春の行事と言えば「ひな祭り」が真っ先に思い浮かびますが、今では廃(すた)れたものやあまり知られていないも含めて季語には残されています。
今回はそのような季語をいくつかご紹介します。
1.初午(はつうま)
「初午」とは、2月の最初の午(うま)の日のことです。旧暦で1年のうち最初の(つまり1月の)午の日も初午に違いありませんが、通常は稲荷社の祭の日である2月の初午のことを言います。
「初午祭」には「初午詣」(福詣)する参詣者が訪れます。旧暦で行うこともありますが、その場合は新暦の3月となることもあります。
稲荷社の本社である伏見稲荷大社のご祭神・宇迦之御霊神(うかのみたま)が伊奈利山へ降りた日が和同4年(711年)2月7日であったとされ、この日が「初午」であったことから、全国で稲荷社を祀ります。
またこの日を、蚕や牛・馬の祭日とする風習もあります。江戸時代にはこの日に子供が寺子屋へ入門しました。「初午」は、その年の豊作祈願が原型で、それに稲荷信仰が結びついたものです。
なお、4月初めの巳の日の菜の花祭りの夜と「初午」のいずれかに雨が降らないと火に祟られるとか、「初午」の早い年は火事が多いという俗信もあります。
そのため、「初午」の日に消防団員が各家庭を回って火の用心を呼びかけ、火の用心のお札を配る習慣がある地方もあります。
俳句では「春」の季語です。
子季語・関連季語には「午祭」「初午参り」「福参」「一の午」「稲荷講」「験の杉」「二の午」などがあります。
例句としては次のようなものがあります。
・はつむまに 狐のそりし 頭哉(松尾芭蕉)
・初午や 物種うりに 日のあたる(与謝蕪村)
・初午や 土手は行き来の 馬の糞(正岡子規)
・初午の 祠ともりぬ 雨の中(芥川龍之介)
2.針供養(はりくよう)
和裁・洋裁を生業(なりわい)としている人は別として、今では一般家庭で針仕事(裁縫)をする人はほとんどいないのではないかと思います。我が家でも今はミシンもありません。
衣服が破れたり靴下に穴が開いたりすると、昔は「継ぎ当て」をしましたが、今では捨てて新しいものに買い換えます。
余談ですが、ツヅレサセコオロギという名前は、古人はこの鳴き声を「肩刺せ、綴(つづ)れ刺せ」と聞きなして「冬に向かって衣類を手入れせよ」との意に取ったことに由来します。
漢字で「綴刺蟋蟀」と書きます。このコオロギの名前の由来もピンと来ない人が多いかもしれません。
閑話休題、「針供養」とは、折れ、曲がり、錆びなどによって使えなくなった縫い針を供養し、近くの神社の納める行事のことです。
各地の社寺で行われていますが、主に淡島神社(粟島神社)または淡島神を祀る堂(淡島堂・粟島堂)がある寺院で行われます。加太の淡島(淡嶋)神社は人形を供養する「人形神社」としても有名ですね。
中国に「社日(土地神の祭日)に針線(針と糸、針仕事)を止む」という古い習わしがあったとされ、それが日本に伝わったとされていますが、起源は不明です。
平安時代に清和天皇によって「針供養」の堂が法輪寺に建立されたとされていますので、9世紀後半には日本のごく一部に「針供養」の風習があったことは確かです。
鉄の針が大量生産されるようになったのは室町時代のことであり、和歌山の淡島信仰と結びついた針供養の風習が淡島願人を通じて全国に広まったのは江戸時代中期以降のことです。
余談ですが、豊臣秀吉も、木下藤吉郎の時代に「針売り」の行商で、各地を放浪していたそうです。
日付は2月8日(または12月8日)に行われます。2月8日は「事始め」の日であり、農作業や裁縫も休みそれから1年の作業が始まるからです。
かつて、12月8日と2月8日は「事八日(ことようか)」と呼ばれていました。12月8日を「事納め」、2月8日を「事始め」と呼び、事納めには農耕を終え、事始めには始めるとされていました。
この両日は慎みをもって過ごす日とされ、この日は針仕事も休むべきと考えられていました。そして使えなくなった針を神社に納める、あるいは豆腐やこんにゃくのように柔らかいものに刺したりすることで供養し、裁縫の上達を祈ったのです。
「針供養」は一般的には2月8日ですが、西日本(関西地方や九州地方)では、12月8日が多いようです。ただし大阪天満宮の針供養、加太(和歌山県)の淡島(淡嶋)神社の針祭は2月8日で、嵯峨(京都)の法輪寺では12月8日と2月8日の両方で行われます。
2月8日または12月8日に行われるため、俳句では「春」と「冬」の季語です。
子季語・関連季語には「針祭り」「針納め」「針休み」「納め針」「供養針」「針祭る」などがあります。
例句としては次のようなものがあります。
・蹇(あしなえ)の 妻の晴着や 針供養(日野草城)
・町娘 笑(え)みかはし行く 針供養(高浜虚子)
・針子とる 身すぎ世すぎや 針供養(富安風生)
・ミシン台 並びやすめり 針供養(石田波郷)
3.春祭り(はるまつり)
「春祭り」とは、春に行われる祭の総称です。岐阜県高山市の日枝神社の「春の山王祭」(春の高山祭)は有名ですね。
俳句ではもちろん「春」の季語です。
子季語はありませんが、関連季語には「高山祭」「山王祭」があります。
例句としては次のようなものがあります。
・老桑(ろうそう)の 瑞(ずい)の芽立(めだち)や 春祭(水原秋櫻子)
・山下りて もんぺ鮮(すくな)し 春祭(石田波郷)
・嶺の雪の 照り合ふ高山 祭かな(金尾梅の門)
・からくりの 翁の手振り 春祭(石寒太)