雪国では、「秋にカマキリが高い所に卵を産むと、その冬は雪が深い」という言い伝えがあるそうです。
カマキリの卵は、数十個が塊になって一見ふわふわした覆いに包まれた「卵嚢(らんのう)」として産み付けられます。卵嚢の覆いは、発泡スチロールのような多孔質で、耐水性に優れた構造になっています。
しかし、カマキリが産卵活動をする9月末~10月ごろに、どうして来たるべき冬の積雪量を予測(予知)できるのか不思議です。
1.「カマキリ博士」の酒井與喜夫氏
この言い伝えの真偽を確かめるために、カマキリの卵嚢の高さを克明に記録し、翌年の積雪との相関性を調べた素人学者がおられます。
その人は新潟県の「酒井無線」という通信工事関係の会社の社長の酒井與喜夫(さかいよきお)氏です。
彼は10年以上にもわたって新潟県各地でたくさんのカマキリの卵嚢の高さを克明に記録し、それとその冬の雪の深さとの関係を調べて来ました。
そして統計学的手法も用いて解析した結果、「やはりカマキリは、来たるべき冬の雪の深さを予知し、それに応じた高さの所に卵を産んでいるとしか思えない」との結論に達しました。
地元では「カマキリ博士」として有名だったそうですが、この研究成果の論文で彼は1997年に国立長岡技術科学大学から「工学博士」号を授与されました。
この言い伝えが本当だったとしても、それでは「カマキリはどうやって積雪量を予知できるのか?」という疑問が残ります。これについてはまだ解明されておらず、「カマキリ博士」は今その問題に取り組んでいるということです。
2003年に酒井與喜夫氏によって書かれた「カマキリは大雪を知っていた」という本がテレビ番組などでも何度も紹介されたために、「カマキリの積雪予知能力」が科学的にも証明されたとして広く知られるようになり、「定説」のようになりました。
2.安藤喜一弘前大学名誉教授の批判
安藤喜一(あんどうよしかず)弘前大学名誉教授は、酒井與喜夫氏の説に疑問を持ちました。安藤氏は昆虫学が専門の農学博士です。
酒井氏の説は、「カマキリが積雪量より上の位置に卵を産むのは、カマキリの卵嚢が雪に埋もれることで窒息状態になるのを防ぐためだ」という前提に立っています。
しかし、「雪に埋もれることで窒息状態になるのであれば、どんなに雪が積もっても埋もれない位置に最初から卵を産みつけるのではないか?」という疑問です。
安藤氏が4カ月もの間雪に埋もれていたカマキリの卵嚢47個を採取し、孵化状況を調査した結果、98%の卵嚢が無事に孵化したそうです。カマキリの卵嚢が特に雪に弱いわけでないことがわかります。
カマキリの卵嚢が産みつけられた高さも、180cmから18cmとまちまちで、大半が雪に埋もれて越冬することがわかったそうです。
さらに安藤氏は、丸1カ月間カマキリの卵嚢を水に浸しておき、孵化状況を調べています。低温の水(0℃~7℃)の場合、死亡率はわずか7%だったことを2008年の学会で発表しています。
産みつけられるカマキリの卵嚢の位置は、種類によっても違いますし、同じ種類でも高い所、低い所とさまざまなようです。
安藤氏は「単なる言い伝えや伝説のようなものを研究し、後々にデータを都合良く並べ替えて真実のように書いている。酒井氏の説はデタラメのニセ科学」と痛烈に批判しています。
どうも酒井氏は、自分の仮説に都合の良いデータばかりを集めていたのかもしれません。
3.私の結論
両者の研究結果を見ると、私は安藤喜一弘前大学名誉教授の意見の方が説得力があるように感じます。
酒井與喜夫氏の研究にあるように、確かに雪国では積雪より上の方にカマキリの卵が見られることは間違いないようですが、「雪の上にしか卵はない」という証明はなされていません。
昆虫には人間の想像を超えるような特殊で驚異的な能力があるのは事実で、その能力を人間のために役立てる「昆虫テクノロジー」も盛んに行われていますが、この「積雪予知能力」については「ウソ」ではないかと思います。
余談ですが、カマキリの言い伝えとは別に、「カメムシと大雪」についての言い伝えが、岡山県、鳥取県や東海地方にあるそうです。
専門的な研究データではありませんが、「カメムシの発生数」と「積雪量」の関連性を調べた方によれば、当たっていない年もありましたが、ある程度相関性があるという結論でした。
これもカマキリの言い伝えと同様に確たる「科学的根拠」はなさそうです。