<星座としてのオーリーオーン>
『ギリシャ神話』はもともと口承文学でしたが、紀元前8世紀に詩人のヘーシオドスが文字にして記録しました。古代ギリシャの哲学、思想、宗教、世界観など多方面に影響を与え、ギリシャでは小学校で教えられる基礎教養として親しまれています。
絵画ではしばしばモチーフとして扱われ、多くの画家が名作を残しています。文学作品や映画などにも引用され、ゲーム作品でも題材になっていることがあります。たとえば、ディズニー映画の『ヘラクレス』はギリシャ神話をモデルにしたお話です。
『ギリシャ神話』(およびその影響を受けた『ローマ神話』)は、現在まで欧米人にとって「自分たちの文化の土台となったかけがえのない財産」と考えられて、大切にされ愛好され続けてきました。
欧米の文化や欧米人の物の考え方を理解するためには、欧米の文化の血肉となって今も生き続けている『ギリシャ神話』の知識が不可欠です。
「日本神話」は、天皇の権力や天皇制を正当化するための「王権神授説」のような神話なので、比較的単純ですが、『ギリシャ神話』は、多くの神々やそれらの神の子である英雄たちが登場し、しかもそれらの神々の系譜や相互関係も複雑でわかりにくいものです。
前に「ギリシャ神話・ローマ神話が西洋文明に及ぼした大きな影響」という記事や、「オリュンポス12神」およびその他の「ギリシャ神話の女神」「ギリシャ神話の男神」を紹介する記事を書きましたので、今回はシリーズで『ギリシャ神話』の内容について、絵画や彫刻作品とともに具体的にご紹介したいと思います。
第23回は「巨人の狩人オーリーオーン」です。
1.オーリーオーンとは
オーリーオーン(オリオン、オライオン)は、ギリシア神話に登場する巨人の狩人で、海神ポセイドーンの子とされていますが、諸説(*)あります。
(*)オーリーオーンは、海神ポセイドーンとミーノース王の娘エウリュアレーとの間に生まれました。また、出自についてはアマゾーンの女王の子であるとする説、大地母神ガイアを母とするティーターンであったとする説、ボイオーティア王ヒュリエウスの子であるとする説もあります。
神話では死後天に昇って「オリオン座」となり、宿敵の「さそり座」と共に夜空を永遠に廻っているといわれます。
背の高い偉丈夫で、稀に見る美貌の持ち主でした。父親であるポセイドーンから海を歩く力を与えられ、海でも川でも陸と同じように歩くことができました。
2.オーリーオーンにまつわる神話
(1)最初の結婚
逞しく凛々しい美青年であったオーリーオーンですが、早熟で好色でもありました。
ボイオーティアで暮らしていたオーリーオーンは成人し、やがてシーデー(柘榴の意)という大変美しい娘を妻に迎えました。ところがシーデーは、非常に高慢で、「私の美しさは、全知全能の神ゼウス様の妻ヘーラーよりも美しい」と述べ、女神とその容色を競いました。このためヘーラーは怒り、シーデーを冥府(タルタロス)へと落としました。
(2)キオス島の獅子退治
妻を失ったオーリーオーンは旅人となり一人で諸国を放浪していました。キオス島に立ち寄ったオーリーオーンは、その島の王オイノピオーンの娘メロペーに一目惚れします。そして何とかメロペーの愛を得ようとしたオーリーオーンは、得意の狩りに出掛けては獲物を彼女に献上し、やがて結婚を申し入れました。
しかし、メロペーもオイノピオーンもオーリーオーンを好ましく思わず、困った王はオーリーオーンの死を望み、島を荒し廻っているライオンを退治することを条件に、娘との結婚を承諾すると述べました。王は当然不可能な条件と考えましたが、オーリーオーンは難なくライオンを殴り殺し、その皮を王への贈り物にしました。
(3)オイノピオーンの裏切り
思惑のはずれたオイノピオーン王は、結婚の約束を履行せず、オーリーオーンをこの件ではぐらかし続けました。オーリーオーンは王が約束に応えないことを怒り、酒に酔った勢いでメロペーに力ずくで迫りこれを犯しました。
オイノピオーンは怒り、父である酒の神ディオニューソスに頼んでオーリーオーンを泥酔させ、彼の両眼を抉り取って盲目にし海岸に捨てました。
(4)眼の治療
盲目になったオーリーオーンは、身動き出来ずにうずくまっていました。彼に対し神託は、東の国に行き、ヘーリオスが最初にオーケアノスから昇るとき、その光を目に受ければ、再び目が見えるようになるであろうと告げました。
オーリーオーンは、遥か東のレームノス島へと向かいました。盲目の彼は、キュクロープスの槌を打つ音を頼りにレームノス島に辿り着きました。こうしてヘーパイストスの鍛冶場に入り、ケーダリオーンという見習い弟子をさらって、彼を肩に乗せ案内させてオーケアノスの果てまで辿り着きました。彼を見たエーオース(暁)がオーリーオーンに恋をし、兄ヘーリオス(太陽神)がオーリーオーンの目を治しました。
オーリーオーンは、オイノピオーンに復讐しようと再びキオス島に戻りました。しかし目指す相手が見つかりませんでした。ヘーパイストスがオイノピオーンのために造った地下室に隠れていたためです。
オーリーオーンは、オイノピオーンが祖父ミーノースの元に逃げていると考え、海を渡ってクレータ島へと行きました。クレータでは、アルテミス女神がいて、共に狩りをしようとオーリーオーンを誘いました。
(5)エーオースとの交際
すぐに気を取り直したオーリーオーンは今度は曙の女神エーオースとの恋に夢中になりました。更にオーリーオーンはエーオースとの交際中にもかかわらず、アトラースの娘プレイアデス七姉妹に恋し彼女たちを追い掛け回しました。
エーオースの仕事は夜明けを告げることですが、オーリーオーンと付き合っている間の彼女は彼に会いたいがために仕事を早々に引き上げてしまいました。ところが夜明けの時間が短くなったのを狩りの女神アルテミスは不審に思い、エーオースの宮殿がある世界の東の果てまで様子を見にやってきました。そして、オーリーオーンはアルテミスと運命的な出会いをするのです。
(6)アルテミスとの交際
ギリシア一の狩人と狩猟の女神が恋に落ちるのには時間は掛かりませんでした。オーリーオーンはアルテミスと共にクレータ島に渡り、穏やかに暮らしていました。神々の間でも二人の仲は評判になり、互いに結婚も考えていました。
ところがアルテミスの兄アポローンはオーリーオーンの乱暴な性格を嫌い、また純潔を司る処女神・アルテミスに恋は許されないとして二人の仲を認めず、ことあるごとにアルテミスを罵りましたが、彼女は聞き入れませんでした。
そこで、アポローンはオーリーオーンの元に毒サソリを放ちました(このサソリは、オーリーオーンが動物たちを狩り尽くすことを懸念したガイアの放った刺客との説もあります)。
驚いたオーリーオーンは海へと逃げました。ちょうどその頃、アポローンは海の中を頭だけ出して歩くオーリーオーンを示して、「アルテミスよ、弓の達人である君でも、遠くに光るあれを射ち当てることは出来まい」と逃げるオーリーオーンを指差したのです。
あまりにも遠く、それがオーリーオーンと認識できなかったアルテミスは「私は確実に狙いを定める弓矢の名人。たやすいことです」とアポローンの挑発に乗って、弓を引きました。矢はオーリーオーンに命中し、彼は恋人の手にかかって死にました。
<アルテミスと死せるオーリーオーン ダニエル・シーター画>
(7)オリオン座の伝説
射たものが浜に打ち上げられて、初めてそれがオーリーオーンだったことに気がついたアルテミスは神としての仕事を忘れるほど悲しみました。アルテミスは、死者も蘇らせるという名医アスクレーピオスのもとを訪ね、オーリーオーンを生き返らせてくれるよう頼みました。
しかし、冥府の王ハーデースが反対しました。アルテミスはせめて最後にと、大神ゼウスに「オーリーオーンを空に上げてください。そうすれば私が銀の車で夜空を走って行く時、いつもオーリーオーンに会えるから」と頼み込みました。
ゼウスもこれを聞き入れ、オーリーオーンは星座として空に上がりました。彼は月に一度会いに来るアルテミス(月神)を楽しみに待っているとされます。