以前書いた記事で、坪内逍遥の「当世書生気質」という小説に、当時の大学生が英語を会話の中によく入れていたという話をご紹介しました。
今回は、江戸時代からある「判じ絵」「判じ物」「字謎」についてご紹介したいと思います。
1.太田道灌に出逢った?
この「当世書生気質」の中に次のような面白い話が載っています。
談話(はなし)なかばへ階子段(はしごだん)を登って来たるは、これもまた二十三四の書生にて、<中略>、六七度(ろくしちたび)太田道灌に出逢ったと見えて、胴と縁(ふち)との縁(えん)が切れて、放れさうになった古帽子を、故意(わざ)と横さまに被りながら、肩をいからしてあがって来(きた)り
「太田道灌」と書いて、何と読ませるかおわかりでしょうか?落語の「道灌」や、「太田道灌の山吹伝説」をご存知の方ならお分かりだと思います。そうです「俄雨(にわかあめ)」が正解です。
当時の大学生がこういう「言葉遊び」を好んだのは、教養を誇示する「衒学趣味(ペダンティック)」だったというよりも、江戸時代から続く「言葉遊び」の伝統が色濃く残っていたからではないかと私は思います。
2.江戸時代の言葉遊び
江戸時代の日本人は「ユーモア」や「洒落」が好きだったようで、「判じ絵」や「判じ物」「字謎」などの文化が花開きました。今の脳トレクイズと似た謎解きです。これは、現代の日本人の「クイズ好き」につながっているような気もします。
(1)判じ絵
「判じ絵」とは、江戸時代の庶民の間で流行した「目で見るなぞなぞ遊び」です。絵も面白いし、答えを考えるのが楽しくなります。江戸時代の人々の「ユーモア」と「センス」が感じられます。
ところで、判じ絵には次のような決まりごとがあります。
①洒落:音読みと訓読みの「読み」の違いを活用し、「洒落」を利かせます。また、同じ音で違う意味を表す同音異義語で絵を読ませます。
②文字抜き:絵の一部が欠けている、または消えている場合は、その部分の音は省いて読みます。
③逆さ読み:絵が逆さまに描かれていたら、その絵の音を逆から読みます。
④濁点(゛)と半濁点(゜):絵に濁点があったら、その部分の音には濁点を付けて読みます。半濁点も同様です。
⑤あり得ない姿・様子:判じ絵独特のルールでは、人間のような動物や、普段の生活では絶対に見られないような突飛な様子が絵になることもあります。
⑥決まった読み方:判じ絵には昔からの決まりごととして、「この絵が出てきたら、コレ」と決まった読み方をする絵がいくつかあります。
判じ絵は、たくさんのものを対象にしています。「魚介類」「野菜」「草木」「動物」「虫」「国名」「地名」「人名」「月名」「道具」「惣菜」「東海道五十三次」などで、クイズ番組の「ジャンル」のようなものですね。
歌川重宣に「江戸名所はんじもの」という判じ絵の作品があります。浮世絵師たちの、趣向を凝らした様々な絵の難問・珍問・奇問には、遊び心が溢れています。
(2)判じ物・字謎
最初に挙げた「当世書生気質」の「太田道灌=にわかあめ」もこの例です。
「判じ物」とは、「文字や絵画や物などに、ある意味を隠しておき、それを当てさせるようにしたもの。また、その遊びのこと」です。「判じ絵」も含めた広い意味があります。
文字の判じ物は「字謎(じなぞ)」とも言います。
今では少なくなりましたが、「銭湯」の入り口横に、木製の看板に平仮名の「わ」や「ぬ」が書かれているのを見かけたことはありませんか?
「わ」は、板に“わ”と書かれているので→“わ”+“いた”=わいた(湯が沸いた)ということで銭湯営業中。「ぬ」は→“ぬ”+“いた”=ぬいた(湯を抜いた)なので、銭湯閉店です。
駄洒落が好きだった江戸っ子はよくとんちが利いた看板を掲げていたそうで、例えば将棋の“歩”の駒の看板は、敵陣に入ると“金”になるので『質屋』さん。
銭湯の場合は 弓矢の形の看板です。矢は“弓射る(弓を射る、ゆいる)”なので→“湯入る”ということです。
松永貞徳の「歌林雑話」という本に、面白い判じ物の話があります。「京の都に新しい城が出来た正月、御門のところに割れたハマグリの貝が9個並べてあった。織田信長がそれを見て、『将軍の心がうつけているから、苦界(クガイ。苦労のこと)が絶えないと子供らがひやかしたものだ』と解いた」というものです。
「春夏冬二升五合」は「商(あきな)いますます繁盛(はんじょう)」と言う意味です。「春夏冬」で「秋がないから、あきない」、「升」は「ます」と読みますから「二升」は「ますます」、「五合」は「一升の半分」ですから「はんじょう」というわけです。これは割合有名なので、ご存知の方も多いと思います。
では次の「字謎」はどうでしょうか?
「人在草木間目有竹木傍」(人は草木の間に在り、目は竹木の傍らに有り)
これを見てすぐにわかる人は多分いないと思います。ひょっとしたら、「東大王」のメンバーならわかるかも知れません。
これは、「茶箱」が正解です。「茶」という文字と、「箱」と言う文字を、偏(へん)と旁(つくり)に分解し、上下に分解して考えるとわかります。要するに「漢字の分解」です。
「人在草木間」が「茶」という文字の説明で、「目有竹木傍」が「箱」という文字の説明になります。これは、喜多川守貞の「守貞漫稿」に出ている話です。
江戸初期に作られ、版を重ねた「小野篁歌字尽」という漢字学習のための教科書があります。偏や旁の共通する漢字をいくつか並べ、それらをまとめて覚える歌を添えたものです。「ゲシュタルト崩壊」を利用したような覚え方ですね。
「椿榎楸柊桐」:はるつばき、なつはえのきに、あきひさぎ、ふゆはひひらぎ、おなじくはきり
「汀灯釘町打」:水みぎは、火はともしびに、金はくぎ、田はまちなれば、手をうつとよむ