「三億円事件」の「真犯人」が書いた小説とは?

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三億円事件

最近、「三億円事件」の「真犯人」と称する「白田(しろた)」という人の書いた小説(手記?)「府中三億円事件を計画・実行したのは私です。」が話題になっています。この白田という人物が本当に真犯人なのでしょうか?それとも、真犯人を装った「小説」に過ぎないのでしょうか?

1.「三億円事件」とは

「三億円事件」とは、1968年(昭和43年)12月10日に発生した「史上最高額の現金強奪事件」です。東京都府中市の日本信託銀行国分寺支店から東芝府中工場に約3億円の「ボーナス資金」を輸送していた現金輸送車が、府中刑務所の近くで「白バイ警官」を装った犯人に、3億円を車ごと奪われた事件です。現在の価値に直すと約20億円に相当します。

1975年(昭和50年)12月10日に「公訴時効」(時効期間7年)が成立し、1988年(昭和63年)12月10日には「民事時効」(時効期間20年)も成立し、「迷宮入り」(未解決事件)となりました。日本犯罪史上、最も有名な「完全犯罪」が成立した事件です。

容疑者数11万人、捜査に携わった警察官のべ17万人、捜査費用は7年間で9億円以上という空前の大捜査でした。

事件の数日前には、日本信託銀行国分寺支店長宛に「金を要求する脅迫状」が届いていたという伏線がありました。警察の張り込みを察知したのか、結局この脅迫状の指定場所に犯人は金を取りに現れず、未遂に終わっています。

「3億円事件」には、遺留品が120点もあり、捜査陣には「簡単に解決する事件」だろうという油断があって、遺留品の扱いが杜撰だったことも「迷宮入り」になった一因かも知れません。

それと、小林久三氏と近藤昭二氏が執筆した1980年8月号の「文藝春秋」の記事によれば、有名な「モンタージュ写真」は、現金輸送車の運転手や警備員などの記憶や証言に基づいて作り上げられたものではなく、当初から最有力容疑者と見られていた「立川グループ」という不良グループの少年Sによく似た顔の「別人の写真」を使ったのだそうです。

少年Sは白バイ警官の息子で、まさか現職警察官の未成年の息子の写真を使う訳にはいかなかったからのようです。この「モンタージュ写真」も、捜査を混乱させる一因になりました。

この「別人の写真」は、別の事件で逮捕され収監される時に撮られた写真で、「3億円事件」発生時に「モンタージュ写真」の人物は刑務所にいたそうです。

しかも、最有力容疑者の少年Sは、事件の5日後に「青酸カリを飲んで自殺」しています。しかし、友人は「彼が自殺するとは考えられない」と言うし、家に残っていた青酸カリを入れた袋には、父親の指紋しか付いていなかったそうです。父親に殺された可能性もありうるわけです。この日も警察は少年Sの自宅周辺で張り込んでおり、少年Sが帰宅した後父親と口論になり大きな音がした後、急に静かになったそうです。その後警察が踏み込むと、少年Sは既に死亡していたということです。

小林久三氏と近藤昭二氏の上記の記事が本当だとすれば、警察は当初から「少年Sを実行犯と確信していた」ということになります。かつ、「既に死亡した犯人」を捜すという無意味な捜査をしていたことになります。

1971年には「犯人はモンタージュ写真に似ていなくてよい」と捜査方針転換し、1974年には「モンタージュ写真を正式に破棄」しています。

この話から想像すると、最有力容疑者の少年Sは、間違いなく「犯人グループの一人(多分実行犯)」であると思われます。そうであれば、「立川グループ」の構成員に的を絞って捜査すれば、解決の糸口が見つかったのではないかとも考えられます。

「ローラー作戦」と称する聞き込み捜査は、的外れだったのではないでしょうか?

余談ですが、「三億円事件」による「被害者の実害」はありませんでした。東芝は、日本の保険会社から保険金を受け取って補填されており、「日本の保険会社」も再保険先から補填されているからです。

蛇足ながら、この「三億円事件」は、警備員に「暴行や脅迫」を加えて金を奪っていないので「強盗罪」には当たりません。また犯人が警備員に現金を「交付」させのではなく、警備員が「爆発物が仕掛けられている」という「白バイ警官」の言葉を信用して車から離れただけなので、「詐欺罪」にも当たらず、「窃盗罪」です。

2.様々な「容疑者」

上記の少年Sのほかにも、「事件後急に金回りの良くなった人々」が何人も容疑者として調べられましたが、「結局シロ」とされました。少年Sも「シロ」と断定されています。

また、「三億円事件」のあった年と同じ1968年の4月から8月にかけて、「多摩農協脅迫事件」というのが9回も発生しており、脅迫状の筆跡などから同じ犯人グループによる事件と見られています。多摩農協への脅迫状の中で触れられている「横須賀線電車爆破事件」の犯人は、「三億円事件」発生の1カ月前に逮捕され、「三億円事件」の公訴時効直前に死刑執行されています。

当時主任警部であった鈴木公一氏によれば、このほかに「犯人グループの一人」と思われる人物に「立川グループ」で少年Sの兄貴分のような存在だった「ゲイバーのマスター」がいます。彼は事件後「謎の大金持ち」になってマニラに移住したそうです。多額の資金の出所は「外国人のパトロンからもらった」と述べているそうです。

3.白田という人物は本当に真犯人なのか

ポプラ社から出版された「府中三億円事件を計画・実行したのは私です。」という本を私は読んでいません。また、あまり読む気もしません。

この本はもともと「小説家になろう」という「小説投稿サイト」に投稿された「手記」です。

私の「単なる勘」ですが、この本の著者は「真犯人」ではなく、松本清張や佐野洋などの「三億円事件」に関する小説を読破した上で、自分なりの推理を「真犯人」という立場で書いた「小説家志望の推理マニア」ではないかと思います。あるいは、「立川グループ」と何らかの接点がある人物かも知れません。

4.この事件は本当に「完全犯罪」だったのか?

途中から「三億円事件」の捜査に投入された伝説的な名物刑事の平塚八兵衛氏が「単独犯説」を唱えました。彼は1963年に起きた戦後最大の誘拐事件と言われる「吉展(よしのぶ)ちゃん誘拐殺人事件」で粘り強い取り調べの結果、犯人のアリバイを崩して自供に追い込み、迷宮入り寸前の事件を解決したことで有名な人です。

しかし、「三億円事件」は、「劇場型犯罪」で「単独犯」ということはあり得ないと私は思います。この平塚八兵衛氏の「単独犯説」も、捜査を間違った方向に導く一因になったようです。

事件の鍵を握ると思われる「少年S」が「自殺」したり、「横須賀線電車爆破事件」の容疑者が「死刑執行」されたりして、真相が闇の中に隠れてしまったように思うのは私だけでしょうか?

また「少年S」のような「警察官の家族」が関わったと思われる犯罪だということも、影を落としているような気が私にはしています。

私の勝手な想像ですが、この「三億円事件」は決して「緻密な計画に基づいた完全犯罪」ではないと思います。大量の遺留品を残すなど結構たくさん「ボロ」を出しています。

にも拘らず、警察の初動捜査の「不手際」で結果的に「迷宮入り事件」にしてしまったのではないでしょうか?

具体的には次のようなことです。

(1)証拠品の取り扱いが杜撰だったこと

ハンチング帽に付着した犯人の汗を鑑識が採取する前に警官がかぶって不能にするなど

(2)杜撰なモンタージュ写真の作成

モンタージュ写真の作成も、運転手や警備員などの目撃者からの聞き取りによって各部分作り上げたものでなく、「少年Aが犯人に似ている」との目撃者の証言から、少年Aを犯人と断定した上で、彼とよく似た人物の写真を使用していること

(3)的を絞った捜査を怠ったこと

最初から有力な犯人グループと目された立川グループに的を絞った徹底的な捜査を怠ったり、的外れな「ローラー作戦」で多大の労力を浪費したこと

(4)途中から捜査に当たった名物刑事平塚八兵衛氏の単独犯説

これによって、捜査を振り出しに戻してしまったこと