芹沢光治良の「人間の運命」と北杜夫の「楡家の人々」は一読に値する傑作

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芹沢光治良北杜夫

今回は、私の読書遍歴をご紹介します。

1.小学生時代は一般的な「児童文学書」はほとんど読まず

私は、小学生の時は昆虫採集にとても興味がありましたので、「昆虫図鑑」や「日曜昆虫採集」のような昆虫特にカブトムシクワガタムシに関する本を読むことが多く、一般的な「児童文学書」はほとんど読まず、エジソンや野口英世の伝記を少し読んだくらいです。

ただ、源義経にはなぜか興味があって、クリスマスの前に「源平盛衰記」が読みたいと両親に話していたら、12月25日の朝に枕元に「源平盛衰記」が置いてあったので、喜ぶと同時になぜサンタクロースに自分の欲しいものがわかったのだろうと不思議に思いました。無邪気なものでした。

2.中学生時代は漱石の「坊っちゃん」と島崎藤村の「破戒」

中学1年の夏休みには、夏目漱石の「坊っちゃん」を読みました。この本で漱石が好きになり、後に父が買って来た漱石全集を全て読むことにつながります。

ただし、「文学論」「英文学形式論」「文学評論」は、途中まで読みましたが、理屈っぽく、小説に比べて面白くありませんでした。「文学論」は、英国留学から帰朝後の東大での講義に使用しましたが、前任者のラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の講義に比べて評判が悪かったそうです。

漱石は、私が好きな作家第一号で、その後は夏目漱石に関する本(小宮豊隆氏の「夏目漱石」や、孫で漫画家の夏目房之介氏の「漱石の孫」「孫が読む漱石」など)も読み漁りました。

中学3年の夏休みに島崎藤村の「破戒」を読んで、主人公の苦悩などの心理描写が、自分の苦悩のように迫真力があるのに衝撃を受けました。

3.高校生時代は芹沢光治良の「人間の運命」と北杜夫の「楡家の人々」を読み感銘を受ける

高校生の時はあまり小説を読みませんでした。印象に残っているのは、図書館で読んだ国木田独歩の「武蔵野」と、姉が読んでいた芹沢光治良の「人間の運命」、北杜夫の「楡家の人々」、三島由紀夫の「豊饒の海」四部作(春の雪・奔馬・暁の寺・天人五衰)を借りて読んだくらいです。

特に、「大河小説」「教養小説」と呼ばれる芹沢光治良の「人間の運命」と北杜夫の「楡家の人々」には感銘を受けました。

三島由紀夫は「楡家の人々」について、「戦後に書かれたもつとも重要な小説の一つである。この小説の出現によつて、日本文学は、真に市民的な作品をはじめて持ち、小説といふものの正統性を証明するのは、その市民性に他ならないことを学んだといへる。これほど巨大で、しかも不健全な観念性を見事に脱却した小説を、今までわれわれは夢想することも出来なかつたと称賛しています。私も引き込まれるように読みました。

4.大学生時代は夏目漱石・森鴎外・芥川龍之介・三島由紀夫などを読む

大学生の時は、夏目漱石・森鴎外・芥川龍之介の全集を読みました。あとは「仮面の告白」などの三島由紀夫の作品、石川達三の「青春の蹉跌」、高木彬光の「白昼の死角」などの小説を読みました。

5.社会人になってからは乱読

社会人になってからは、池波正太郎、司馬遼太郎、東野圭吾、藤沢周平、三木卓、五木寛之、松本清張、吉川英治、山本周五郎、浅田次郎、赤瀬川原平、出久根達郎、新田次郎、城山三郎、高杉良、串田孫一、小沢昭一、海老沢泰久、加藤廣、江上剛、天童荒太、童門冬二、丸山健二、池井戸潤などを乱読しました。

次に私の好きな「女流作家」の話ですが、私は不思議と女流作家の本とは縁が薄いのです。

2冊以上読んだ作家では、山崎豊子(ほぼ全部読みました)、松井今朝子、佐藤愛子、夏樹静子、吉行和子、森田たま、村山由佳、小池真理子、畠中恵、山村美紗くらいです。

この中で私の好きな「女流作家」は、山崎豊子さんと夏樹静子さんくらいでした。

山崎豊子

山崎豊子さん(1924年~2013年)の作品で、最初に読んだのは「華麗なる一族」ですが、その後「白い巨塔」、「沈まぬ太陽」、「運命の人」、「大地の子」、「不毛地帯」や、「女系家族」「暖簾」「ぼんち」「しぶちん」のような船場ものなど、元新聞記者らしく事前の綿密な取材を行った後で壮大な小説の構想を練り上げる手腕にはいつも感心させられました。

夏樹静子

夏樹静子さん(1938年~2016年)は推理作家ですが、山村美紗のように多作によるマンネリで小説の内容も希薄になった流行作家とは違い、緻密な推理が魅力です。

彼女と兄の五十嵐均との合作の「βの悲劇ーTHE DOMEードーム」(1996年)というパニック小説があります。

これは「人類滅亡の危機に備えて外界から隔絶した核シェルターのような巨大ドーム」を建設したその後の物語を描いた長編パニック小説です。

経済学者の中には、地球上に自立して外界と隔絶された集落を建設することで、人類存続可能性の案を提唱している者もいるそうです。経済学者のロビン・ハンソンは、100人の生存者がいれば破滅的災害の後に人類が存続できる可能性が大きく上がると述べています。

上記の経済学者の提唱を彷彿とさせるような話だったと記憶しています。

この小説発表の10年前の1986年に夏樹静子は「ドームー終末への序曲ー」という小説を書いています。

彼女は「この小説は、人類の種を絶やさずに生き延びさせるための巨大なドームを南海の孤島に建設しておけないかという発想のもとに、多くの専門家、専門機関の指導・助力を得て書いた」と述べています。

南太平洋の孤島に1990年9月に完成したその地球最大の建造物は、直径500m、地上高160m。特殊なガラスによって隔絶された空間には1000人が何十年にもわたって住める計算でした。もし全面核戦争という非常事態になれば、人類の種を絶やさぬために外界との接触を完全に断つ計画でした。

その続編が、「βの悲劇ーTHE DOMEードーム」で、ドーム完成からほぼ10年後の物語です。

米ソの冷戦が終結し、ドーム建設当初に想定していた熱核戦争の脅威はひとまず去りましたが、別の人類滅亡を招く死の魔手が現れます。それは新たに発生した「βウイルス」と呼ばれる「新型インフルエンザウイルス」でした。

興味をお持ちの方はぜひご一読ください。

ところが、最近ふとしたことで手にした幸田真音さん(1951年~ )の「タックス・シェルター」を読んで、いっぺんに好きになりました。

彼女は米国系銀行や証券会社で、債券ディーラーや大手金融法人を担当する外国債券セールスなどを経て作家に転身した人ですが、国際金融の世界に身を置いてきた人だけに、迫力のある描写が魅力です。ストーリーの展開の上手さもなかなかのものです。

テレビのコメンテーターとしての顔しか知りませんでしたが、今後は他の本も読んでみたいと思っています。



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