1.近世ヨーロッパの有名な作曲家の肖像画の「カツラ」の謎
小学校の頃、音楽の教室に飾ってあるバッハ(1685年~1750年)、ヘンデル(1685年~1759年)やハイドン(1732年~1809年)、モーツァルト(1756年~1791年)の肖像画を見て、なぜ、あんなカツラをかぶっているのか不思議だった人も多いはずです。
ヴァイオリン協奏曲「四季」で有名なヴィヴァルディ(1678年~1741年)もカツラをつけています。
ベートーヴェン(1770年~1827年)は髪の毛が逆立っていて、顔もちょっと怖い感じなのでワイルドな印象を持つ方も多いのではないでしょうか?ベートーヴェンはカツラではなさそうです。
2.近世ヨーロッパでは「カツラは正装」だった
現代の日本では、ハゲを隠すための「有名芸能人のカツラ疑惑」がよく話題になりますね。
しかし近世ヨーロッパでカツラが多かったのは、貴族たちにとって「カツラをつけるのが習慣」だったからです。決してハゲを隠していたわけではありません。
「フランス革命」(1789年~1795年)で断頭台の露と消えた化学者のラボアジエ(1743年~1794年)(下の画像)もこのカツラをつけていましたね。
カツラのなかでも、特にクルクルのカールのカツラは貴族のなかで人気で流行の最先端だったわけです。
特に「宮廷音楽家」として高貴な場所に出入りするようなバッハやモーツァルトなどは、カツラをかぶって正装する必要があったのです。
そのため、肖像画に描かれた彼らは「正装のカツラ」をつけているわけです。
日本の「平安時代後期に生まれた公家の正装」である「衣冠束帯(いかんそくたい)」(*)の「冠」のようなものかもしれませんね。
(*)「衣冠束帯」は「衣冠」と「束帯」の複合語。衣冠は「宿直(とのい)装束」と呼ばれるのに対し、束帯は「昼(ひの)装束」と呼ばれます。
3.近世ヨーロッパでカツラが流行した理由
この習慣は、16世紀後半、イギリス女王のエリザベス1世(1533年~1603年)(上の画像)が、痘瘡(とうそう)に罹ったことがきっかけになって生まれました。
痘瘡とは、天然痘ウイルスによる感染症で、特徴的な発疹が出ます。
女王は29歳の時(1562年)に天然痘を患い、顔や頭皮に痘痕が残りました。そのため、化粧やカツラで常に痕を隠していました。
この話は明治天皇にすり替わった大室寅之祐が、天然痘に罹ったためにできた痘痕(あばた)を隠すためにひげをはやし、写真を撮らせなかったこととよく似ています。
それ以後、女王は色とりどりのカツラを愛用するようになり、それが貴族全体に広まったといいます。
そのカツラをかぶった姿がとても美しかったので、エリザベス1世は憧れられるようになったと言われています。
一方、フランスではルイ13世(1601年~1643年)(上の画像)がハゲ始め、カツラを着用するようになってから大流行しました。
また当時は、髪を洗うという文化がありませんでした。ですから髪をツルツルに剃ってしまった方が衛生的で病気になりにくいとされていたのです。
しかし、フランス革命で貴族が衰退するとともに、カツラの風習も姿を消すことになりました。
4.なぜ「白髪」のカツラなのか
カツラをかぶる理由については分かりましたが、ではなぜ「白髪」なのでしょうか?
それは、 カツラをかぶったら髪粉というものをかけて白く仕上げるのが当時のファッションだったから です。
この髪粉というのは、じゃがいものでんぷんや小麦粉なのだそうです。
「白髪」のカツラとは、いまでは想像もできない不思議な文化ですね。