「聖夜」「聖人君子」「高野聖」などの「聖」という漢字の由来は?

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聖という漢字の成り立ち

私は「聖」という字を見ると、クリスマスイブを意味する「聖夜」や、孔子などの「聖人君子」、あるいは泉鏡花の怪奇譚小説「高野聖(こうやひじり)」などを思い出します。

若い人はアニメの「聖闘士星矢(セイントセイヤ)」をまず思い浮かべるかもしれませんね。

私が小さい頃は、バタークリームのクリスマスケーキを12月25日に買って食べていましたが、いつ頃からか、「12月24日のクリスマスイブが本当の聖夜」だということで、24日の夜に食べるようになりました。ケーキ屋さんの「前倒し戦略」に乗せられただけかもしれませんが・・・

余談ですが、中国語ではクリスマスのことを「聖誕節」と言い、「メリークリスマス」は「聖誕節快楽!」と言うそうです。

中国語には日本の「仮名(カタカナ・ひらがな)」に相当するものがないので、西洋人などの名前や「カルシウム」や「チタン」などの元素の名前も「鈣」「鈦」のように、いちいち漢字を決めなければならず、不便なものです。

1.「聖」という漢字の成り立ち

「聖」は、「会意兼形声文字」です。

今の「聖」は「耳」と「口」と「」とでできていますが、古い字形では「王」ではなく、「背伸びした人」の象形でした。

「耳」の象形と「口」の象形(「祈りの言葉」の意味)と「背伸びした人」の象形から、「神の口から語られるお告げを、背伸びしながら耳をそばだてて聞き取ろうとしている人」を表し、「神意に耳を傾けよく聞くことのできる人」、「高い学識・人徳を持つ理想的な人」を意味する「聖」という漢字が成り立ちました。

2.「聖」を含む言葉

(1)聖女(せいじょ)

①わずかな汚れもない清い女性

②キリスト教で神聖な事柄をやり遂げ、聖人として扱われる女性。

(2)聖跡/聖蹟(せいせき)

①天子や聖人に関わりのある遺跡や史跡。

②天子が出掛けたことのある場所。

(3)聖戦(せいせん)

宗教的な聖なる目的を果たすための戦い。

(4)聖断(せいだん)

天皇が判断して下した決定。天皇の裁断。

(5)聖目(せいもく)

①囲碁の碁盤に記されている九つの点

②囲碁で実力差があるときに、弱いほうが九つの点に石を置いた状態で始めること

「井目」「星目」とも書きます。

(6)高野聖(こうやひじり)

①中世に高野山を本拠とした遊行者(ゆぎょうしゃ)。

日本の中世において、高野山から諸地方に出向き、勧進と呼ばれる募金活動のために勧化、唱導、納骨などを行った僧侶。ただしその教義は真言宗よりは浄土教に近く、念仏を中心とした独特のものでした。

②泉鏡花の短編小説の題名。

当時28歳だった泉鏡花(1873年~1939年)が作家としての地歩を築いた作品で、幻想小説の名作でもあります

高野山の旅僧が旅の途中で道連れとなった若者に、自分がかつて体験した不思議な怪奇譚を聞かせる物語。難儀な蛇と山蛭の山路を抜け、妖艶な美女の住む孤家にたどり着いた僧侶の体験した超現実的な幽玄世界が、鏡花独特の語彙豊かで視覚的な、体言止めを駆使したリズム感のある文体で綴られています。

3.「聖」を含む四字熟語

(1)廓然無聖(かくねんむしょう)

不満や疑念などのわだかまりがなく、聖なる真理などないと悟ること。
「廓然」は心が広々としていて、わだかまりなどなにもないこと。
「無聖」は凡人と聖者の差がないという意味。
仏教の言葉で、古代中国の南北朝時代の梁の国の武帝が、インドから来た達磨に聖諦第一義のことを尋ねたという故事から。

(2)三聖吸酸(さんせいきゅうさん)

儒教の蘇軾と道教の黄庭堅、仏教の仏印禅師の三人が、桃花酸という名前の酢をなめて、全員が顔をしかめたということ。
東洋画の画材としてよく使われるもので、思想も宗教も異なっているが、酢がすっぱいことは、全てにあてはまる真理であるという三つの宗教の一致をいう。
儒教の孔子と道教の老子、仏教の釈迦を描く場合もあります。

(3)聖人君子(せいじんくんし)

人格、知識ともにすぐれている素晴らしい人物のこと。
「聖人」は最高の人格者のこと。「君子」は学問や人格にすぐれている徳の高い人のこと。

(4)聖人無夢(せいじんむむ)

徳を積んだ聖人は、悩むことや心を乱すことがないので、夢をみることがないということ。
「聖人に夢無し」とも読みます。

(5)清聖濁賢(せいせいだくけん)

酒の異名。
「聖」は聖人、「賢」は賢者のことで、曹操が禁酒令を出したときに、清酒のことを聖人とよび、濁り酒のことを賢人とよんで、見つからないように飲んでいたという故事から

(6)聖読庸行(せいどくようこう)

聖人が作った素晴らしい本を読んでも、行動すると普通の人と変わらないこと。
「聖読」は聖人の作った素晴らしい本を読むこと。「庸行」は特にすぐれていない、普通の行動。
「聖読して庸行す」とも読みます。

(7)先聖先師(せんせいせんし)

尊敬の気持ちを込めて孔子を呼ぶ名称。
過去の聖人や賢者の教えを広めた、師と仰がれる人をいう。
「先聖」は昔の聖人や賢者のこと。「先師」は聖人や賢者の教えを広めた人。
古代中国で学校を作るときに先聖と先師を祭っていましたが、時代によって祭る人は異なりました。

(8)杯賢杓聖(はいけんしゃくせい)

「杯」と「杓」を賢者と聖人にみたてて酒を飲むことを美化した言葉。

(9)凡聖一如(ぼんしょういちにょ)

賢者も普通の人も本質的には同じであり、誰にでも仏になる可能性があるということ。
「一如」は同じものであるということ。
仏教の言葉で、煩悩を払った聖人と、煩悩に迷っている人は別のものではあるが、人としての本質は同じものであるという意味から。



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