事故で手足が不自由になり、口に絵筆をくわえて描く画家星野富弘氏を紹介します

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星野富弘

「五体不満足」という著書で有名になった乙武洋匡氏(1976年~ )は、生まれつき体が不自由でしたが、早稲田大学政経学部を卒業し、現在は文筆家・タレントとして明るく元気に活躍しています。

今回は、事故により手足が不自由になったものの、絶望の淵から這い上がり、口に絵筆をくわえて絵を描くようになった星野富弘氏をご紹介したいと思います。

私は、「色鉛筆画」や「ボタニカルアート」「絵手紙」などに興味を持った時期があり、そのころに星野富弘氏のことを知りました。

1.星野富弘氏とは

星野富弘氏(1946年~ )は、群馬大学を卒業して中学校の体育教師をしていましたが、1970年にクラブ活動の指導中の墜落事故で頸椎を損傷し、手足の自由を失いました。

事故直後は、絶望的になり自暴自棄になった時期もあったようですが、1972年群馬大学病院に入院中から、口に絵筆をくわえて文や絵を描き始めました。

2.花の詩画集

最初、彼の「花の詩画集」を見た時は、これが手足の不自由な人が描いた詩や絵だとは思いませんでしたし、そんなことは全く感じられない見事なものでした。

しかし、彼が事故で頸椎を損傷して、手足が不自由になって、苦労の末、口に絵筆をくわえて文や絵を描いていることを知って、見方が変わりました。

最初は、絶望・焦燥・もどかしさ・悔恨・腹立たしさなど様々な懊悩があったことでしょう。しかし、「絵を描き、それに文章を添える」ことで自分を表現することに生きがいを見出した結果、心が昇華され、心の平安(peace of mind)が得られるようになったのではないかと私は思います。

筆舌に尽くしがたい苦闘を乗り越え、過酷な運命を受け入れて、諦観から人生の喜びを見出す境地に至ったのでしょう。

彼の作品は、「あたたかさ」や「やさしさ」に溢れており、彼の描く花々は、精一杯生きている「よろこび」や「けなげさ」を感じさせます。

3.星野富弘氏のことば

・過去の苦しみが、後になって楽しく思い出せるように 人の心には仕掛けがしてあるようです

・川の向こうの紅葉がきれいだったので 橋を渡って行ってみた 振り返るとさっきまでいた所の方がきれいだった

・辛いという字がある もう少しで幸せになれそうな字である

・この道は茨(いばら)の道 しかし茨にもほのかにかおる花が咲く あの花が好きだからこの道をゆこう

・私にできることは小さなこと。 でもそれを感謝してできたら、きっと大きなことだ。

・冬があり夏があり 昼と夜があり 晴れた日と雨の日があって ひとつの花が咲くように 悲しみも苦しみもあって 私が私になってゆく

私の母は現在96歳ですが、足が不自由で「車いす生活」です。頭はしっかりしており、視力も良いので、毎日新聞を丹念に読んでいます。しかし、自分が思うように動き回れないことや、服を着たり脱いだりするのも時間がかかって他人の手を借りなければならず、もどかしい思いが募るようです。

母は、星野富弘氏に比べれば、不自由さは格段に低いと思います。しかし頭ではわかっていても、なかなか悟りの境地には至れないようです。



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