2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏(1926年~2020年)が、2020年11月12日に94歳で亡くなりました。
受賞理由は「天体物理学、特に宇宙ニュートリノの検出に対するパイオニア的貢献」でした。彼は自ら設計を指導・監督した岐阜県神岡鉱山地下1,000mにある「カミオカンデ」によって、史上初めて太陽系外で発生した「ニュートリノ」の観測に成功しました。
ところで「ニュートリノ」とは何のことか、皆目わからないという方がほとんどではないかと思います。
しかし実はこの「ニュートリノ」の振動が、「物質と反物質の対称性の破れ」に関係しているのです。
そこで今回はこれらについてわかりやすくご紹介したいと思います。
1.反物質
(1)「反物質」とは
我々のまわりの世界を構成する陽子・中性子・電子からなる「物質」に対して、反陽子・反中性子・陽電子などの「反粒子」からなる物質を「反物質」と言います。
反粒子は、電荷などの正負が逆であるほか、もとの粒子とそっくりなので、その集合体も、もとの粒子でできた物質とそっくりで、「あべこべの世界」を形づくります。
この「反物質からなる世界」は、理論上「普通の物質からなる世界」と対等で、同様な安定性と性質を持つと考えられています。したがって、反物質が物質と出会うと、激しく反応して一瞬のうちに消滅し、γ(ガンマ)線やπ(パイ)中間子となります。
そのため、反物質の世界が存在し得るのは、宇宙の極遠の区域と考えられますが、その徴候は見つかっていません。
2002年に「欧州合同原子核研究機関(CERN)」の2チームが、反陽子と陽電子からなる低温低速の「反水素原子」を人工的に量産することに成功しました。
我々の住む銀河や観測域にある宇宙は、大部分が我々と同じ「物質」で、「反物質」は非常に少ないのです。
この原因を解明することが、素粒子論や宇宙論での重要なテーマになっています。
(2)「CP対称性の破れ」とは
「CP対称性の破れ」とは、「粒子と反粒子が非対称な振る舞いをする事象のこと」です。「粒子の『電荷(C)(チャージ)』と『空間(P)(パリティ)』を反転(CP変換)させた反粒子の世界で、粒子の世界と同じ物理法則が成り立たないこと」です。
現在の宇宙がほとんど反物質のない物質優勢宇宙になった理由を説明するために必要な条件の一つです。
1928年にイギリスの物理学者ディラックが、特殊相対性理論と量子力学を結び付ける「ディラック方程式」を発表し、「電子の反粒子(陽電子)」の存在を予言しました。「ディラック方程式」の解は、「対生成(ついせいせい)」です。「対生成」とは、「エネルギーから粒子と反粒子が生成する自然現象」です。
1932年にはアメリカの物理学者アンダーソンが陽電子を発見しました。二人はともにノーベル物理学賞を受賞しています。
1956年に中国の物理学者ヤンとリーがK中間子のP対称性の破れを予言しました。1964年にアメリカの物理学者フィッチとクローニンがその観測に成功しました。彼ら4人もノーベル物理学賞を受賞しています。
1973年には日本の物理学者小林誠氏(1944年~ )と益川敏英氏(1940年~ )が当時3つしか発見されていなかったクオークが6つあればCP対称性の破れが説明できると発表しました。その後、1994年までに予言した3つのクオークが発見されました。両氏が2008年にノーベル物理学賞を受賞したのは皆さんもご存知の通りです。
(3)CP対称性の破れに迫る「P対称性の破れ」の増幅現象を検証する実験
宇宙を構成する「物質」に相当する存在の「反物質」は、宇宙にはほとんど存在しないことが謎とされています。
この謎を説明する仮説として、「CP対称性の破れ」が提唱されていますが、確認されていません。
東京工業大学・名古屋大学・日本原子力研究開発機構の研究者らから構成されるグループが、CP対称性の破れに迫る「P対称性の破れ」の増幅現象を検証する実験を実施しています。
我々の世界を構成する最小単位は「素粒子」です。素粒子には「粒子」と、電荷だけが全く逆の性質を持つ「反粒子」が存在し、2つがぶつかり合うと消滅します。これを「対消滅(ついしょうめつ)」と言い、「対生成(ついせいせい)」の逆です。
「ビッグバン」が起きた時、同じ分量の「粒子」と「反粒子」が誕生したはずですが、宇宙には現在、粒子からなる「物質」しか存在せず、対応する「反物質」はほとんど存在しません。
「反物質」が消えてしまう条件の一つとして、「CP対称性の破れ」が提唱されています。「粒子と反粒子を置き換え、鏡映しにした世界で同じ現象が同じ確率で起きるとするCP対称性が破れること」は、「粒子と反粒子の振る舞いが異なること」を意味します。
ただし、CP対称性の破れを表す現象はまだ発見されていません。
一方、鏡映しの世界で同じ現象が同じ確率で起きる「P対称性」は、素粒子原子核反応で知られています。陽子や中性子のような核子同士に働くP対称性の破れの100万倍程度の現象は実験的に確認されています。
研究グループは、P対称性の破れが増幅するメカニズムを明らかにすることで、CP対称性の破れの謎を解明しようと試みました。
今後、CP対称性の破れが増幅されるメカニズムが解明され、反物質がほとんど存在しない謎に迫ることが期待されます。
2.ニュートリノ
(1)「ニュートリノ」とは
放射性元素の研究をしていたオーストリアの物理学者パウリが、原子核が出す放射線(ベータ線)のエネルギー分布を研究している時、エネルギーがどこかへ消えてしまうことをどう説明すべきか悩んでいました。
そして、パウリは1930年に「電気を帯びていなくて、知らないうちにどこかへ飛び出してしまう幽霊のような粒子」があると考えると、つじつまが合うことに気付きました。彼はこの粒子を「ニュートロン」と呼びましたが、これが今日「ニュートリノ」と呼んでいるものだったのです。
「ニュートリノ」とは、「物質を構成する最小単位である素粒子の一つ」です。電気的に中性(ニュートラル)であることから、イタリアの物理学者フェルミ(1901年~1954年)によってこのように名付けられました。彼は「フェルミ推定」の考案者としても有名です。
フェルミは、パウリの考えた粒子について研究していましたが、1932年に現在の「ニュートロン」(中性子)が発見されていましたので、1933年に幽霊粒子の方を「ニュートリノ」と名付け直したのです。
素粒子は大別すると、原子核の陽子や中性子を構成する粒子の仲間の「クオーク」、電子の仲間の「レプトン」、「ゲージ粒子」の3つのグループと、「ヒッグス粒子」があります。レプトンのうち、電気を持たない粒子が「ニュートリノ」です。
(2)「ニュートリノの振動」とは
「ニュートリノ」は、星や我々の体など宇宙に存在する物質を作る素粒子の一つで、電子ニュートリノ・ミューオンニュートリノ・タウニュートリノの3種類があります。
飛行中に種類が入れ替わるのが「ニュートリノの振動」です。
「ニュートリノの振動」は、「ニュートリノ」が質量を持つことを示しています。
3.カミオカンデ
(1)「カミオカンデ」
「カミオカンデ」とは、1983年に「陽子崩壊の実証」を目的として岐阜県神岡鉱山地下に建設された実験装置のことです。
「KAMIOKANDE」は、Kamioka Nucleon Decay Experiment(神岡核子崩壊実験)の略です。
前に「深い井戸の底に昼の星が見える話」の記事を書きましたが、この「カミオカンデ」は、その「井戸を飛躍的に大規模化・巨大化・精密化し、外界の光を遮断し、井戸の底を明るくして、遥か彼方の宇宙から来る太古の光の微粒子を捉える実験装置」と私は理解しています。
(2)「スーパーカミオカンデ」
「スーパーカミオカンデ」とは、岐阜県神岡鉱山地下1,000mにある東京大学宇宙線研究所の素粒子観測装置で、「カミオカンデ」の後継機で、1996年に観測を開始しました。
2015年にノーベル物理学賞を受賞した物理学者で「日本学術会議」会長の梶田隆章氏(1959年~ )は、1998年にこの実験装置「スーパーカミオカンデ」を使って、来る方向と数を正確に測ることで「ニュートリノ振動」現象を証明しました。
4.小柴昌俊氏について
小柴昌俊氏(1926年~2020年)は、物理学者・天文学者で、自ら設計を指導・監督した岐阜県神岡鉱山地下1,000mにある「カミオカンデ」によって、史上初めて太陽系外で発生した「ニュートリノ」の観測に成功しました。
その功績によって2002年にノーベル物理学賞を受賞しています。同じくノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章氏は彼の弟子です。