたら嬉しくてにっこり笑う。その姿を行って早く見よう。

②詠み人知らず

多摩川に さらす手作り さらさらに なにそこの児の ここだかなしき

「多摩川にさらしている手作りの布のように、ますます、なんでこの子はこんなにも愛おしいのだろうか」という意味です。

<大塚ひかりの超訳>

多摩川にさらす手作りの布さらさらと、今さらながら、なんでこの娘(こ)はこうも愛(いと)しいのか

③玉敷ける 家も何せむ 八重(やへ)むぐら 覆(おほ)へる小屋(をや)も 妹と居(を)りてば

「玉を敷いた家もどうってことありません。雑草が繁茂する小屋であろうとも、君といれば十分」という意味です。

<大塚ひかりの超訳>

大理石の床の豪邸も意味ないのさ、草ぼうぼうのウサギ小屋だって愛しい君と一緒なら

2.柿本人麻呂の「石見相聞歌」

石見相聞歌・柿本人麻呂

柿本朝臣人麻呂の石見国より妻と別れて上り来たりし時の歌

<原文(1)>

石見の海 角の浦廻うらみを 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと 人こそ見らめ

よしゑやし 浦は無くとも よしゑやし 潟は無くとも

鯨魚いさな取り 海辺を指して 和多津にぎたつの 荒磯ありその上に か青なる 玉藻沖つ藻

朝はふる 風こそ寄せめ 夕はふる 浪こそ来寄せ 浪のむた か寄りかく寄る

玉藻なす 寄り寝し妹を 露霜の 置きてし来れば

この道の 八十隈毎やそくまに  よろづたび かへりみすれど

いや遠に 里は放りぬ  いや高に 山も越え来ぬ

夏草の 思ひ萎えて   偲ふらむ 妹が門見む  なびけこの山

<現代語訳>

石見の海の角の浦の当たりを 良い浦がないと人は見るだろうが 良い潟がないと人は見るだろうが

浦などなくてもかまわない 潟などなくてもかまわない

海辺に向かって 和多豆の荒磯の上に 青々と生えた美しい海藻や沖の海藻は

朝には風がなびき寄せ 夕には波が寄せ その波とともに あちこちに寄って こちらに寄る

そんな美しい海藻のように私に身をなびかせて 共寝した妻を 置いて来てしまった

今 都へ向かい歩いている この山道の曲がり角ごとに 何度も何度も 振り返ってみるけれど

本当に遠く離れてしまって 里も遠ざかってしまった

いよいよ 高い山も越えて来てしまった

物思いに萎れるようにして 妻は私を偲んでいるだろう

私は 妻と暮らした家の門口を眺めたい

平らになびけ この山よ

<原文(2)>

つのさはふ 石見の海の 言さへく 辛の崎なる

いくりにそ 深海松生ふる 荒磯にそ 玉藻は生ふる

玉藻なす なびき寝し児を 深海松の 深めて思へど

さ寝し夜は いくだもあらず 這ふつたの 別れし来れば

肝向かふ 心を痛み 思ひつつ かへりみすれど

大船の 渡の山の 黄葉の 散りのまがひに

妹が袖 さやにも見えず 妻ごもる 屋上の山の

雲間より 渡らふ月の 惜しけども 隠ろひ来れば

天つたふ 入日さしぬれ 丈夫と 思へるわれも

しきたへの 衣の袖は 通りて濡れぬ

<現代語訳>

石見の海の辛の崎の 海の中の深く 海松が生えている。

荒磯に 玉藻が生えている。

その玉藻のように寄り添って来た妻を

心の底から愛しく思うけれど

共に寝た夜は それほど長くもないのに 別れて来てしまった。

心の痛みに 妻を思い偲んで 振り返って見るけれど

渡の山の黄葉が散り乱れてしまって

妻が袖を振る姿を しっかりと見ることができない。

屋上の山の雲間から 空を渡っていく月のように

惜しくて仕方がないけれど だんだんと妻の姿は見えなくなってしまう

夕日がさしてきてしまった

強い男と自分では思っていたけれど 衣の袖は 涙で濡れ通してしまった。



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