高浜虚子・渡辺水巴・村上鬼城・飯田蛇笏・前田普羅・原石鼎・水原秋桜子・阿波野青畝・山口誓子・高野素十・山口青邨・富安風生・川端茅舎・星野立子・高浜年尾・稲畑汀子・松本たかし・杉田久女・中村汀女などの「ホトトギス派の俳人」については、前に記事を書きました。
このように俳句の世界では、「有季定型」「花鳥諷詠」「客観写生」を旨とする「ホトトギス派」が伝統的に一大勢力となっており、上記のように有名な俳人が多数います。
しかし、最初ホトトギス派に所属したものの後にホトトギス派を離脱した「元ホトトギス派」をはじめ、ホトトギス派に反発した「反ホトトギス派」、独自の道を歩んだ「非ホトトギス派」の俳人もいます。
そこで今回から、このような「ホトトギス派以外の俳人」を順次ご紹介していきたいと思います。俳句に興味をお持ちの方なら、名前を聞いたことのある俳人が必ず何人かいるはずです。
なお、日野草城・加藤楸邨・中村草田男・河東碧梧桐・荻原井泉水・種田山頭火・尾崎放哉などの「ホトトギス派以外の俳人」については、前に記事を書いていますので、それぞれの記事をぜひご覧ください。
1.野村朱鱗洞とは
野村朱鱗洞(のむら しゅりんどう)(1893年~1918年)は、愛媛県出身の俳人です。本名は守隣(もりちか)。前号に柏葉、朱燐洞など。
向学心がありながら、家庭の事情で進学をあきらめざるを得なかった朱燐洞は、働きながら松山夜学校や通信教育で学ぶとともに、役所の上司に短歌を学びました。
18歳で愛媛新報に句が入選し、輝かしい才能の片鱗を見せています。しかしスペイン風邪に罹り、24歳で夭折しました。
2.野村朱鱗洞の生涯
野村朱鱗洞は、愛媛県温泉郡素鵞村(現・松山市小坂町)で生まれました。父は温泉郡役所の官吏で、母は機織りなどで家計を支えました。
13歳の時に母を亡くし、その後父と同じ温泉郡役所で書記を務めながら松山夜学校(現・松山城南高校)に通いました。短歌を趣味とする上司の影響で「柏葉」と号して作句を始めました。
松山に帰った河東碧梧桐の新俳句に傾倒し、森田雷死久(らいしきゅう)に師事しました。
18歳の時に愛媛新報の俳壇に入選しました。東京で自由律俳句の創始者荻原井泉水と出会い俳句雑誌「層雲」に参加しました。
井泉水は、この色白で線の細い青年に対する初印象を「地を這う蔓草のやうに、鋭い神経を集めた細い肉体と、深く土に喰ひ込んで行く強い意力の根を持ってゐる人」と述べています。
井泉水は彼の作風を「美しく潤う柔らかみ」「淋しく澄んだ夕空の明るさ」と評しています。
柏葉から朱燐洞と改号し、俳句結社「十六夜吟社(いざよいぎんしゃ)」を結成、主宰となりました。県外からの投句もあり、種田山頭火もその一人でした。
大自然の光明をみずみずしく捉えた詩情豊かな句により、子規の再来と称され、20歳で海南新聞俳句欄の選者となりました。朱燐洞は、極堂や霽月などホトトギス派の古老を向こうに回して論陣を張りましたが、虚子の俳壇復帰に伴い、自由律俳句は地元新聞から排斥されました。
1916年に「層雲」松山支部を設立、翌年に同支部機関誌「瀬戸うち」を創刊し、また「層雲」の選者を務めました。「層雲」は隆盛を誇り、同誌の選者となった朱燐洞は全国的な知名度を得ました。
1917年、井泉水らの雑誌「俳界」創刊号に寄稿した評論で「朱鱗洞」の号を用いました。
朱鱗洞は、「層雲」の後継を嘱望されましたが、1918年に全世界で大流行していたスペイン風邪のため、24歳であっけなく死去しました。
死を予期したように、亡くなる数カ月前に朱鱗洞は「いち早く枯れる草なれば実を結ぶ」という句を詠みました。早すぎる死は「子どもを失くしたよう」と井泉水を嘆かせ、朱鱗洞を慕った山頭火もまた、「一すじの煙悲しや日輪しづむ」と悼みました。
1939年に種田山頭火が松山にある朱鱗洞の墓を訪れ、「十六夜吟社」を再興しました。
3.野村朱鱗洞の俳句
<春の句>
・淋しき花があれば 蝶蝶は寄りて行きけり
・倉のひまより 見ゆ春の山 夕月が
・れうらんの はなのはるひを ふらせる
<夏の句>
・ふうりんに さびしいかぜが ながれゆく
・若葉冷えゆく 星の光なり
・風を青み 野をはろばろと 林あり
・しくしくと 蝉鳴き暮の 雨光る
<秋の句>
・早う日かげる 家なれば つくつくほうし
・風ひそひそ 柿の葉落としゆく 月夜
・かそけき月の かげつくりゆく 蟲の音よ
・月夜の雲 ひえびえと野の 四方にありし
・わが淋しき日に そだちゆく秋芽かな
<冬の句>
・いち早く 枯れる草なれば 実を結ぶ
・いつまで枯れて ある草なるぞ 火を焚くよ
・小さき火に 炭起し話し 暮れてをり
・あかつきかけて 雪消す雨の そそぎ居り
<無季>
・いと高き木が一つ さやぎやまぬかな
・わだのはらより ひとも鯛つり われも鯛つり
・舟をのぼれば 島人の墓が見えわたり
・かがやきの きはみしら波 うち返し
・かまどの火に寄れば 幼き日に燃ゆる
・人の前にて 伸べし手のかばかりに汚れ
・するする陽がしずむ 海のかなたの國へ
・よさめよさめ 餘所の町の 灯に仰ぐ