前栽の「高野槙」と「飛び石・沓脱石・手水鉢」にまつわる思い出話

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手水鉢

私が子供の頃住んでいた明治20年代に建てられた京町家には、「前栽(せんざい)」がありました。この家は15年前に自宅を新築する時に取り壊しましたが、いろいろな思い出が詰まっています。

1.高野槙(こうやまき)

今風に言えば「シンボルツリー」の高野槙の大木は、前栽の真ん中にあり、その根は一部「根上がり」していましたが前栽全体に広がっていました。この木は、明治時代に我が家が建てられる前からあったということなので、江戸時代からここに根を張って時代の移り変わりを見つめていたことになります。

この木のことを考えると、福山雅治さんの「クスノキ」という歌を思い出します。

『我が魂は この土に根ざし 決して朽ちずに 決して倒れずに 我はこの丘 この丘で生きる 幾百年越え 時代の風に吹かれて・・・』

1934年(昭和9年)の室戸台風などで一部の枝が折れたりしましたが、百数十年この庭で生きて、この家に住む人々を見つめて来たのです。

古い家を取り壊す時、この木も切り倒されることになったので、父がこの高野槙の根元に日本酒をかけて、切り倒すことのお詫びと感謝の気持ちを表していました。

2.飛び石

前栽には10個ほど飛び石がありました。木が茂っているので、普段は全容があまり分かりませんでした。家を新築する時、捨ててしまうのは忍びないと思い、南庭から駐車場の敷石へのアプローチに再利用することにしました。

普段は地上に出ている部分しか見えないので小さい石だと思っていたのですが、掘り起こしてみると地上部分の何倍もある大きな石でした。今、コーナンなどのホームセンターで売っている飛び石は扁平に切り取った石ですが、昔は大きな自然石を使っていたのですね。

3.沓脱石(くつぬぎいし)

これは長方形の大きな石ですが、これも南庭に置き再利用しています。

4.手水鉢(ちょうずばち)

私が子供の頃は取り壊されていましたが、昔、座敷の縁側から前栽を伝って行ったところに厠(かわや)があったので、手水鉢がありました。

これも捨ててしまうのは勿体ないので、新築した家の坪庭に観賞用の「蹲(つくばい)」として再利用しています。

このように、生き物である「木」は残せませんでしたが、「石」は引き続き100年以上この家に住む人間を見守ってくれています。

私は、人為的な「宗教」は全く信じないのですが、昔の人が自然に対して畏敬の念を抱いた「アニミズム」は分かるような気がします。

アニミズム(animism)」というのは、「生物・無機物を問わない全てのものの中に、霊魂もしくは霊が宿っているという考え方」です。19世紀後半にイギリスの人類学者E・B・タイラー(1832年~1917年)が「原始文化」という本の中で使用し、定着させました。ちなみに彼は「文化人類学の父」と呼ばれています。

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