世相や日常生活を詠んだ面白い江戸川柳。今でも可笑しさや悲哀を実感できる!?

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歌舞伎・仮名手本忠臣蔵

2022年12月25日の「江戸川柳でたどる面白い偉人伝(その1:神代)」から2023年1月5日の「江戸川柳でたどる面白い偉人伝(その12:江戸時代②)」にかけて、12回シリーズで「江戸川柳でたどる面白い偉人伝」という記事を書きましたが、世相や日常生活を詠んだ江戸川柳にも面白いものがあります。

現代の「サラリーマン川柳」や「シルバー川柳」にも似た今でも可笑しさや悲哀を実感できる句もあります。

江戸川柳を読むことで、江戸時代の風俗の一端を知り、親しむことも出来ます。

(1)忠臣蔵(ちゅうしんぐら)

次の3つの句は、浅野内匠頭の「松の廊下の刃傷事件」と「赤穂浪士の討ち入り」(忠臣蔵)の話を詠んだものです。

「忠臣蔵」とは、江戸時代の人形浄瑠璃(文楽)や歌舞伎の人気演目のひとつで、1748年に大阪で初演された『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』の通称です。

舞台が不況になった時でも、必ず大入りなるというこの芝居。起死回生の気付け薬の「独参湯(どくじんとう)」になぞらえ、「芝居の独参湯」と称されました。

・こらへかねこらへかねての短慮なり

・手を出した方が負けだと下馬で言ひ

・知れて居るものをかぞへるせんがく寺

(2)借金取り

・掛取(かけとり)が来ると作兵衛唸り出し(誹風柳多留)

「掛取」とは「借金取り」のことで、「作兵衛(さくべえ)」とは作病(さくびょう)つまり仮病(けびょう)のことを人名のように言ったものです。

・座頭(ざとう)のを借りて座頭の鳴りをやめ

高利貸しの座頭からの借金を別の高利貸しの座頭から借りて返すことで、現代の「サラ金地獄」のようなものです。

・家督公事目鼻がつくと座頭来る

家督相続の訴訟(公事)にけりがつくと、また借金取りの座頭がやって来るというわけです。

(3)惚れられたと勘違い

・愛想の よいをほれられたと思い(誹風柳多留)

男性なら、ハンバーガーチェーンのマクドナルドの店員から笑顔いっぱい(スマイル0円)の応対を受けて、このような勘違いをした方もおられるのではないでしょうか?

店員がお釣りを渡す時に、手を握ったり手を添えることがたまにありますね。これは、あくまでも「お釣りを落とさないようにするため」です。

しかし、これをされると客側は結構ドキドキしてしまいます。サトウサンペイの漫画にもありましたね。特に見た目が素敵な女性店員(女性客の場合はイケメン男性店員)にされたら、何か変な勘違いを一瞬起こしそうになります。

手を握らなくても、お愛想を言ったり愛嬌を振りまく店員さんには、今も昔も勘違いをする男性がいたようですね。

・手を握る ばかり志賀ない 老いの僧

これは老僧の「老いらくの恋」の川柳です。

『太平記』に見える志賀(しが)寺の上人は、世にきこえた高徳の老僧でした。時代は平安期も中期に近い第59代宇多天皇の御代のことです。ある日出会った御所車の美女を一目見るなり、恋のとりこになってしまいました。美女は誰あろう、菅原道真を讒言した左大臣藤原時平の娘で、宇多天皇の寵をうけていた京極御息所(藤原褒子)でした。
我を忘れて御所車の後からフラフラとついて来た老僧をあわれんだ御息所が、御簾(みす)の中から白い手を差し出して与えると、上人はその手をしっかりと握りしめて、
  はつ春のはつ子(ね)の今日の玉はゝき手にとるからにゆらぐ玉の緒 (意味:あなたのお手をとっただけで、わたしの命(玉の緒)はゆらぎます)
 と詠むと、
極楽の玉のうてなのはちす葉にわれをいざなえゆらぐ玉の緒
(意味:どうかわたしを極楽へ導いてください)
と御息所は返歌して、老僧を慰めたというはなはだエレガントな話ですが、そういう上品なことでは川柳になりません。
おなじみ玄冶店(げんやだな)における与三郎(よさぶろう)のセリフ「しがねえ恋の情けが仇」の「しがない」(つまらない、取るに足りない)を、志賀寺の上人《しようにん》に掛けています。
(4)富くじ

・一の富  何処かの者が 取りは取り(誹風柳多留)

現代の「年末ジャンボ宝くじ」も当たる人は必ずいるわけですから、江戸時代の「富籤(とみくじ)」(現代の「宝くじ」のようなもの)と同じですね。ちなみに「一の富(いちのとみ)」とは、「富籤」で第一番の当たりくじのことです。

江戸時代には公儀の許可を得た寺社が勧進のために「富籤」を発売しましたが、1842年(天保13年)の「天保の改革」により全面禁止されました。

古典落語の演目にも富籤を扱った「冨久(とみきゅう)というのがあります。

(5)道楽息子

薦被(こもかぶ)り ととでまんまを 食った奴(誹風柳多留)

今は落ちぶれて乞食になっているが、元は乳母日傘(おんばひがさ)で育てられた金持ちの坊ちゃんだったというわけです。

・売り家と唐様で書く三代目(うりいえとからようでかくさんだいめ)

初代が苦労して築いた家や財産も、三代目ともなると商売そっちのけで遊芸などに身を持ち崩して没落し、ついに自分の家を売り家に出すようになる。その売家札の字が唐様で、しゃれている。遊芸におぼれて商売を留守にした生活がしのばれる、という意味です。

(6)逆効果

・通り抜け 無用で通り抜けが知れ(誹風柳多留)

これは藪蛇(やぶへび)になることです。

(7)医者の偽善

・医者衆は辞世をほめて立たれけり

これは医者の偽善を皮肉ったものです。

・にこにこと医者と出家がすれちがい

(8)女衒(ぜげん)

・まま母とにらんで女衒安くつけ

女衒」とは、女性を遊廓など、売春労働に斡旋することを業とした仲介業者のことです。

・つぶれ前女衒まで来るむごい事

「つぶれ前」とは、破産寸前のことです。

・嘘も少しはつきますと女衒いい

女郎の最大の武器は嘘です。

(9)形見分け

・なきなきもよい方をとるかたみわけ

形見分け(遺品分配)などの遺産相続の本音です。

(10)丑の刻参り(うしのこくまいり)

・杉の木は寝耳へ釘を打込まれ

これは「丑の刻参り」を詠んだものです。

「丑の刻参り」(丑の時参り)とは、丑の刻(午前1時から午前3時ごろ)に神社の御神木に憎い相手に見立てた藁人形を釘で打ち込むという、日本に古来伝わる呪いの一種です。典型では、嫉妬心にさいなむ女性が、白衣に扮し、灯したロウソクを突き立てた鉄輪を頭にかぶった姿で行うものです。

丑の刻参り

(11)生臭坊主(なまぐさぼうず)

・出家でもうけたを医者で遣いすて

生臭坊主が医者に化けて花街へ行くことを皮肉ったものです。

(12)持参金

・箱入りのあったら金に嫁を添え

親は「箱入り娘」と思っていても、持参金なしでは売れない娘のことを詠んだものです。

・金箔のつかぬは木地(きじ)のいい娘

持参金なしでよいのは「器量良し」(美人)だというわけです。

(13)負け惜しみ

・逃げしなにおぼえてゐろは負けたやつ

(14)男女の出会い

・夏草や野良者共の出合(であい)あと

これは、松尾芭蕉の「夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡」のパロディーで、「出合」は「村出合」つまり村の男女の密会のことです。

『故郷の空』の原曲『Comin’ Thro’ the  Rye(ライ麦畑で出逢うとき)』の歌詞は、「誰かと誰かがライ麦畑で出逢うとき、2人はきっとキスをするだろう。何も嘆くことはない。誰でも恋はするものだから・・・」という戯れ歌ですが、なかにし礼作詞でザ・ドリフターズが歌った替え歌の「誰かさんと誰かさん」と似たような光景ですね。

・出合する上をひばりは舞って居る

・村出合させもが露にぬれるなり

これは、「契りおきしさせもが露を命にてあわれことしの秋もいぬめり(千載集)のパロディーです。

・村社(むらやしろ)氏子(うじこ)ふやしにくる出合

(15)居候(いそうろう)の悲哀

・居候いつもせんべいかしわもち

「せんべい」は薄っぺらい煎餅布団(せんべいぶとん)のことで、「かしわ餅」は1枚の煎餅布団にくるまる寝方のことです。

・居候よんどころなく子ぼんのう

居候は、やむを得ず寄宿先の子供を可愛がることです。

・掛人(かかりゅうど)寝言にいふがほんのこと

「掛人」は居候のことです。居候は昼間は遠慮して本音が言えないので、寝言に本音が出るというわけです。

(16)起請文(きしょうもん)

・口偏に空おそろしい 起請文

「口偏に空」とは「嘘」のことです。

・水にする起請もかたい紙へ書き

「水にする」とは「水に流すつもりの嘘起請」のことです。

(17)役人の汚職

・役人の骨っぽいのは猪牙(ちょき)に乗せ(誹風柳多留)

堅物役人を落とすには遊里で饗応して篭絡するに限るということです。「猪牙」とは吉原へ行く小舟のことです。

バブル経済華やかなりし頃、銀行の「大蔵省担当者(MOF担)」による大蔵官僚への「ノーパンしゃぶしゃぶ接待」というのがありましたね。役人への贈賄は今も昔も変わりません。

(18)常連

・居酒屋のねんごろぶりは立って飲み

「ねんごろぶり」とは、常連のフリのことです。

・箸一ぜんの主となる面白さ

小料理屋の常連扱いで自惚れる馬鹿をあざけったものです。

(19)雨宿り

・本降りになって出て行く雨宿り

・雨やどりの文字を能(よく)おぼえ

雨宿りしていて、いつごろ雨が止むかの判断が難しいのは、今も昔も変わらないようです。

(20)循環型社会

店中(たなじゅう)の尻で大屋(おおや)は餅をつき

「大屋」は家主のことで、共同便所の肥取り代で餅をついたというのです。江戸時代は理想的な「循環型社会」でした。

(21)嫁姑(よめしゅうとめ)問題

・末ながくいびる盃姑さし

・嫁さえざえと牡丹餅を七つ喰い(姑の四十九日)

・牡丹餅を気の毒そうに晴れて喰い

・死水を嫁にとられる残念さ

・ねがはくは嫁の死水とる気なり

・姑婆いびるがやむと寝糞をし

・薮入りの戻ると来ぬですき(好き)がしれ(知れ)

(22)判官贔屓(ほうがんびいき)

・一門は 蟹と遊女に 名を残し

これは、平家一門は壇ノ浦で滅び「平家蟹」となり、生き残った官女は生活に困って遊女となったという話です。

・西海のくろうも 水の泡となり

源義経(九郎判官)は西海で平家を苦労して滅ぼしましたが、奥州平泉で滅ぼされて水の泡となったという話です。

九郎判官義経は文楽・浄瑠璃・歌舞伎の『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』や『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』『勧進帳(かんじんちょう)』などで、江戸庶民に大変人気がありました。

(23)蠅取り

・蝿は逃げたのに静かに手を開き