ホトトギス派以外の俳人(その10)吉岡禅寺洞:元ホトトギス派で後に自由律俳句を推進

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吉岡禅寺洞

高浜虚子渡辺水巴村上鬼城飯田蛇笏前田普羅原石鼎水原秋桜子阿波野青畝山口誓子高野素十山口青邨富安風生川端茅舎星野立子高浜年尾稲畑汀子松本たかし杉田久女中村汀女などの「ホトトギス派の俳人」については、前に記事を書きました。

このように俳句の世界では、「有季定型」「花鳥諷詠」「客観写生」を旨とする「ホトトギス派」が伝統的に一大勢力となっており、上記のように有名な俳人が多数います。

しかし、最初ホトトギス派に所属したものの後にホトトギス派を離脱した「元ホトトギス派」をはじめ、ホトトギス派に反発した「反ホトトギス派」、独自の道を歩んだ「非ホトトギス派」の俳人もいます。

そこで今回から、このような「ホトトギス派以外の俳人」を順次ご紹介していきたいと思います。俳句に興味をお持ちの方なら、名前を聞いたことのある俳人が必ず何人かいるはずです。

なお、日野草城加藤楸邨・中村草田男河東碧梧桐荻原井泉水種田山頭火尾崎放哉などの「ホトトギス派以外の俳人」については、前に記事を書いていますので、それぞれの記事をぜひご覧ください。

1.吉岡禅寺洞とは

吉岡禅寺洞(よしおか ぜんじどう)(1889年~1961年)は、福岡県出身の俳人です。本名・善次郎。俳号は禅寺童、禅寺堂を経て禅寺洞と称しました。『門司新報』記者や福岡女子専門学校講師を経て、「口語俳句協会会長」も務めています。

明治末、河東碧梧桐の新傾向俳句に熱中しましたが、後に「ホトトギス」同人となりました。しかし新興俳句運動に参加し、水原秋桜子・山口誓子らと呼応して無季俳句を提唱して「ホトトギス」を除名されました。

第二次世界大戦後まもなく「自然律」を唱えて口語俳句を主張し、地元に「口語俳句協会」を結成しました。

2.吉岡禅寺洞の生涯

吉岡禅寺洞は、福岡県福岡市箱崎に生まれ、高等小学校卒業後、1903年より三宅吟志に俳句の指導を受け、『九州日報』の伊形青楓選、『日本新聞』の河東碧梧桐選に投句しました。

1905年、「ホトトギス」会報欄の高浜虚子撰に初入選しました。

1914年、虚子の俳壇復帰に従って「ホトトギス」への投句を再開しました。

1917年、清原枴童とともに福岡に虚子を招き太宰府に同道しました。

このときに虚子が作った「天の川の下に天智天皇と臣虚子と」にちなみ、翌1918年に清原枴童らと「天の川」を創刊、のち主宰しました。「天の川」では富安風生、横山白虹、芝不器男らを育てました。

1929年「ホトトギス」同人となりました。しかし次第に有季定型・花鳥諷詠から離れるようになり、九大俳句会を中心として「新興俳句運動」に関わるようになったため、1936年に「ホトトギス」を除名されました。

戦後有季定型・文語俳句と訣別し、口語・自由律・無季俳句を推進し、「天の川」は自由律俳句の拠点の一つとなりました。「口語俳句協会」の会長も務めています。

1961年3月17日に71歳で死去しました。死後「天の川」は禅寺洞追悼号を出し終刊しました。句集に『銀漢』『新墾』。

「冬木の木ずれの音 誰もきいていない」が絶筆で、句碑が菩提寺金龍山一光寺の境内に建てられています。

福岡市にある今泉公園には、禅寺洞のモニュメントがあり、「こがねむしが眠っている雲たちはパントマイム」という句が刻まれています。

3.吉岡禅寺洞の俳句

猫柳

<春の句>

・春めくや 銀ほどきたる 猫柳

・啓蟄の つちくれ躍り 掃かれけり

・まっしろき 蝶ひとついて 「時」をはむ

・藍植うや 孀(やもめ)ながらも 一長者

・麦の毛見に ぎしぎし焔 あげている

・鳥ゐるや 清明節の つちくれに

・海苔買ふや 追わるる如く 都去る

・蝌蚪(かと)の水に 煙草火投げて 訪(と)ひにけり

・浪かげに 生るる芥(あくた) 弥生尽(やよいじん)

・永き日や 垣の上なる 畑つづき

・行春(ゆくはる)の 道に佇(たたず)めば 海女の笛

・温泉飲めるもある 群象や春灯

・落椿 まばらになりて かへり見る

<夏の句>

・黒揚羽が去つた 或る女のように

・こがねむしが眠っている 雲たちはパントマイム

・方丈の 沓(くつ)かりてもぐ 杏(あんず)かな

・早乙女に 蜘蛛の囲流れ かゝりけり

・初蝉の 一日鳴いて 絶えにけり

・穀象虫(こくぞうむし) 唐箕のさきの 日に這へり

・茄子もぐ手 また夕闇に 現れし

・蝉逃げし 方に森あり くろぐろと

・麦秋の 人々の中に 日落つる

・山に日の 落ちて草刈り 泳ぐかな

・草萎えて やままゆ蝶の あらはれぬ

・凌霽(のうぜん)や 日々孑孑(ぼうふら)の すくはるる

・夕焼けて 土の古さや 袋蜘(ふくろぐも)

・蛍狩り 茨の花の そこらまで

<秋の句>

・汽車の窓 案山子(かかし)も人も 走りけり

・露の夜の 仏に不意に 蝋燭火

・子をくはへて 秋猫土間を さまよへり

・かけ稲の 樅(もみ)噛み去るや 時雨雲

・露草の 瑠璃をとばしぬ 鎌試し

・月の山 人声ありて のぼりゐる

・天の川 この秋の客 誰々ぞ

・籾すりの 有明月に 灯消せり

・秋出水 ささやき合ふて ひきにけり

・戸口なる 紅葉明りや 焼鳥屋

<冬の句>

・冬木の木ずれの音 誰もきいていない

・アドバルーン 冬木はづれに 今日はなき

・土古く 渡来の鶴を あるかしむ

・断崖の 塵吹き落す 冬の海

・手水鉢の 氷砕きゐる 遠忌かな

・寒雀 猫にとられて まろまろと

・松原に とまる電車や 冬の月

・凍て虫を くはへとびたる 鶲(ひたき)かな

・寒風や たかくは飛ばぬ 土の鳥

・屋根の上に 月ありと知る 火鉢かな

・ほくほくと 老の寝にゆく 布団かな

・火になりて 松毬(まつかさ)見ゆる 焚火(たきび)かな

・日向ぼこに 影して一人 加はれり

・さわさわと 霰(あられ)いたりぬ 年の市

・馬車つくや 大つごもりの 山ホテル

・社会鍋 古き街衢の 四つ辻に

<無季>

・一握の砂を 滄海にはなむけす

・季節の歯車を早くまわせ スイートピーをまいてくれ

・旅人の眼にだけ 広重の松がある