夏の季語(その1)芒種・若夏・半夏生・喜雨・五月闇・油照・田水沸く・麨・籠枕・釣忍

フォローする



芒種

私は外国語学習としては英語とドイツ語を習いましたが、必ずしも上達したとは言えません。

欧米欧米人には今でもアジア系民族への人種差別意識が根強くありますが、彼らから英語で揶揄されても岡倉天心のように、当意即妙に英語で応酬することは私にはできません。

語学の天才か帰国子女でもない限り、英語の微妙なニュアンスまで体得することは至難の業です。

我々日本人としてはそんな無理なことに挑戦するよりも、俳句の季語のような豊かで細やかな日本語、美しい日本語をもっと深く知るほうがよほど易しいし、気持ちを豊かにしてくれると思います。

これまでにも、「四季の季節感を表す美しい言葉(その1「春」)」「四季の季節感を表す美しい言葉(その2「夏」)」「四季の季節感を表す美しい言葉(その3「秋」)」「四季の季節感を表す美しい言葉(その4「冬」)」「豊かで細やかな季語(その1「新年」)今朝の春・花の春・初空・若水など」「豊かで細やかな季語(その2「春」)薄氷・余寒・野火・初花・忘れ霜など」「豊かで細やかな季語(その3「夏」)新茶・御祓・日除け・赤富士など」「豊かで細やかな季語(その4「秋」)燈籠流し・新涼・菊供養・草紅葉など」「豊かで細やかな季語(その5「冬」)初霜・帰り花・朴落葉・焼藷・懐炉・角巻」などで多くの季語をご紹介して来ました。

日本に「俳句」という17音節からなる世界で最も短い詩のスタイルが存在することは、日本人として誇らしい気持ちです。

季語には日本文化のエッセンスが詰まっています。しかし意外と知られていない美しい季語がまだまだあります。

今回は「夏」の季語と例句をご紹介します。

(1)芒種(ぼうしゅ):「二十四節気」の一つです。新暦では六月六日頃で、稲や麦などの穀物の種蒔きをする頃という意味です。蛍が出始める頃でもあります。

芒種

<子季語・関連季語>

・芒種の節(ぼうしゅのせつ)

<例句>

・海に月 しらじら映ゆる 芒種かな(夏井いつき)

・中空に 見えて芒種の 月の暈(かさ)(岡田詩音)

・引潮に 砂緊(しま)りたる 芒種かな(後藤綾子)

・暁の 西より晴るゝ 芒種かな(後藤昭女)

・干し傘の ふと飛んでゆく 芒種かな(小泉八重子)

・芒種はや 人の肌さす 山の草(鷹羽狩行)

・大灘を 前に芒種の 雨しとど(宇多喜代子)

(2)若夏(わかなつ):沖縄で稲の穂の出る頃を言います。沖縄の初夏を指す言葉です。

琉球語の辞書である混効験集(こんこうけんしゅう)によると「(旧暦)四・五月穂出る比(ころ)を云(いう)」とあり、新暦では5、6月に当たります。若々しい青々とした季節をイメージさせる季語です。

若夏

ちなみに「うりずん」とよく混同されますが、うりずんは旧暦2、3月の頃をいい、若夏はこの後にやってきます。

<子季語・関連季語>

・夏口(なつくち)

<例句>

・若夏の 風ふところに 王の墓(山城青尚)

・若夏や 大海原の 紺展(ひら)く(与座次稲子)

・若夏の 光透(す)けゆく 糸車(玉城一香)

(3)半夏生(はんげしょう):二十四節気「七十二候」の一つです。夏至から十一日目に当たる日で、太陽暦では七月二日頃となります。かつては田植の終期とされました。

またこの日はさまざまな禁忌があり、物忌みをする風習がありました。

ドクダミ科の多年草半夏生(下の写真)が生える頃なのでこの名があると言われます。

半夏生

<子季語・関連季語>

・半夏(はんげ)

・半夏雨(はんげあめ)

<例句>

・汲まぬ井を 娘のぞくな 半夏生(池西言水)

・長雨に 諸草伸びし 半夏生(辻 蒼壷)

・夕虹に 心洗はれ 半夏生(八島英子)

・石見路や 雨脚白き 半夏生(山田弘子)

・帰りきし 家裾に沁み 半夏雨(下田 稔)

・迷ひ出し 昼の鼬(いたち)や 半夏生(小松虹路)

・裏切りし 人を哀れみ 半夏生(赤羽岳生)

(4)喜雨(きう):夏の土用の頃、日照りが長く続いて旱ばつ状態となっている時にようやく降る恵みの雨のことです。旱(ひでり)が長引くと農作物の害を及ぼしたり、生活用水に不自由を来たすため、まさに喜びの雨となります。

喜雨

<子季語・関連季語>

・雨喜び(あめよろこび)

・慈雨(じう)

<例句>

・つまだちて 見るふるさとは 喜雨の中(加藤楸邨

・喜雨休(きうやすみ) 馬は厩(うまや)に 嘶(いなな)ける(福田蓼汀)

・百姓の 肩に小猫や 喜雨休(橋本鶏二)

・喜雨来(きた)る 熊野三山 詣で終ふ(高木晴子)

・慈雨よ慈雨 山にふり 麦にふれ(中 勘助)

・孫抱いて 喜雨の百姓 大胡坐(おおあぐら)(橋本鶏二)

・喜雨の後 ふたたび白し 夜の雲(富安風生)

(5)五月闇(さつきやみ):梅雨時のころの鬱蒼とした暗さを表す言葉です。昼間の厚い雲に覆われた暗さでもありますが、月のない闇夜のことでもあります。

五月闇

<子季語・関連季語>

・梅雨闇(つゆやみ)

・夏闇(なつやみ)

<例句>

・五月闇 蓑(みの)に火のつく 鵜舟かな(森川許六)

・五月闇 青銅厚き 地獄門(有馬朗人)

・切りこぼす 花屑白し 五月闇(長谷川櫂)

・しら紙に しむ心地せり 五月闇(加藤暁台)

・掌(てのひら)に 包む心音 五月闇(島田妙子)

・おしあうて 蛙啼くなり 五月闇(大島蓼太)

・万丈(ばんじょう)の 杉の深さや 五月闇(稲畑汀子)

(6)油照/油照り(あぶらでり):風がなく、雲の多い、汗ばむような蒸し暑い日和(ひより)を表す言葉です。炎天のからっとした暑さとは違う、じりじりとしたす。

油照り

<子季語・関連季語>

・脂照(あぶらでり)

<例句>

・ながながと 骨が臥(ね)ている 油照(日野草城

・油照 ゆく少年と 少女の影(原 裕)

・大阪や 埃の中の 油照(青木月斗)

・巻尺の 弾みて戻る 油照(田原央子)

・切株が 斧噛むでゐる 油照(星 水彦)

・雁宕(がんとう)の 墓ほむらだつ 油照(石原八束)

・遺跡とは 無言の歴史 油照(田中まさし)

(7)田水沸く(たみずわく):梅雨明けごろから気温が急上昇し、田の水が強い日光を受けて熱せられ、ぬるま湯のようになり、泡が浮かび上がることです。

土中の刈敷や田に沈む藁くずが分解される過程で発酵熱を出すことも要因のひとつとされます。

田水沸く

<子季語・関連季語>

なし

<例句>

・田水沸く 岨(そば)の家より 声とんで(岡井省二)

・安来節 安来の田水 沸けるころ(大橋敦子)

・民宿の 真昼音なく 田水沸く(角 淳子)

・田水沸く 一里が景色 松の幹(宇佐美目)

・田水沸く 札所(ふだしょ)の村の 大鴉(おおがらす)(大峯あきら)

・雲白し 鬨(とき)あぐるごと 田水沸く(河野南畦)

・啄木の 歌のふるさと 田水沸く(宮下翠舟)

(8)麨(はったい):新麦を炒って焦がし、粉に碾(ひ)いたものです。砂糖を混ぜ、水や湯を加えて練って食べます。落雁や饅頭など、和菓子の材料としても使われます。

はったい

<子季語・関連季語>

・麦こがし(むぎこがし)

・麦炒粉(むぎいりこ)

・麦香煎(むぎこうせん)

・こがし

・水の粉(みずのこ)

・練りこがし(ねりこがし)

・はったい茶(はったいちゃ)

<例句>

・麨や 生き生きと死の 話など(古賀まり子)

・はったいを こぼすおのれを 訝(いぶか)しむ(八木木枯)

・麦の粉に むせて腹立て 大わらひ(槐本之道)

・はつたいや こぼさじとして こぼしたる(原 石鼎)

・はつたいの 日向臭きを くらひけり(日野草城)

・亡き母の 石臼の音 麦こがし(石田波郷)

・遠くより さみしさのくる 麦こがし(友岡子郷)

(9)籠枕(かごまくら):籐(とう)や竹を籠目に編んで作った枕のことです。円筒形で中を風が通うため涼しく、昼寝などに利用されます。陶製のものを「陶枕」と言います。

籠枕

<子季語・関連季語>

・籐枕(とうまくら)

・陶枕(とうちん)

<例句>

・きり~す 啼(なか)せて寝たし 籠枕(各務支考

・硬くなる 頭年々 籠枕(高澤良一)

・月影の 洩れて涼しや 籠枕(利会)

・するすると 涙走りぬ 籠枕(松本たかし)

・雨やむを 待ちて仮寝の 籠枕(鈴木花蓑)

・老杜甫は 髪すり切れし 籠枕(長谷川櫂)

・籠枕 百夜通へる 島の船(桂信子)

(10)釣忍(つりしのぶ):「忍」はウラボシ科の羊歯植物です。緑葉が美しく涼しげです。根茎を丸く束ね水苔で覆います。これを「しのぶ玉」と言います。

風鈴を下げて軒下に吊るし水をやり涼しさを楽しむのです。夏の風物詩として江戸中期より親しまれてきました。

釣忍

<子季語・関連季語>

・吊忍(つりしのぶ)

・軒忍(のきしのぶ)

<例句>

・人知れず 暮るる軒端(のきば)の 釣忍(日野草城)

・仰ぎゐる われも暮れゐる 釣忍(森澄雄)

・市なかに 深山はあり 吊忍(長谷川櫂)

・自(おのずか)ら 其頃となる 釣忍(高浜虚子

・折れ曲り 来る風筋や 釣忍(井上井月

・釣忍 星の流るる とき青し(田村了咲)

・廻るだけ 廻りてもどる 釣忍(下村梅子)