日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.山勘(やまかん)
「山勘」とは、「勘に頼って成功を狙うこと。当てずっぽう。相手を計略にかけてごまかすこと。また、その人」です。
山勘は、「山を張る(掛ける)」「山を当てる」などの言葉と同時期の近世以降に見られる語で、第六感を「勘」と言うようになったのも同時期です。
山勘の語源には、武田信玄の参謀とされる山本勘助の略という説と、山師の勘の略とする説があります。
山本勘助の説は、彼が計略に長けていたことから、ごまかすことを「山勘」と言うようになったとするものです。
しかし、この言葉が使われ始めた時代と、人物の時代がずれ過ぎていること、山勘がごまかす意味で用いられるのは当てずっぽうよりも遅いこと、策略が優れていることから当てずっぽうの意味になるには、隔たりがあり過ぎることなどから考え難いものです。
山師の勘の説は、鉱山の採掘をする山師の仕事は当たり外れも多く、勘が頼りであることからというものです。
しかし、山師の略ということではなく、「山を張る」や「山を当てる」などと同じで、山が投機対象であったことから万一の成功・幸運を「山」と言い、それを狙った勘で「山勘」となったと考えるのが妥当です。
ただし、山師はペテン師の代名詞にもなっている言葉なので、他人をあざむく意味で「山勘」が用いられるようになったのは、山師に由来していると考えて良いようです。
2.厄介(やっかい)
「厄介」とは、「面倒なこと。わずらわしいこと。迷惑なこと。面倒をみること。世話をすること。世話になること」です。
厄介の語源には、漢語「厄会」の転で災いの巡り合わせの意味とする説と、「やかい(家居)」や「やかかへ(家抱)」が転じたとする説があります。
厄介は「居候」や「家長の傍系親族で扶養されている者」も表した言葉なので、そこから「世話」や「面倒」の意味が派生したと考えられます。
しかし、世話をしてもらう(面倒なことをしてもらう)から「居候」の意味が生じたとも考えられるため、「厄会」が転じた説も否定し難く、厄介の語源は未詳です。
3.焼きが回る(やきがまわる)
「焼きが回る」とは、「歳を取るなどして頭の働きや腕前など、能力が衰えてにぶくなること」です。
焼きが回るの「焼き」は、刃物を作る際に行う「焼き入れ」のことです。
焼き入れは、刃物を堅く鍛えて丈夫にし、切れ味を良くするために必要なことですが、火が回り過ぎるとかえって刃がもろくなったり、切れ味が悪くなります。
そのように火が回り過ぎてしまうことを「焼きが回る」と言い、転じて、老いぼれることを意味するようになりました。
4.藪蚊/ヤブ蚊(やぶか)
「ヤブ蚊」とは、「日中活動して人畜を刺し血を吸う双翅目ヤブカ属の蚊の総称」です。デング熱などを媒介する種もあります。
ヤブ蚊は、その名の通り、草陰や藪の中などの暗い所にすんでいることからの名前です。
腹や脚に白黒の斑紋があることから、「豹脚蚊」や「縞蚊」の別名もあります。
5.馬陸(やすで)
「ヤスデ」とは、「倍脚綱の節足動物の総称」です。体は細長く、円筒形か扁平でムカデに似ていますが、ひとつの体節ごとに二対の歩脚をもっています。毒はありませんが触ると臭気を発します。
ヤスデは、ムカデに似て多足が特徴的です。
ムカデも足(手)の数が多いことが名前の由来になっているため、「八十手(やそで)」もしくは「弥十手(やそで)」から「ヤスデ」になったと考えるのが妥当です。
漢字の「馬陸」は漢名に由来します。
6.八目鰻(やつめうなぎ)
「ヤツメウナギ」とは、「ヤツメウナギ目に属する動物の総称」です。円口類の一種。ビタミンAを多く含み、夜盲症の薬として古くから用いられました。
ヤツメウナギの「ヤツメ」は、目の後方から七つの鰓孔(さいこう・えらあな)が並んでいて、本来の目と合わせると、目が八つあるように見えることに由来します。
ドイツ語では、鼻の穴を含めた数から「Neunauge(九つの目)」と言います。
ヤツメウナギは体が細長く、「うなぎ」に似ているためこの名がありますが、うなぎとは種が異なります。
また、多くの場合「魚」に分類されますが、ヤツメウナギは狭義には魚類ではなく、原始的な脊椎動物です。
7.山の神(やまのかみ)
「山の神」とは、「口うるさい妻をいう俗語」です。
山の神は文字通り、山を守り、支配する神「山神」のことでした。
山神は、女性神として信仰されることが多く、恐ろしいものの代表的存在であったことから、中世以降、口やかましい妻の呼称として「山の神」と言われるようになりました。
『古事記』には、大山津見神(おほやまつのかみ)の娘 石長比売(いはながひめ)が、山の神の一員であったという説話があり、その説話に基づくとする説もあります。
しかし、山神信仰は上代からあり、個の具体的な話に断定できるものではありません。
山神信仰全体から見て、「恐れられた神」「女神」であったことを主に考えるのが妥当です。