ギリシャ神話は面白い(その12)光明の神・芸術の神・予言の神のアポローン

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アポロン

『ギリシャ神話』はもともと口承文学でしたが、紀元前8世紀に詩人のヘーシオドスが文字にして記録しました。古代ギリシャの哲学、思想、宗教、世界観など多方面に影響を与え、ギリシャでは小学校で教えられる基礎教養として親しまれています。

絵画ではしばしばモチーフとして扱われ、多くの画家が名作を残しています。文学作品や映画などにも引用され、ゲーム作品でも題材になっていることがあります。たとえば、ディズニー映画の『ヘラクレス』はギリシャ神話をモデルにしたお話です。

『ギリシャ神話』(およびその影響を受けた『ローマ神話』)は、現在まで欧米人にとって「自分たちの文化の土台となったかけがえのない財産」と考えられて、大切にされ愛好され続けてきました。

欧米の文化や欧米人の物の考え方を理解するためには、欧米の文化の血肉となって今も生き続けている『ギリシャ神話』の知識が不可欠です。

日本神話」は、天皇の権力天皇制を正当化するための「王権神授説」のような神話なので、比較的単純ですが、『ギリシャ神話』は、多くの神々やそれらの神の子である英雄たちが登場し、しかもそれらの神々の系譜や相互関係も複雑でわかりにくいものです。

前に「ギリシャ神話・ローマ神話が西洋文明に及ぼした大きな影響」という記事や、「オリュンポス12神」およびその他の「ギリシャ神話の女神」「ギリシャ神話の男神」を紹介する記事を書きましたので、今回はシリーズで『ギリシャ神話』の内容について、絵画や彫刻作品とともに具体的にご紹介したいと思います。

原始の神々の系譜

オリュンポス12神

ギリシャ神話・地図

第12回は「光明の神・芸術の神・予言の神のアポローン」です。

1.アポローンとは

アポローン

「光明の神」「芸術の神」「予言の神」のアポローンは、ゼウスとレートーとの間に生まれた息子で、アルテミスとは双生児です。

詩歌や音楽などの芸能・芸術の神として有名ですが、羊飼いの守護神にして光明の神でもあり、イーリアスにおいてはギリシャ兵を次々と倒した「遠矢の神」であり、疫病の矢を放ち男を頓死させる神であるとともに、病を払う治療神でもあり、神託を授ける予言の神としての側面も持つなど、付与された性格は多岐にわたっています。

理性的な性格をしていますが、残酷な一面もあり、そのためにさまざまなトラブルを巻き起こします。

芸術や芸能の神とされるアポローンは、羊飼いの神でもあるほか、医術の神、予言の神でもあります。

2.アポローンにまつわる神話

(1)カッサンドラ

カッサンドラー イーヴリン・ド・モーガン画

<カッサンドラー イーヴリン・ド・モーガン画>

カッサンドラー ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ画

<カッサンドラー ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ画>

ヘレネーとカサンドラ フ

<ヘレネーとカサンドラ フレデリック・サンズ画

アポロンは、トロイア王プリアモスの娘「カッサンドラ」に恋をしました。彼女をものにするために、「自分の愛を受け入れれば、予言能力を授けよう」と言って誘惑しました。

カッサンドラは彼の愛を受け入れ、予知能力を手に入れました。しかしその瞬間、カッサンドラは「アポローンに弄(もてあそ)ばれた末に捨てられる」という未来を予知しました。

そしてすぐに彼のもとを去ったのですが、怒ったアポローンは、「カッサンドラの予言は誰も信じない」という呪いをかけました。あまりにも自分勝手ですね。

トロイアに帰ったカッサンドラは、ギリシャ軍が攻めてきてトロイアを滅ぼす未来を予知し、父王に進言ます。しかし、アポローンにかけられた呪いのせいで、彼女の言葉は信じてもらえません。やがてギリシャ軍が押し寄せ、トロイアは滅亡してしまいました。

余談ですが、「カサンドラ症候群」という言葉があります。これは「アスペルガー症候群」のパートナーを持つ人が抱える問題のことです。

これは、「アスペルガー症候群」の「パートナーとの間に共感がないこと」と、「それを周囲に理解してもらえないこと」が原因で、ギリシャ神話に出てくるカッサンドラが自分の言葉を周囲に信じてもらえなかった故事に由来します。

また、1976年公開のサスペンス映画「カサンドラ・クロス」のタイトルも、このギリシャ神話の悲劇の予言者の王女の名前に由来しています。

(2)アスクレーピオス

アスクレーピオス

「アスクレーピオス」は、テッサリアのラーリッサ領主の娘コローニスとアポローンの子です。アポローンとコローニスの伝令であったカラスの讒言によってアポローンは嫉妬に駆られ彼女を射殺しました。

しかしすぐに後悔し、彼女の胎内から取り出したアスクレーピオスをケンタウロス族の賢者ケイローンに預けました。医術の神の血を引く彼は、やがてすぐれた医術を獲得するに至り、人を救うことに熱心でしたが、やがて死者をも蘇らせることになったので、冥府の神ハーデースはゼウスにこの不条理を訴えました。

そのためアスクレーピオスはゼウスの雷霆に撃たれて死に、天の神になったとされます。そして、アスクレーピオスとカラスは共に「へびつかい座」と「からす座」として天に掲げられました。

(3)ヒュアキントス

ヒュアキントスの死 ジャン・ブロック画

<ヒュアキントスの死 ジャン・ブロック画>

ヒュアキントスの死 ティエポロ画

<ヒュアキントスの死 ティエポロ画>

ヒュアキントスはペラ王ピーエロスと、歴史のムーサであるクレイオーとの間に生まれた美少年です。スパルタのアミュークライ市で生まれたということです。

アポローンと西風の神ゼピュロスの2人がヒュアキントスの気を惹こうとしましたが、彼はアポローンとばかり仲良くしていました。ある日、2人が仲良く円盤投げを楽しんでいた時、アポローンの投げた円盤がヒュアキュントスの頭部に激突、少年は息を引き取りました。

これはゼピュロスが2人の仲睦まじい様子を空から見て嫉妬し、円盤の飛ぶ方向を風で狂わせたためでした。アポローンは嘆き悲しみましたが、溢れ出た少年の真っ赤な血の中から、赤い花が咲きました。この花は少年の名にちなんでヒュアキントス(ヒアシンス)と呼ばれました。

ただし、このヒュアキントスが現在ヒアシンスと呼ばれる花と同じものであると断定することはできません。その後、スパルタでは毎年初夏にヒュアキンティアという彼の死を記念した祭典が行われたということです。ヒアシンスは多年生の球根植物です。古代ギリシア人は、初夏に開花して間もなく枯れ、次の年の備えをするヒアシンスの習性に死と復活を重ね合わせて見たのでしょう。

(4)ギガントマキアー

巨人と戦うディオニューソス

<巨人と戦うディオニューソス>

巨人戦争ギガントマキアーにもアポローンは参戦しました。アポローンはヘーラクレースと共闘し、ギガースの一人であるエピアルテースの左目を射ました。ギガースは神々に対しては不死身であったため、それだけでは死にませんでしたが、すかさず半神半人のヘーラクレースによって右目を射られ、絶命しました。

(5)アカンサス

「アカンサス」は、アポローンからの寵愛を受け続けた妖精です。しかしアカンサスは拒み続け、ある日アポローンの顔に傷をつけてしまい、アポローンによりアカンサスの花に変えられてしまいました。

(6)ダプネー

アポロンとダフネ ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ画

<アポロンとダフネ ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ画>

「ダプネー」は、テッサリアの河神ペーネイオスの娘です。大蛇ピュートーンを矢で射殺したアポローンが、帰途偶然出会ったエロースと彼の持つ小さな弓を馬鹿にしたことから、エロースはアポローンへの仕返しに、黄金の矢(愛情を芽生えさせる矢)でアポローンを撃ち、鉛の矢(愛情を拒絶させる矢)でダプネーを射ました。このため、アポローンはダプネーに愛情を抱きましたが、ダプネーはアポローンの愛を拒絶しました。

エロースの悪戯によってアポローンは彼女を奪おうと追いかけ続け、ダプネーも必死に逃げ続けました。しかし、ダプネーの体力が限界に近づき、ついにはペーネイオス河畔に追いつめられたため、ダプネーは父ペーネイオスに祈って助けを求めました。

追いつめたアポローンがダプネーの腕に触れかけたとき、娘の苦痛を聞き入れたペーネイオスにより、ダプネーは月桂樹に身を変じました。

失意のアポローンは「せめて私の聖樹になって欲しい」と頼むと、ダプネーは枝を揺らしてうなずき、月桂樹の葉をアポローンの頭に落としました。この故事により、デルポイのピューティア大祭で行われる競技の優勝者には、月桂冠が与えられることになりました(ダプネー は「月桂樹」という意味の普通名詞)。

アポロンとダプネ  ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ画

<アポロンとダプネ  ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ画>

アポローンとダプネー ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ

<アポローンとダプネー>

(7)白いカラスとコローニス

コロニスに矢を射るアポロン

<コローニスに矢を射るアポローン>

コロニスを殺害するアポロン ドメニキーノ画

<コロニスを殺害するアポロン ドメニキーノ画>

アポローンはテッサリアのプレギュアースの娘コローニスを愛し、彼女は身ごもりました。その頃、彼は話すこともできる純白のカラスを彼女との連絡係にしていました。

コローニスは父親には反対されていましたが、カイネウスの兄弟イスキュスという青年が好きで、彼とも情を通じていました。

コローニスとイスキュスが密会していることを目撃したカラスは、アポローンに告げ口しました。アポローンは怒り、矢をコローニスに放ちました。矢は彼女の胸を射抜きました。

彼女は矢を抜くと、真っ赤な血に胸を染めながら、アポローンに言いました。「赤ちゃんを産んでから、罰を受けることもできましたのに」

アポローンは、激しい後悔に襲われました。あんなにもかっとなった自分、我が弓と軽々しい矢を憎みました。また、差し出がましくも彼女の罪を知らせたあの純白のカラスをも。彼は、カラスに言い放ちました。「おまえは、一生喪に服くしていろ!」

この時から、白いカラスは黒いカラスに変わったということです。

〈アポローン、ケイローン、アスクレーピオス〉ナポリ国立考古学博物館

<アポローン、ケイローン、アスクレーピオス ナポリ国立考古学博物館>

ところで、彼女は身ごもっていました。アポローンはその子を取り出すと、ケンタウロスの賢者ケイローンに預け育てさせました。ケイローンはたいそう喜び、この子に医術をはじめ、狩猟の技、諸々の知識を教えました。

この子が、「医術の神」アスクレーピオスです。彼は人間の死を防ぐばかりか、死者をも蘇生させました。また、アテーナーからゴルゴーンの血を得て、左の血管から出た血で人を破滅させたり、右の血管から出た血で人を蘇生させたりもしました。

たとえば、〈テーセウス物語〉ではこんなことがありました。
テーセウスの後妻パイドラーは、テーセウスの息子ヒッポリュトスに恋をしてしまいました。しかしその恋は彼から受けいれられず、彼女は「ヒッポリュトスに辱めを受けました」と遺書を残し自殺。テーセウスは、ポセイドーンに息子に災いが起こるよう願いました。

ヒッポリュトスの死 ローレンス・アルマ=タデマ画

<ヒッポリュトスの死 ローレンス・アルマ=タデマ画>

その結果、ヒッポリュトスは馬車から転げ落ち、手綱に絡まり、瀕死の状態になりました。女神アルテミスが真相をテーセウスに話すと、彼は息子のところに駆けつけ、彼を許しました。しかし、ヒッポリュトスは父の腕の中で死にました。アルテミスはヒッポリュトスの死を悼み、アスクレーピオスを説き伏せてヒッポリュトスを蘇生させました。

一方、冥界の王ハーデースは、ゼウスに「アスクレーピオスの蘇生術が、冥界の掟を犯している」と訴えました。また、ゼウスも人間がアスクレーピオスから医術を教えられ、互いに助けあうことを懸念しました。神の力を願わなくなるからです。ゼウスは雷霆でもって、彼を撃ち殺しました。

父アポローンは怒りました。が、ゼウスに歯向かうことはできません。彼は、代わりに雷霆を作ったキュクロプス達を殺しました。今度はゼウスが激怒、アポローンをタルタロスに投げ込もうとしました。

あわてたアポローンの母レートーはゼウスに乞い、ゼウスは彼に一年間人間に仕えることを命じることで許しました。アポローンはペレースの子アドメートスの牛飼いとして、すべての牝牛に双生児を生ませるようにしました。

(9)キュパリッソス

雄鹿の死を嘆きイトスギに変わるキュパリッソス

<雄鹿の死を嘆きイトスギに変わるキュパリッソス>

アポローンに愛され水仙になったヒュアキントスは有名ですが、キュパリッソスはあまり知られていません。西洋でよくみられる糸杉、それが彼の変身した後の姿です。キュパリッソス稀に見る見る美少年で、アポローンからも愛されていました。

ケオス島のカルタイアの野のニンフに捧げられた金色のツノを持った大鹿がいました。首には宝石をちりばめた首輪、額にはお守り、耳には真珠の飾りが垂れていました。

この大鹿には恐怖心も臆病さもなく、よく村にやってきていました。村人は皆この大鹿を可愛いがって、頭を撫でてあげました。とりわけ、キュパリッソスはこの大鹿を誰よりも可愛いがっていました。

彼は大鹿を新しい草を食べさせに行ったり、澄んだ泉に水を飲みにも連れて行きました。花輪を編んではツノにかけたり、大鹿の背中に乗って遊んだりもしていました。

ある暑い日、大鹿は木陰で休んでいました。キュパリッソスは間違って、持っていた槍で大鹿を突き刺してしまいました。死にかけている大鹿を見ていると、少年は自分も死にたいと思いました。

「嘆きはそのくらいにして、あまり度を超すことがないようにしなさい」

アポローンはできるだけの慰めの言葉をかけました。しかし、キュパリッソスはうめくばかりで、神に最後の願いとして、「いつまでも嘆いていたい」と言うのです。さすがのアポローンさえ、もうどうすることもできません。

やがて、悲しみのために血もかれて、その体は干からびて緑色になりました。髪の毛は逆立ち、細い針のような葉となり、梢となり、空を仰ぐようになりました。糸杉になってしまったのです。

アポローンは、最後に糸杉になったキュパリッソスに優しく声をかけました。

「お前への哀悼は、私がしよう。そのかわり、お前はほかの人々を悼み、悲嘆にくれている者たちの友となるのだ」