<ミダース王 ウォルター・クレイン画 王が娘に触ったとき、娘は彫像と化した>
『ギリシャ神話』はもともと口承文学でしたが、紀元前8世紀に詩人のヘーシオドスが文字にして記録しました。古代ギリシャの哲学、思想、宗教、世界観など多方面に影響を与え、ギリシャでは小学校で教えられる基礎教養として親しまれています。
絵画ではしばしばモチーフとして扱われ、多くの画家が名作を残しています。文学作品や映画などにも引用され、ゲーム作品でも題材になっていることがあります。たとえば、ディズニー映画の『ヘラクレス』はギリシャ神話をモデルにしたお話です。
『ギリシャ神話』(およびその影響を受けた『ローマ神話』)は、現在まで欧米人にとって「自分たちの文化の土台となったかけがえのない財産」と考えられて、大切にされ愛好され続けてきました。
欧米の文化や欧米人の物の考え方を理解するためには、欧米の文化の血肉となって今も生き続けている『ギリシャ神話』の知識が不可欠です。
「日本神話」は、天皇の権力や天皇制を正当化するための「王権神授説」のような神話なので、比較的単純ですが、『ギリシャ神話』は、多くの神々やそれらの神の子である英雄たちが登場し、しかもそれらの神々の系譜や相互関係も複雑でわかりにくいものです。
前に「ギリシャ神話・ローマ神話が西洋文明に及ぼした大きな影響」という記事や、「オリュンポス12神」およびその他の「ギリシャ神話の女神」「ギリシャ神話の男神」を紹介する記事を書きましたので、今回はシリーズで『ギリシャ神話』の内容について、絵画や彫刻作品とともに具体的にご紹介したいと思います。
第22回は「王様の耳はロバの耳で有名なミダース」です。
1.ミダースとは
ミダース(ミダス)は、ギリシア神話に登場するプリュギアの都市ペシヌスの王です。触ったもの全てを黄金に変える能力(Midas touch)によって広く知られています。
ミダースは子供の頃にゴルディアースと彼を夫とする女神キュベレー(Cybele)の養子となりました。
ミダースは、快楽主義者、そして優れたバラの庭師として知られていました。また彼には残忍に人を殺したリテュエルセースという一人の息子がいました。
なお、神話の中には、代わりにゾエ(Zoë)「生命」という娘がいたとするものもあります。
童話『王様の耳はロバの耳』で、耳がロバになってしまった王様としても有名です。
歴史的には、ミダースは紀元前8世紀後期のプリュギアの王として知られています。プリュギアには「ミダース」という名前を持った多くの王がいました。彼は紀元前709年と推定されるアッシリアのサルゴン2世の同盟者リストから知られているムシュキの王ミタ(Mita)と同一人物とみられます。
2.ミダースにまつわる神話
ある時、ディオニューソスは、彼の年老いた教師でありかつ養父であるシーレーノスが行方不明であることに気づきました。シーレーノスはワインを飲んでいて、酔っぱらってぶらついていたところを農民たちに発見され、彼らの手によってシーレーノスは王であるミダースのもとへ運ばれました(あるいは、シーレーノスはミダースのバラ園で酔いつぶれていた)。
ミダースは、シーレーノスとわかって手厚くもてなし、10昼夜の間礼儀正しく歓待し、一方、シーレーノスはミダースと彼の友人を物語と歌で楽しませました。11日目に、ミダースはシーレーノスをディオニューソスに返しました。
ディオニューソスは、ミダースに対して彼が望むどんな報酬でも選択するよう言い、ミダースは、彼が触れるものすべてが黄金に変わるよう頼みました。ミダースは彼の新しい力を喜び、それを急いで試しました。
彼がオークの小枝と石に触れると、両方とも金に変わりました。狂喜して、彼は家に帰るとすぐに、使用人に豪華な食事をテーブルに用意するよう命じました。
そのようにリューディアの王ミダースは、触れるものすべてを黄金に変えられることを知ったとき、最初は誇らしさに得意がった。しかし、食べ物が硬くなり、飲み物が黄金の氷に固まるのを見たそのとき、ミダースはこの贈り物が破滅のもとであることを悟り、黄金を強く嫌悪しながら彼の願い事を呪いました。
ナサニエル・ホーソーンによって語られたバージョンでは、ミダースは彼の娘(マリーゴールドという名がついている)にさわったとき、彼女が彫像に変わってそのことに気づいたということです。
今となっては、彼は自分が望んだ贈り物を憎みました。彼は、飢餓から解放されることを願いながら、ディオニューソスに祈りました。ディオニューソスは聞き入れ、ミダースにパクトーロス川で行水するよう言いました。ミダースはその通り川の水に触れると、力は川に移り、そして、川砂は黄金に変わりました。
この神話は、パクトーロス川になぜ砂金がそれほど豊富かということと、この因果関係についての神話のもととなったことが明らかな、ミダースを祖先だと主張する王朝の富について説明するものでした。
黄金だけが富の源泉となる唯一の金属ではありませんでした。「プリュギア人でキュベレーの息子ミダース王は、黒鉛と白鉛を初めて発見した」とされています。
ミダースは、富と贅沢を憎んで、田舎へ引っ越して、田園の神 パーンの崇拝者になりました。ローマの神話収集家たちは、彼の音楽の家庭教師はオルペウスだったと主張しています。
ある時、パーンは大胆にも、彼の音楽とアポローンのそれの優劣を争って、竪琴の神アポローンに演奏技能についての試合を挑みました。トモーロス (山の神)が、審判に選ばれました。パーンはパイプを吹き、彼の素朴なメロディーは、彼自身とたまたま居合わせた彼の誠実な支持者ミダースに大変な満足感を与えたのでした。
その次に、アポローンが竪琴を弾きました。トモーロスは即座にアポローンに勝利を与え、ミダース以外はその判定に同意したが、彼は同意せず、判定の公平さに疑問を唱えました。アポローンはそのような堕落した耳に我慢できず、ミダース王の耳をロバの耳にしてしまいました。王はこの災難に心痛し、たくさんのターバンすなわち頭飾りで不幸を隠そうとしました。
しかし、彼の理髪師は、もちろん秘密を知りました。理髪師はそれをしゃべらないよう言われましたが、秘密を守ることができず、草原に出かけて、地面に穴を掘って、そこに話をささやき、そしてすっかり穴を覆いました。
しばらくすると葦の濃い群生地が草原に出現して、「王様の耳は、ロバの耳」と言い出しました。家来の何人かがこれを聞いて、うわさをし始めました。ミダースは、誰が話したか探し出して殺そうとしましたがやめました。
彼があり方を改めたことを完璧に示したので、アポローンがやって来て、彼に再び普通の耳を与えました。
サラ・モリスは、ロバの耳はミラのTarkasnawa(ギリシア語でTarkondemos)王によって設けられたヒッタイトの楔形文字とルウィ語の象形文字の両方で刻まれた印章にある青銅器時代の王族の象徴だったと論証しました。この関連では、その神話は異国風の象徴をギリシア人に対して正当化しているように見えます。
3.イソップ寓話『王様の耳はロバの耳』
(1)あらすじ
昔、立琴の神と笛の神がどっちの音が素晴らしいかで争っていました。その審査をした神たちは立琴の音が素晴らしかったと言いましたが、王は「自分の耳には笛の音がよく響いた」と言いました。そのことに怒った立琴の神は、王の耳をロバの耳に変えてしまい、このことに恥ずかしくなった王は頭巾を被って耳を隠すようになりました。
しかし、床屋に髪を切ってもらうことになった時、王の耳がロバの耳であることを知ってしまった床屋は、王に口止めをされた苦しさのために、森の中の葦の近くに掘った穴の底に向かって「王様の耳はロバの耳」と叫びました。数日後、穴を塞いだあとに生えた葦がその言葉を言うようになりました。
それを聞いた王は床屋が言いふらしたと思って激怒しましたが、床屋から事情を聞いて家来に調べさせた結果、葦が言っていることを知ると恥ずかしくなって床屋を釈放し、ロバの耳を晒して生きるようになりました。
(2)日本のミュージカル
日本では、劇団四季がこの題での子供向けミュージカルを上演しています。初演は1965年で、作は寺山修司です。劇団四季の株式会社化以前、ニッセイ名作劇場として上演されました。作曲はいずみたく、演出は浅利慶太。
ミュージカルでは、原典の物語に続いて、森の木々が耳の秘密を言い立てます。王は木々を切り倒そうとし、これに対して、真実を語るよう王に迫る民衆との間で歌合戦となります。王が負けて、真実を隠そうとした自身を反省したところで、ロバの耳が落ちるというハッピーエンドです。
1970年代には、滝田栄が王を演じていました。